虚飾のオークション・・・血塗られた芸術家
「……ヴィニー、俺から離れるなよ!」
「わ、わかってます……っ! 加護展開、開始!」
俺が魔力を解放した瞬間、ヴィニーの声が鋭く響いた。
彼の杖から放たれた多重の魔法陣が、俺とイリュウの足元に重なる。
**『物理衝撃減衰』**、さらに**『魔力伝導加速』**。
学園トップクラスと称される彼の補助サポートが、俺たちの身体能力を跳ね上げ、感覚を極限まで研ぎ澄ませた。
直後、豪華なシャンデリアが爆ぜ、会場は狂乱の渦へと叩き落とされる。
「ぎゃああああああ!」
「なんだ、この枝は! 離せ、離せぇ!」
天井の亀裂から無数の『木の枝』が蛇のように躍り出し、逃げ惑うバイヤーたちの手足を容赦なく絡め取る。だが、真の絶望はその後にやってきた。
ガクガクと不自然な動きで立ち上がったのは、メイの指先から伸びる極細の「魔力の糸」に首筋を貫かれた死体――『血塗られた操り人形』たちだ。
「あはは、踊れ踊れ! 命の散り際こそが、最高の色彩だ!」
メイの歓喜の声と共に、死体たちが無差別に武器を振り回す。
だが、この会場に集まったのは、その程度の暴挙で怯むような連中ではなかった。
「ふん、小癪な! 神器は我ら**『鋼鉄の牙』**がいただく!」
客席を蹴り飛ばし、重厚な大剣を振り回す巨漢の戦士。
「進撃隊ごときが……。この珠は我が組織の悲願よ」
**『魔導師勢力』**の魔導師が放つ氷の礫が、迫りくる死体ごと空間を凍てつかせていく。
数多の勢力が入り乱れ、魔法の閃光と鉄のぶつかり合う音が石造りの空間に反響する。
阿鼻叫喚の地獄絵図。その中心で、目指す神器『魂喰らい』は、会場側の最終セキュリティ――魔力耐性極厚の『禁忌封印櫃』の中に鎮座していた。
「……行くぞ! 道は俺が作る!」
「了解! ヴィニー君、最高だ。体が軽いよ!」
イリュウが腰の合体剣を解き放つ。黒いスライムが刃を繋ぎ止め、ヴィニーの魔力加速を受けた一撃が、扇状に広がる死体の群れを瞬時に両断した。
俺はヴィニーが展開した『不可視の足場』を蹴り、弾丸のような速度で中央の舞台へと跳ぶ。
ボックスの周囲には、すでに数名の影が辿り着いていた。
一人は、返り血を浴びながら三日月のような笑みを浮かべる**『芸術家』メイ**。
そして、『鋼鉄の牙』の巨漢戦士。
さらには、毒霧を噴出させながら近づく『魔導師勢力』の暗殺者。
「おや……? ネズミが紛れ込んでいると思ったけれど、案外、骨のある『素材』が来たようだね。……特にそこの君、良い『光』を放っている」
メイが糸を操る手を止め、ヴィニーの補助魔術を纏った俺をじろりと眺める。
立ち並ぶのは、この街の深淵を生き抜いてきた化け物たち。
だが、俺の隣には剣技の天才イリュウが、背後には鉄壁のサポートを維持するヴィニーがいる。
「……悪いが、そのガラクタは俺がもらう。芸術の足しにするには、少し刺激が強すぎる代物だからな」
俺の声が、戦場の喧騒を切り裂いて響いた。
「ふん、雑魚が吠えるな!」
『鋼鉄の牙』の巨漢が吼え、身の丈ほどもある大剣を振り下ろす。同時に『魔導師勢力』の暗殺者が、視認できない速度で毒の針を放った。
「邪魔だ」
俺とメイの声が重なる。
俺の一閃が巨漢の大剣を真っ向から両断し、ぱちんと指を鳴らすとヴィニーの魔力強化を受けた斬撃がその鎧ごと男を吹き飛ばす。
隣ではメイの指先が微かに跳ね、放たれた毒針を空中で捉えた「糸」が、そのまま暗殺者の喉を深々と貫いた。
一瞬。文字通り一瞬で、会場の実力者たちがただの肉塊に成り下がる。
