潜入と・・・賢者の文献
「さて、向こうもおれを気にかけているようだしな。挨拶代わりにスパイでも送るか」
「怪しい人じゃないですよ、教皇様は! でも……確かに、本性は気になりますね」
ミズーリはそう言いながらも、どこか浮かない顔をしていた。
「だろ? あの短時間でおれを調べようとしたのか。賢者について知り尽くしている一族……間違いなく、絶対裏があるだろ」
「そう考えるとそうかも知れませんね。でも……そんな教皇様にバレずにスパイなんて送れるんですか?」
「そりゃ両方の事情を知っていて、なおかつ自然に動ける奴。なんならレイラン教の熱心な信者が良いんだけど? ……誰か心当たりない?」
おれはニヤニヤしながら、目の前のミズーリを見つめる。
「そんな都合のいい人って……」
ふと、おれと目が合う。
「っ、だ、駄目ですっ!! そんな事できるわけ無いでしょ!」
すべてを察したミズーリが、全力で首を横に振った。
「そういえば。おれの文献、ところどころ朽ちてて読めないって言ってたよな? あれ、直せるけど必要?」
「ず、ずるいですぅ……」
「ん? 承諾してくれたと思って良い?」
「ぅぅぅぅぅぅぅ……」
涙目で訴えてくるが無視した。彼女の知識への渇望は、信仰心すら凌駕するはずだ。
「じゃあ早速作戦会議と行こうか」
おれは少し楽しくなってきた。
「やってしまった。まんまとルーシュさんの罠にかかってしまった……」
独り言を呟くのは、一通り話を終えて《バイオレット宮殿》へと足を踏み入れたミズーリだった。
ミズーリは王国とレイラン教の連絡係を務めるマスターであり、司教でもある。
王国の名家の出身ということもあり、ルーシュの正体が『賢者』であると知らされても動じない、数少ない信頼に足る人間だ。
「ミズーリ司教、よくお越しいただけました。それで、お話というのは?」
「……ご存知かもしれませんが、以前保管庫に侵入した件についてです」
ミズーリはレイモンド軍との戦いの際、ルーシュに杖を転送するために保管庫へ無断で入り込んでいた。
表沙汰にはなっていないが、疑いの目は向けられている。それを逆手に取り、自白を餌に懐へ飛び込ませたのだ。
「やはりそうでしたか。何も失われていなかったことと、あなたほどの熱心な方が無体な真似はしないと信じ、不問にするつもりでした」
「ありがとうございます。ですが、他の司教たちに管理の甘さを露見させては示しがつきません。今日はお詫びと……ご報告に参りました」
「報告?」
「はい。かつて目にした賢者の文献、ところどころ朽ちていて読み解けない部分があるとおっしゃっていましたよね。……一度、じっくりと解読してみたかったのです」
「……それで、何か掴めたのですか?」
「曖昧な情報で、教皇様に相談もせずに動いたことは本当に申し訳なく思っております」
ミズーリは深く頭を下げたまま、淡々と、しかし確かな熱を持って話し続ける。
「曖昧な情報とは?」
「バイオレット王国にも保管されていた文献です。教皇様もすでにご覧になっているはずですが……。欠損していた箇所の前後の文脈を繋ぎ合わせ、私なりに復旧を試みました。こちらを確認していただけますか」
ミズーリが差し出した紙束を、サクラが受け取る。
「25章、回復魔法。17節……『地脈と魔力の関係』。魔力は場所によって空気中の濃度が違う、という部分ですね。特に特筆すべき内容はないかと思いますが?」
「ええ。地脈など個人が感知できるものではないという意見もあり、重要視されていない項目です。教皇様も、そうお思いですよね?」
「ええ。大賢者様の文献の中でも、抽象的で曖昧な記述の一つとして認識しています」
「私が読み解き、検証し、朽ちた部分の復旧を行ったのは……その続きです。そこに記載されている『場所』について、何かお気づきになりませんか?」
サクラの視線が、紙面に並ぶ地名を追う。
「……ライオクス山脈、イレーヌ湖にセリオス高原……。これは……」
サクラの指先が、微かに止まった。
「――『ルデック神殿』いや他にも。まさか、我々の神殿が建っている場所と、すべて一致している?」
「その通りです。賢者様が消えてから1500年、レイラン教が発足したのは900年ほど前。まだ文献がマシに残っていた時期だとしても、レイラン教がピンポイントでこの地脈の上に神殿を設置できたとは到底思えません。……そして、この神殿の位置を最終的に指示したのは……」
神殿建築の指示を出したのはサクラ教皇の一族
「……何が言いたいのです?」
サクラの声から、慈愛の色が消えた。冷ややかな静寂が書斎を満たす。
「いえ、地脈については今からでも調査隊の編成をしてもよろしいのではないでしょうか。教皇様のご指示であれば、誰も反対はいたしません」
「……そうですね。検討しましょう。少し、席を外します」
それだけ言い残し、サクラは書斎から出ていった。 重厚な扉が閉まる音が、ミズーリの鼓動のように大きく響いた。




