追手・・・叱咤
研究所で得た近代魔法の知識を、俺は宿舎の部屋で反芻していた。
一人、机に向かって魔力を指先に灯すが、どうにも収まりが悪い。
「……くそ、やっぱりよくわからん」
自分の緻密な魔力を、あえて「不完全なもの」として放出し、他人の魔力と混じり合わせる。その『曖昧さ』こそが今の時代の正解だと言われたが、俺の理論がそれを拒絶する。
「まず自分の魔力を『曖昧に変換する』意味がそもそも理解できん。こうしろと指示されたほうがよっぽど簡単だ」
思考のループに嵌まり、思わずブツブツと独り言が漏れる。すると、背後から冷ややかな声が飛んできた。
「……賢者様もたいしたことないな。そんなに唸ってるくらいなら、さっさと答えを見つけて講釈でも垂れてくれると思ってたぜ」
相部屋のロロが、ベッドに寝そべったまま小馬鹿にしたように笑っている。
「分かってる。魔術は俺の領域だ。こんなところで躓いていられるかよ」
「へぇ、口だけは一人前だな」
「……うるさい!」
ロロの図星を突くような嫌味に耐えきれず、俺は逃げるように部屋を飛び出した。
夜の冷たい風に吹かれながら、静かな廊下を歩く。頭を冷やそうとしても、今度は別の懸念が浮かび上がってきた。
俺は部屋を飛び出し、夜の廊下を歩きながら思考を巡らせる。 (マティアスが《マナ・リンク》を使っていたとして、あいつの組織メンバーなら……強大な魔力の寄せ集めか。マティアスが目指す『選ばれた魔術師だけの世界』において、この技術はあまりに都合が良すぎる)
「やつが使いこなしていた理由、その核心が掴めない……」
深く考え込み、周囲への警戒が薄れたその時だった。
「ルーシュさん!!」
静寂を切り裂くような大声が廊下に響き渡った。
「げっ……」
振り返った先にいたのは、肩で息をしながら俺を睨みつけるミズーリだった。
「遠征で、当分は帰ってこないんじゃなかったんですか?」
「……ちょっと、来なさい」
有無を言わさぬ迫力。ミズーリは俺の腕を掴むと、そのまま強引に引きずり始めた。向かう先はギルドマスター室だ。
バタン、と扉が閉まる。
「……すいませんでした!」
ミズーリが口を開くより早く、俺は深々と頭を下げた。
「まったく! スザクにどれだけ怒られたと思ってるんですか! 『姉上、酒の席で家系の秘密を漏らすとは何事だ』って、もの凄い剣幕で……!」
「いや……ついポロッと、勇者のことに触れてしまって」
俺は視線を逸らし、ポリポリと頬を掻く。
「だからって、私を悪者にするなんて……! むぅ」
頬を膨らませて憤慨する彼女は、普段の冷静なギルドマスターの顔ではない。
「預言者の件があったから良かったものの、自分の立場をわきまえてください! 最近、本当に気が抜けすぎです!」
「そんなことないって。ちゃんとやってるよ」
「無自覚なのが一番怖いの! 教皇が、あなたのことを本格的に調べてるんですよ!」
ミズーリの言葉に、俺の眉が跳ね上がった。
「マジか……。なんか最近、つけられてる気がしてたんだよな」
「そのまま何回か追手を撒いたでしょう!」
「そりゃ、何かあったら面倒だろ」
「そのせいで『学生に撒かれるのはおかしい』って、余計な疑いをかけられてるんですよ!」
「いやいや、自然に、うまぁーく撒いてるつもりだ」
「その『自然に』撒けないような手練れが追ってるんだから、怪しまれるに決まってるでしょ!」
「……実にしつこいとは思っていたが、教皇の追手だったか」
「わかった? ちょっとは慎重になって。そもそも、もっと学生らしくしなさい!」
「……はい」
二人きりの時はいつも「賢者」として敬ってくれるミズーリだが、今日ばかりは宿題を忘れて怒られている学生の気分だ。
(教皇の影、か。そろそろ俺も、ただの『学生』を演じ続けるだけでは済まなくなってきたのかもしれないな……)