「あはは、やっぱり君たちは最高の素材だ!」
「イリュウ、あいつを止めろ! ヴィニー、回収の援護を!」
俺が指示を飛ばすと同時に、イリュウの合体剣が唸りを上げた。 黒いスライムが複数の刃を連結させ、巨大な回転刃となってメイへと襲いかかる。
「任せてよ! ……これでも、加減は苦手なんだ!」
メイとイリュウ、二人の「異常」がぶつかり合い、舞台が火花と衝撃波で削り取られていく。その隙を突き、俺はヴィニーの展開した障壁を盾に『禁忌封印櫃』へと手をかけた。
「回収成功……っ!」
「やった、ルーシュさん!」
ヴィニーが歓喜の声を上げた、その時だった。
「――がはっ!?」
爆音と共に、イリュウの身体が弾丸のような速度で俺たちの元へと吹っ飛んできた。 メイの糸に絡め取られ、全力で叩きつけられたのだ。
「イリュウ!」
わずかに意識が逸れた。その一瞬の隙を見逃す『芸術家』ではない。
シュルリ、と。
俺の腕から、透明な糸に操られたボックスが強奪され、メイの手元へと吸い込まれていった。
「返せ!」 俺が踏み込もうとした瞬間、足元で不気味な声が漏れた。
「……あ……あぁ……道連れだ……呪われろ……!」
先ほどメイに喉を貫かれたはずの暗殺者が、自らの心臓を媒介に、最後にして最悪の禁術を発動させていた。 闇の上位、呪詛魔法――『深淵の蝕毒』。
暗殺者の身体が黒い液体へと崩れ、全方向に毒霧が爆散する。
「しまっ――!?」
メイは空中で糸を張り、口元覆い、鳥のように跳んで範囲外へと脱出する。
だが、倒れたイリュウと、彼を抱えようとしたヴィニーに回避の余地はない。
「くそっ!」
俺は二人を突き飛ばし、背中でその黒い霧を浴びた。 肉が焼ける音。意識が遠のくほどの激痛。ヴィニーの叫び声が聞こえるが、毒が神経を侵食し、身体が鉛のように重くなる。
(……まずい、これじゃあ動けな――)
その時、俺の袖を掴んでいるヴィニーの手から、爆発的な「光」が流れ込んできた。 ヴィニーの中に眠る『王』の精神が、危機に呼応したのだ。
「……賢者様、力を貸す。内なる門を開け!」
ヴィニーの口から漏れたのは、若々しい少年の声ではない。威厳に満ちた、現王ダリルの声。 彼の魂から溢れ出した王家特有の神聖な光魔法が、俺の全身を駆け抜ける。 黒い毒が黄金の光に焼き払われ、瞬時に霧散していく。
「ふぅ……。助かりました、王様」
「様子は見させていただいております。あまり無理はしないでください」
れだけ言い残すと、声の主は再び眠りにつき、ヴィニーは糸の切れた人形のように気を失った。
俺は解毒された身体を震わせ、ゆっくりと立ち上がる。 その視線の先では、神器の箱を手にしたメイが、愉快そうに肩を揺らしていた。
「あはは! 毒を食べて光り輝くなんて、なんて美しい演出だ。……今の、ただの光魔法じゃないね。超級魔法の『聖域』に近い……。おまけにお前の魔力量、底が見えないな。……ねぇ、君たちは一体何者だい?」
不敵な笑みを浮かべてはいるが、その奥にある瞳は、先ほどまでの「素材」を見る目ではない。メイの狂人じみた内面の裏側に潜む、本能的な警戒と「未知」への飢えが、鋭い視線となって俺を射抜いていた。
「……名乗る必要はない。その箱を返してもらうだけだ」
「いいよ、最高の回答だ! 壊れかけのガラクタだと思っていたけれど、どうやら君たちは、僕の生涯で最も輝く『傑作』の一部になれる資格があるらしい!」
メイが指を弾くと、強奪されたボックスを核にして、周囲の瓦礫と死体の山がメイの糸で編み上げられていく。
「さあ、続きを始めようか。――『開演』だ!」




