生命の大精霊・・・父さん
学園の召喚室、俺が転生した場所だ。
今では埃を被った物置に過ぎない。
だが、この冷たい石畳の感触だけが、私に「賢者」であった頃の記憶を呼び起こさせる。
私は深く息を吸い込み、空間の境界を穿つ言葉を紡いだ。
「我が魔力を糧に、理の檻を解き放て」
「芽吹く鼓動、朽ちゆく吐息、生命の輪廻の果てに」
「――《生命の大精霊》」
視界がぐにゃりと歪み、色を失った白銀の世界へと引き摺り込まれる。
「お前、黙ってたな……」
私は姿の見えぬ主に向け、低く、刺すような声で威圧した。
「何の話だ?」
どこか遠く、けれど耳元で囁くような声。
「ヴァレルの件だ」
「ああ。何も聞かれていないからな。それに、二〇〇年後に転生する予定だっただろう? こっちも予想外の事態に、まずは謝罪の一言でも欲しいものだがね」
空間の揺らぎから、全身が透き通るような白に包まれた、髪の長い男が現れた。万物の生を司る傲慢な大精霊、ヴィータだ。
「……転生は、魔王に操作されていた」
「そんなことは知らぬ。まあ、こうして私が呼び出しに応じただけでも有り難いと思え」
「なぜヴァレルに不死の力を与えた!」
私はヴィータの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。
「あんな絶望するだけの人生を、歩ませるべきではなかった……。一五〇〇年だぞ!? 気が狂うには十分すぎる時間だ!」
「何を言う。私は止めたのだ。二〇〇年ですら正気を失うと。それでも奴は、どうしても伝えたいことがあると言い張った。……何なら私に感謝してもらいたいぐらいだ。それに、悪いのはお前だ。自分でも分かっているのだろう?」
「…………分かっている。ただの、八つ当たりだってことはな」
力が抜け、拳を落とす。ヴィータは呆れたように肩をすくめた。
「愚痴を言える相手も私くらいしかいないからな。私のほうが大人だから我慢してやろう」
「……でも、お前なら救えたはずだ」
「当たり前だ。私の力だぞ? 不老不死のまま、永久に生かし続けることだってできた」
「では、なぜ……」
「奴が望んだのだ。私が乗り気ではなかったのもあるが、奴はこう言った。
『俺がいつまでも生きていると、師匠は……自分の役目を全うできない。だから、師匠に会うまででいい』とな。……奴なりの優しさだろうよ」
「弟子のくせに、勝手な真似を……」
「その『弟子』を卒業したかったのだろう。お前に、一人の男として認められるために」
ヴィータの瞳が、ふと遠い過去を見るように細められた。
「覚えているか? あの日、廃村で瀕死の赤子だったヴァレルを、お前が必死に私を説得して生き返らせた時のことを。……運命とは皮肉なものだ。お前はあの子を、実の子供のように可愛がっていたな」
「……そうだ。子供のように、息子のように育てた。それなのに、あいつにこんな……」
「当時の奴は、すべて分かっていたよ。不死になる時、あの子の魂はこう囁いていた。
『最後に、父さんに会いたい。ありがとうって言いたい』とな」
「では……あの時、あいつが最後に言おうとしたのは……」
ヴィータは静かに頷き、その言葉の続きを紡いだ。
「ああ。……『ありがとう、愛する……とう……さ……ん』だ」
心臓を直に掴まれたような衝撃が走り、私は言葉を失った。
あの時、砂となって消えていく間際、ヴァレルが満足げに笑った理由。
「師匠」ではなく、たった一人の「父親」として、私を赦し、愛し、背中を押して逝ったのだ。
「…………ああ、そうか」
私は顔を覆った。指の間から、熱いものが溢れ出すのを止められなかった。
一五〇〇年。あいつが伝えたかったのは、魔王の秘密だけじゃない。
私という愚かな師匠が、かつて与えた「生命」への、報い切れないほどの感謝だったのだ。
「お疲れ様……ヴァレル。……ゆっくり休め、息子よ」
白銀の世界がゆっくりと溶けていく。
倉庫の冷たい空気の中、私は独り、二度と会えない愛息の名を、何度も心の中で繰り返していた。




