侵入者・・・教皇の正体
「じゃじゃーん! もう完璧じゃないですかぁ!」
一目散に帰ってきたミズーリは、手にした文献を掲げて誇らしげに報告する。
「全く、子供なんだか大人なんだか……」
「ああ! 今なんか嫌味言いましたよね!?」
私は騒がしい彼女を片手で制し、思考を巡らせる。
「……さて、まとめようか。まず、奴はおれのことを知っている」
「知っている? ルーシュさんのこと、調べてましたよ?」
「いや、そういう意味じゃない。奴は『賢者』という存在そのものを知っている」
不思議そうに首を傾げるミズーリに、私は核心を告げた。
「お前との会話で、奴は一度だけ『大賢者』と言ったんだ。この時代、おれをそう呼ぶ人間はいないはずだ」
「どういうことです?」
「転生する前、おれは『大賢者』と呼ばれていた。おれの力が強大すぎて、他の賢者級魔導師と区別するために使われていた呼称だ。完全に失われた言葉だと思っていたが……まさか、こんなところで耳にするとはな」
「要するに、昔の俺を知っているか、あるいは『何か』を継承している人物なのは間違いない。……今晩、乗り込むぞ」
「えっ、まじ!? 急展開すぎますって!」
ミズーリは口をあんぐりと開けて驚いていた。
深夜0時。バイオレット宮殿の灯火が消えたのを確認し、おれたちは影に紛れて侵入した。
「教皇の公邸ですね。寝室はあちらです。なかなか鋭い方ですから、気をつけて……」
「おれがそんなドジを踏むかよ」
私は軽やかに塀を飛び越え、着地する。
**――ジリリリリリリリリリリリリリ!!**
その瞬間、夜の静寂を切り裂くような警報音が鳴り響いた。
「なーにが『ドジは踏まない(キリッ)』ですか! 言った傍から馬鹿なんですか!?」
「お前……馬鹿とは何だ」
「そんなこと言っている場合ですか早く逃げないと」
「お前覚えとけよ・・・この警報は俺じゃない、中で『何』か起きている急ぐぞ」
「ええ・・・」
おれたちは全速力で教皇の寝室へと向かった。
「捕らえろ!」
「抵抗するなら殺しても構わん!」
荒々しい男たちの声が響く。
「教皇!」
私は扉を蹴破り、中へ飛び込んだ。
だが、そこにはすでに剣を突き立てられ、血に染まるサクラ教皇の姿があった。
「誰だ、この時間に!」
「構わん、まとめて殺せ!」
三人の男が一斉に私へ斬りかかる。
「――遅い」
指を一鳴らし。空間に固定していた斬撃魔法が、三人の男を容赦なく弾き飛ばした。
壁に激突し、呻き声を上げる男たち。だが、彼らは即座に体勢を立て直し、慎重に間合いを詰めてくる。
「この程度で調子に乗るなよ」
床に即死級の拘束トラップを設置し、神速の移動で翻弄する。
「クソっ、動きが読めん!」
「一旦、展開しろ!」
散り散りになった瞬間、私は一人の背後に音もなく現れた。
「なっ――」
パチン。指を鳴らし、一撃で意識を刈り取る。
「こいつ、剣士じゃないのか…!?」
姿の見えない攻撃に、残りの二人はなす術もなく追い詰められていく。
「仕方ない目的は果たした、引くぞ!」
「逃がすかよ」
二人の進路を塞ぎ、一閃。崩れ落ちるように男たちが床に転がった。
「しまった、一人はどさくさに紛れて逃げたか……」
最初に気絶させたはずの男が、影も形もなくなっていた。
「教皇様! 大丈夫ですか!?」
駆け寄るミズーリの横で、私は傷口に応急処置を施す。だが、不可解なことが起きた。私の魔法を受ける前から、彼の傷が自ら塞がろうとしていたのだ。
「……ルーシュ。その魔法……見て、確信しましたよ」
「傷が…何が起きている?」
「大丈夫ですよ。私は……そう簡単には死ねませんから。ねぇ、師匠?」
「――師匠?」
耳を疑った。
「忘れないでくださいよ。僕は1,500年、待ったんです。……貴方は、数カ月しか経っていない気分でしょうけど」
弱々しく笑うサクラを見て、私はある名が脳裏をよぎった。
「サクラヴェリウス……まさか」
私は魔法で宙に綴りを浮かべる。
**【Sakura Velium】**
その文字を並べ替える(アナグラム)。
**【Valerius Akum】**
「ヴァレリウス・アクム……。ヴァレル、お前なのか!?」
「やっと気づきましたか。師匠も衰えましたね……」
サクラ――いや、ヴァレルは、血に濡れた口元を微かに緩めて笑った。
「お前、1500年だぞ? どういうことだ。あの時、お前はまだ十八歳で……」
私が言葉を失っていると、ヴァレルは震える手で傍らの金庫を開けた。中から取り出されたのは、今にも崩れそうなほどボロボロになった一枚の紙切れだ。
「……ごめんなさい。1500年も経つと、何を伝えたかったのか、自分でもわからなくなってしまって。だから、こうして書き留めていたんです」
「すまない、大丈夫だ。続けてくれ」
私の応急処置と、彼自身の驚異的な生命力が混ざり合い、ヴァレルの傷が塞がっていく。少しずつ生気を取り戻しながら、彼は遠い過去を語り始めた。
