魔術研究区・・・基礎魔法
翌日、案内された《魔術研究区》に足を踏み入れた俺は、目の前の光景に凍りついた。
「……だから! なんでお前がそこにいるんだよ」
そこには、もはや見飽きた不機嫌な男――スザクが立っていた。
「姉上……またやったな」
話を聞けば、この研究区側がスザクに「研究の被検体として力を貸してほしい」と要請していたらしい。
ミズーリがその予定を知った上で、俺と鉢合わせるように仕組んだのは明白だった。
「そういうことだ。……まあいい、別々に行動するだけだ」
スザクは吐き捨てるように言い、俺を置いて中へ入っていった。
俺は受付で用件を伝える。
「ミズーリさんの紹介で来たルーシュです。学校の課題で近代魔法について調べに来ました」
「お聞きしております。ルーシュさんは3番フロアでお待ちください」
案内に従って進む中、俺はこの区画の異質な雰囲気に目を奪われた。
王都の街並みはレンガや石造りの重厚な建物が主だが、ここは違う。
壁には継ぎ目がほとんど見えず、滑らかな曲線を描く真っ白な外壁。まるで巨大な一つの陶器のようだ。
時折、壁の内部に仕込まれた術式が脈動するように淡い緑色に発光し、窓のない廊下を一定の光量で照らしている。石炭や魔石の灯りとは違う、魔法そのものが呼吸しているような光景は、ここだけが数百年先の未来を先取りしているような錯覚を抱かせた。
「はぁ……」
だが、3番フロアに着いた途端、ため息が出た。隣には、同じように天を仰ぐスザクがいたからだ。結局、待機場所は一緒らしい。
「もうやめろ……流石に疲れた」
スザクも同じ気持ちのようで、俺たちは互いに背を向けて座った。
幸い、その後の調査は別々に行うことができた。
ミズーリが言っていた通り、この時代の魔法技術自体には目覚ましい発展はないようだった。
保管されている古代の文献や装置は、その多くが俺の書いたものの写しだったが、解釈が間違っていたり、不明点を強引に応用しようとして失敗した痕跡が多々見受けられる。
言いたいことは山ほどあったが、今は学生のフリをして我慢するしかない。
案内役の研究員が、展示されている資料を指して説明を続ける。
「今となっては当たり前の『魔力接続』ですが、黎明期は困難を極めたようです。一説には、大昔に賢者がとある装置を用いて一万人」
「それは嘘だ!」
百人だった。あまりにも桁が違いすぎる勘違いに、言葉が咄嗟に漏れてしまった。
「え?」
「あ……いや、すいません。続けてください」
研究員は不思議そうな顔をしながらも話を再開した。
「一万人の魔術師から魔力を集め、強大な魔法で魔王軍を殲滅した……と言われています。その際の一人が『魔力を吸い取られるのではなく、他者と繋がるような感覚だった』と手記に残しています。装置は結合を高める触媒だったのでしょう。そこから研究が進み、今では親がお腹の中の子供と接続を行うことで、その感覚を先天的に覚えさせるまでになりました。そのおかげで子供の病気も劇的に減ったと言われています」
研究員は一枚のパネルを指した。
「この魔法には無限の可能性があります。ですが、接続人数が増えるほど制御に必要な魔力総量が跳ね上がり、現在は七人が限界。だから一万人というのは、君が言ったように『嘘』……誇張された伝説の類だというのが通説です。研究ではできても20人程度だったのでないかと」
俺は思考に沈む。
(なるほど……これが後衛職優遇の正体か)
現代のパーティー構成は魔術師が三、四人と多い。凡庸な術師であっても、集まって接続すれば、100年に一人と言われる「大魔術師」に匹敵する出力を一時的に生み出せる。
大魔術師を一人育てるより、繋がれる凡人を四人集める方がはるかに安定し、効率的だ。
(基本だが、個々の魔力特性にも影響される。だから後衛職は競争が激しく、安定して繋がれることが実力とされるわけだ)
かつて俺とレオが窮地で生み出した「繋がる」という奇跡が、今や社会を回すための「効率的なシステム」として定着している。
「面白いじゃないか……」
俺は、無意識に口角が上がるのを感じていた。
この時代のルールが見えてきた。ならば、俺がやるべきことも一つだ。




