超級物質魔法・・・城塞都市ピューター
ヴォイドの騒乱から数日。
学園の廊下で、休学届を片手に事務局へ向かおうとするリカルナの肩を叩いた。
「リカルナ、ちょっといいか」
「……ルーシュ。ええ、ちょうどあなたを探していたところよ」
相変わらず顔色は青白く、不健康そのものだ。だが、その瞳にはどこか憑き物が落ちたような潔さがある。
「今回の件、なぜお前がヴォイドにいた? 実力者とはいえ、ギルドがわざわざ生徒に直接依頼を出すとは思えないが」
リカルナは自嘲気味に笑い、手元の木の傀儡を弄んだ。
「……実は、街のトップから個人的に密書が届いていたの。『街を救ってほしい』ってね。あそこは私の故郷だけど、昔から悪い噂が絶えない場所。ギルドもまともに取り合ってくれないから、私を頼るしかなかったんでしょうね」
彼女は一歩踏み込み、周囲に聞こえないよう声を落とした。
「でも、実際に行ってみて確信したわ。メイの暴走なんて、氷山の一角よ。街の指導者層そのものが、あの『偽神器』に魅せられ、正気を失っていた。彼らはメイを手引きして、街全体を巨大な実験場に変えようとしていたの」
「……あの大人が、自ら街を壊そうとしていたのか。反吐が出るな」
俺が呆れ半分に吐き捨てると、リカルナは俺の腕を強く掴んだ。その指先は驚くほど冷たい。
「今回の調査で、私は長期でヴォイドに戻ることになったわ。……でも、ルーシュ。正直に言うわ。相手は私の故郷。私一人では、いつか情に流されるかもしれない。あるいは、消されるか……」
リカルナは、祈るような目で俺を見つめた。
「お願い、ルーシュ。あなたは学園に残る側だけど、この件は私たちじゃ解決できない。あの戦いを見て確信したわ。あなたは、なにか特別なものを持っている」
彼女が手渡してきたのは、鈍く淀んだ輝きを放つ「偽神器の欠片」だった。
「これ、あなたにしか解けない気がして取っておいたの。……頼めるかしら?」
「分かった。なんとかしてみるよ」
俺が欠片を握りしめると、彼女は少しだけ安心したように笑って、そのまま事務局へと去っていった。一人残された俺は、手の中の欠片を睨みつける。
(故郷を実験場にする魔法、か。そんな芸当ができる奴には、一人心当たりがある)
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ヴォイドの一件後、学園の様子は一変していた。
各地で「神器発見」のニュースが飛び交い、ギルドマスターのアリゾナは、イリュウやクシィ、リカルナといった優秀な生徒たちを「特務派遣」として現場へ送り出した。
残された俺は、放課後の無人の資料室で、左腕の《ベンテンディア》を外していた。
「……やっぱり、ビンゴだな」
欠片に指先をかざし、魔力の波長を解析する。
浮かび上がった術式は、現代の魔導理論を嘲笑うかのような、失われた超級魔法――**『物質魔法』**のソレだった。
魂を強引に「モノ」へ固定する、狂気じみた権能。
「マティアスが用意した術式じゃない。あいつすら、この完璧な設計に騙された側だ。……だが、なんだ、この稚拙な魔力の通し方は」
術式は完璧。だが、そこを流れる魔力は、悪意も戦略もない、ただひたすらに純粋なもの。
――大精霊の加護、そのものだ。
世界のバランスを保つべき神の使いが、まるでおもちゃを弄る子供のように、禁忌の術式で遊んでいる。その残酷な足跡が、はっきりと刻まれていた。
「俺が転生した歪みのせい?神器の模造品を作れる存在」
マティアスに言われた事が頭をよぎる
窓の外では、何も知らない連中が模擬戦に明け暮れている。
かつての友、勇者レオなら、この空を見て何と言っただろうな。
「……悪いな、レオ。お前が守ったこの世界、俺が壊すことになるかもしれない」
俺は刀身のない刀を握り直し、呼び出しの言葉を紡ぐ。
俺と大精霊の関係は、契約という名のお願い事だ。言うことを聞かない連中に、俺は最低限の条件をつけている。
【自由にしていいが、暴れるな。力を貸してほしい時は『なるべく』来い】。
超級魔法――**時空、概念、生命、物質、煉獄、溟海、地核、天空、聖域、虚無**。
未契約の4人を除けば、物質は呼び出せるはずだ。
「万物の器よ、我に『物質』の息吹を与えよ。 《形なき魂に器を》」
……一分。資料室の埃が舞う音しか聞こえない。
「……あいつ、逃げたな」
【来い】と言えば絶対に来ないが、【なるべく】と言えば重要な時だと察するはず。
それでも来ないのは、自分のしでかしたことに自覚があるからだ。
「あの野郎……」
俺の指先で、黄金の魔力が苛立ちと共に小さく弾けた。
数日後。
「ルーシュ、久しぶり~」
廊下でヘラヘラと軽い挨拶を投げてきたのは、イリュウだった。
「おっ、もういいのか?」 あの日以来、休養を取っていたはずの彼に問い返す。
「もうばっちし。怪我はほとんどないんだけどさ、あの偽物のせいで精密検査ばっかりで参っちゃうよ」 「……おれも何回か受けさせられたわ」
あれだけの規模の魔法だ。ギルドが神経質になるのも無理はない。
「そろそろおれもギルドに駆り出されるんだけど、一ついい話があるよ」
「なんだ?」
歩みを止め、不思議そうに聞き返す。
「偽神器の噂、実は東の方に集中してるんだって。カモフラージュかあちこちで噂はあるんだけど、他のは全部ゴミかただのガセ。東だけが、妙に『本物』臭いって話だよ」
「……マジか。ありがとな」
「ふふっ。やっぱり、何か掴んでるみたいだね」
足早に去ろうとした俺の背後から、イリュウの鋭い声が追いかけてくる。
「これだから勘のいい奴は」
苦笑いしながら、俺はその場を去った。
そうと決まれば、東だ。
「しかし、なんて理由で学園を抜けるかな……」
部屋に戻り、身支度を整えながら考える。
マスターたちは事情を話せば理解してくれるだろうが、表向きは上手く誤魔化してもらう必要がある。
「んっ? どこか行くのか?」
相部屋のロロが、荷物をまとめる俺の手元を見て聞いてきた。
「……ちょっと、色々ありすぎてな。俺にしかできないことを片付けてくる」
「へぇ。賢者様は大変なこって」
ロロが皮肉混じりに笑う。
「今回はお一人で行かれるのですか?」
傍らにいたヴィニーも、どこか察したような顔で聞いてくる。
「ああ。最近、周りのことや『剣士のフリ』を気にしすぎて、後手に回りすぎた。……少し、本気を出してくるわ」
俺から漏れ出たわずかな魔力の重圧に、二人が一瞬だけ息を呑んだ。
「まあ、お前のことだ。一人の方がやりやすいんだろうけどさ……。無理はするなよ」
ロロの台詞が、かつてのレオの言葉と重なる。
「……本当にお前って奴は」
思わず口角が上がるのを隠せず、俺は部屋を出た。
目指すは東の大都市。 鉄と煙と、そして「物質」の理が歪む場所――機械都市ピューターへ。