「師匠が転生のために旅立った後、私は貴方の足跡を追って世界を巡りました。貴方が言っていた装置、祭壇……師匠が生きていた証を、この目に焼き付けるために。……そして、その旅の途中で、魔王軍の残党に出会ったんです」
ヴァレルの瞳に、当時の記憶が宿る。
「あの時代の残党は、勇者レオがいたから弱々しいものでした。でも、聞いてしまったんです。『魔王は世界の魔力が力の源。そして賢者が転生する際の巨大な魔力を利用して、自らの封印を解く』と。今回の魔王は、あまりに酷いやられ方だったから、何らかの作戦を用意していた……と奴らは言っていました。そこまでは詳しく聞き出せませんでしたが」
「……おれが転生すること自体が、奴の目覚めの鍵だったというのか」
「はい。私はこのことを伝えるためだけに、生きることを選びました。師匠、覚えていますか? 私はかつて『生命の大精霊』の加護を受け、暴走しかけたところを貴方に助けられた。その大精霊ヴィータに、私は願い届けたんです。――次に師匠に会って、この真実を伝えるまで、私を生かしてほしいと」
1500年。言葉にすれば短いが、それは絶望の連続だったはずだ。
「予定では二百年でした。ヴィータも渋々受け入れてくれた。……けれど、二百年後、貴方は転生しませんでした。私や王国は魔王の襲来に怯えましたが、魔王も魔物も、活発な動きは見せなかった。私は伝えました。『師匠が転生しなかったから、魔王も復活しなかったのだ』と。……ですが、二百年前から生きているという私の言葉を、誰も信じなかった」
「……」
「それどころか賢者がいなければ魔王もいない。ならば賢者など必要ない――。人々はそう言い、貴方に関する文献や遺物を次々と廃棄していきました。私はそれを止めようとしましたが、なすすべもなかった……」
「……辛い思いをさせたな、ヴァレル」
私がその肩に手を置くと、ヴァレルは小さく首を振った。
「居場所を失い、狂人として扱われながら、私はまた二百年待ちました。さらに四百年、六百年……と経っても、貴方は現れなかった。これで良かったのかと、何度も自問自答しましたよ。もう魔王も師匠もいない世界なんだ、と。……それでも、貴方がいたからこの世界がある。そのことだけは後世に伝えたくて、私は《レイラン教》を立ち上げたんです」
ヴァレルが守り続けてきた教団。それは、師匠の名誉を守り、いつか帰る場所を作るための、たった一人の執念の結晶だったのだ。
「身分は一族を装って、適当に代を繰り返しながら生きながらえてきました。……師匠、やっと……やっと貴方に、真実を…」
一通りの話を終えると、サクラの全身から淡い緑色の燐光が溢れ出し、肌が透き通るように輝き始めた。
「……師匠。私の契約は、これで……満了のようです。ヴィータも、もう限界だと怒っていますよ……」
「ヴァレル、待て。まだ死なせるわけには……」
ルーシュが慌てて魔力を注ごうとするが、サクラはその手を優しく押し返した。
「……だめです、師匠。魔法を……使っては……。あなたが魔力を使えば使うほど、あいつ(魔王)が強くなってしまう……魔王は1500年という長い期間を選んだ。あなたの残したものを消し去り後衛職が主流となり魔力があふれるこの時代を魔王の思い通りに進んでいる」
その言葉に、ルーシュはかける言葉を失った。1500年という月日は、賢者である自分ですら想像を絶する。孤独の中で、狂いもせず、ただ自分を待つためだけに宗教という巨大な「檻」まで作り上げた弟子の献身。
「……ああ。お前は、誰よりも立派な弟子だった。……あとのことは、おれに任せて休め」
その言葉を聞いた瞬間、サクラの表情から「教皇」としての険しさが消え、1500年前の、あの18歳の青年の顔に戻った。
「……最後にお願いがあります。師匠……」
サクラは震える手で、自分の胸元に下げていた教皇の象徴――聖なる魔石を握りしめ、それを砕いた。中から出てきたのは、ボロボロに風化した、小さな一振りの「練習用の木刀」の欠片だった。
「これ……おれが昔、お前にやったやつか?」
「はい。……私の宝物でした。……これを、次に貴方を助ける者に……受け継いでください。次の世界を歩む者の、……道標に…」
サクラの体が、足元から静かに白い砂となって崩れ始める。
「……魔王の誤算はあなたの4年転生が早かった…たった4年ですがこれを利用する手はない、そう思いませんか?師匠なら何でもすぐ解決でしょ…最後に会えてよかった。…ありがとう………愛する…とう…さ………」
最後まで聞き取れなかった
光の粒子が寝室を埋め尽くし、ミズーリが眩しさに目を細めた。
光が収まった時、ルーシュの腕の中に残っていたのは、1500年の重みを感じさせないほど軽い、一片の布切れだけだった。
「………お疲れ様、ヴァレル」
別れたときのあの笑顔が蘇る…俺には数カ月まだ鮮明に思い出せるあの日
ルーシュは静かに立ち上がり、夜の窓の外を見つめる。
教皇サクラが命を賭して繋いだ「真実」。
それは、自分自身の消滅を意味する残酷な答えだったが、その瞳には、1500年前の冷徹な賢者にはなかった、深い決意の火が宿っていた。




