魔導の王冠・・・古の因縁
リカルナを抱え上げようとした時、不意に、背後で緊張の糸が切れたような音がした。
振り向くと、イリュウが膝を突き、そのまま静かに意識を失っていた。スライムの維持と、メイの魔力干渉を押し返した反動だろう。
「……疲れた……」
俺が腰を下ろした、その時だった。
「なにこれ? 失敗じゃん」
朽ち果てた聖堂に、場違いなほど軽い声が反響した。
「これってメイちゃん死んだ?」
もう一つの影が、月明かりを遮るように現れる。
「メイは残念ながら……」
聞き慣れた声が続き、俺は息を呑んだ。
声の主はメイだった。右腕を根元から吹き飛ばされ、転がっていたはずの彼が、まるで最初から傷などなかったかのように、悠然とそこに立っていた。
「どうなってんだよ、これ……」
俺は立ち上がり、新たに現れた二人と、腕を再生させたメイを睨みつける。左腕の**《ベンテンディア》**が再び微かに唸りを上げた。
「あっ、メイちゃん生きてる~」
可愛らしい声が、再生したメイに向けられる。
「でも失敗じゃん」
もう一人の男が、冷徹に、静かに告げた。
「こいつが例の少年?」
可愛い声の主が、俺を値踏みするように見つめる。
「ですね。魔王軍に立ち向かった少年、南の国を救った少年……。情報通りです。神器は偽物でしたが、面白い人物が釣れましたね」
メイは不敵な笑みを浮かべ、核心を突くように俺を見据えた。
「誰だ、お前ら」
「秘密結社『魔導の王冠』……ご存じですか?」
「なっ……!」
俺は絶句した。3000年前、俺が最初の人生を歩んでいた頃から存在していた、魔法至上主義の最古の結社。
「自分で秘密結社って言う?」
冷静な男がメイの口調にツッコミを入れるが、隣の少女が笑う。
「でもでもぉ。反応したよ、こいつ」
「まさかとは思っていましたが……本物の『賢者』ですかね」
メイの言葉が、聖堂の空気を凍らせた。
その時。彼らの背後から、空間を裂くような圧倒的な魔圧と共に、一人の男が歩み出た。
「久しぶりだな。『レイシュルト・ヴィ・ルーシュ』」
その声、その響き。俺の脳裏に、数千年にわたる苦い記憶が蘇る。
「……この声……マティアス・レガリアか」
マティアス・レガリア。俺より前から転生を繰り返し、常に俺の邪魔をしてきた『アルカナ・クラウン』のボス。
「随分久々の転生だな? それにその容姿、何があった? 剣士のフリなどして」
「お前には関係ないだろ」
「まぁいい。いつも通り、お前を勧誘したい。転生者同士、世界を掌握しよう」
「お前、まだそんなことを言っているのか」
「私の悲願だ。魔法に選ばれた者のみの世界……魔物も人間も含む凡人の上に立つ存在。その中で、お前は一級品だ」
「何年その夢を見てるんだよ。それに……俺、断るの7回目だぞ。そろそろ諦めろ」
俺が突き放すと、マティアスは憐れむように目を細めた。
「良いことを教えてやる。お前がいる時代は、一番魔力総量が多く、特別な子が生まれている。勇者もお前がいない時代には生まれない。なぜだかわかるか?」
「……何が言いたい」
「魔王もそうだ。200年おきに復活? 違うだろ。……お前が転生するから、魔王も、勇者も存在する。……と考えたことはないのか?」
「……なんだと?」
俺の心臓が大きく跳ねた。俺の存在そのものが、この世界の災厄を呼び寄せているというのか。
「お前なら真実がわかるだろう。私と共に来い、ルーシュ」
「断る。お前らのやり方は、いつだって気に入らねぇんだよ」
マティアスは短く溜息をつくと、それ以上は追及しなかった。
「まぁよい。私はまだ諦めんよ。いつでもいい、お前なら大歓迎だ」
「待って、すごい話になってない?」
横で、可愛い声の少女がメイにボソボソと囁く。
「今日は残念でしたが、この絶望は私の芸術の1ピースにしか過ぎない。この壮大なパズルの完成を楽しみにしていなさい」
メイはそう言うと暗闇に下がっていった。
「行くぞ」
マティアスの短い合図。
「はいぃ!!」
びっくりした少女の声を残し、四人の姿は霧のように消え去った。
後に残されたのは、重い沈黙と、夜明けの気配だけだった。
俺は、マティアスたちが消え去った虚空をしばらく見つめていた。
「お前が転生するから、魔王も勇者も存在する」――その言葉が、耳の奥で呪いのようにこびりついて離れない。
だが、今は立ち止まっている暇はなかった。
俺は重い体を動かし、意識を失ったリカルナを背負い、さらにぐったりとしているイリュウを肩に担ぎ上げた。
「……たく、二人とも重すぎだろ」
聖堂を一歩出ると、冷たい朝の空気が頬を撫でる。
見上げたヴォイドの空からは、先ほどまでの禍々しい黒い糸は消え、うっすらと朝焼けが差し込み始めていた。
「ルーシュ! イリュウ!」
クシィが真っ先に駆け寄ってきた。その後ろからは、王国へ助けを求めるために動いていたロロとライカ、そしてヴィニーが合流する。
「……あいつ、どうなったの? 聖堂があんなに光って……」
ロロが俺の背負った二人を見て息を呑む。
「メイは逃がした。……いろいろあったが、ひとまず街の危機は去ったよ。ヴィニー、こいつらの治療を頼めるか?」
「任せて、二人とも今治すよ」
ヴィニーが二人の傷口に手をかざし、柔らかな光で治療を開始した。
「ルーシュ、神器はどうなった?」
クシィが問いかける。
「偽物だった。……だが、ただの偽物じゃない。メイの背後にいた連中……『魔導の王冠』やつらも騙された、精巧な模造品だ」
「アルカナ・クラウン……聞いたこともない組織だな。それにまだ裏がありそうだな」
クシィが眉をひそめる。
ただの偽物であればそれで終わりだが、これほどまでの事態を引き起こす模造品を造り出す組織が実在する。それは、今後も同じような「偽物」が世界各地に現れる可能性があることを意味していた。
俺は一人、朝日に照らされる自分の左腕を見た。
自動防御装備**《ベンテンディア》**。そして、指先から放たれる「賢者」の魔術。
マティアスの言ったことが本当なら、俺が転生し、剣を振るうこと自体が世界の歪みの原因なのかもしれない。
だが――。
(……それでも、俺は剣士として前を向くしかないんだろ?)
空を見上げおれは勇者レオに語りかけた。
賢者としての正体を隠し、誰もが安心できる背中を見せる模範的な剣士。
たとえこの身が災厄を呼ぶとしても、目の前の仲間を守る力だけは、絶対に手放さない。
「ルーシュ! 何ぼーっとしてんだ?早く戻るぞ!」
ロロが急かすように手を振る。
「……ああ、今行く」
俺は「刀身のない刀」の柄に触れ、仲間たちの待つ方へと、確かな一歩を踏み出した。




