絶望の証・・・王の再臨
蒸気塔の最上階。剥き出しの巨大な歯車が噛み合う中心部で、ガゼルは狂ったように計器を叩いていた。その手は偽神器の侵食によって黒く変色し、もはや職人の精緻さは失われている。
「……なぜだ! なぜお前までもが私の邪魔をする、テオ!!」
ガゼルの怒号が、金属の軋み音を突き破る。
階段を上がりきった俺の隣で、テオが悲しそうに、けれどもしっかりとした足取りで一歩前に出た。
「おじいちゃん、もうやめてよ。おじいちゃんが作ってるのは、全然楽しくないよ」
「黙れ! お前に何がわかる! 私は何十年、この錆びついた世界で『理』を求めてきたと思っている! 知識を、技術を、人生のすべてを投げ打って……ようやく掴みかけたのだ! それなのに、なぜ十歳にも満たんお前が、呼吸をするように私の何倍もの術式を編めるのだ!」
ガゼルは俺を、そしてテオを交互に指差し、血走った目で嘲笑した。
「ああ、そうか……。不平等。まさにこれこそが、私が憎んだ世界の不平等そのものではないか! お前たちは選ばれた側なのだな……! 揃いも揃って、持たざる老人の一矢を笑いに来たか!」
ガゼルの叫びは、もはや理論ではなく、ただの呪詛だった。
俺は冷めた目で、彼が必死に守ろうとしている「偽神器の核」を見据える。
「ガゼル。お前の努力が足りなかったとは言わない。だが、お前は『理』を愛したんじゃない。理を私物化して、世界を見返したかっただけだ」
「何だと……!?」
「テオがここまでできたの、知識じゃない。ただ純粋に、限界を決めずに作りたいと願ったからだ。お前が勝手に決めた『人生の限界値』を、こいつは最初から見ていない」
俺の言葉に、ガゼルは顔を真っ赤に染め、手元にある最後のレバーを掴んだ。
「理屈などどうでもいい! 認めん……認めんぞ! この世界の理不尽を、私は決して認めん! 手始めだ……この街の構成物質すべてを『臨界振動』へ叩き込む! 住民も、歴史も、お前たちも、すべてを等しく塵に変えてやる!!」
ガゼルの魔力が暴走し、街全体の蒸気管が真っ赤に加熱され始める。街全体を、一瞬で蒸発させる自爆術式。
「ルーシュ! 来るよ、街の『原子振動』が限界を超えちゃう!」
マテリアルが叫ぶ。
だが、俺は抜刀のフリすらしない。ただ、静かに一歩進み、ガゼルの目の前にある空間を指先で【なぞった】。
「《事象定義:絶対零》。……お前の絶望ごと、凍りついてろ」
パチン。
指を鳴らした瞬間、轟々と唸りを上げていた蒸気塔が、一瞬で静寂に包まれた。
熱も、振動も、魔力の奔流も。すべてが「停止」という絶対的な論理によって上書きされ、ガゼルの体が霜に覆われる。
「……あ……あ、ああ……」
ガゼルは、自分の最高傑作が、まるで子供の火遊びを消すように無造作に封じられた現実を前に、ついに膝をついた。
「お前の負けだ、ガゼル。お前が人生をかけて積み上げた絶望は、俺たちの前では簡単に消える程度のバグに過ぎない」
俺の非情な宣告が、絶望した老人の心に最後の一撃を突き刺した。
ガゼルは虚空を見つめたまま、魂が抜けたように動かなくなった。




