闇市開始・・・『芸術家』
骨董屋の奥、カビ臭い地下室で俺たちは円卓を囲んでいた。 卓上に広げられたのは、ヴォイドの地下に広がる競売会場の構造図だ。
「……いい、今回の狙いは一つ。闇オークションの目玉として最後に出品される神器『魂喰らい』。こいつの回収だ」
俺がそう言うと、ヴィニーが不安げに手を挙げた。
「あの……『魂喰らい』って、そんなに危険なものなんですか? 名前からして、その……」
「ああ。『魔力捕食型シリーズ』の禁忌兵器として分類されていた。
半径数百メートル以内の生命体から無差別に魔力と生命力を吸い上げ、持ち主に還元する……いや、正確には宝珠そのものが肥大化していく代物だ。一度発動すれば、この会場にいるバイヤーたちは全員干からびたミイラになるだろうな」
ヴィニーが「ヒッ」と短く悲鳴を上げる。隣ではイリュウが、退屈そうに合体剣のパーツを磨きながら口を挟んだ。
「そんな物騒なもん、誰が買い取るんだか。あ、でもこの街なら、国を一つ滅ぼしたいテロリストや、死霊魔術の変態が喜んで全財産投げ出すか」
「買い手だけじゃない」と、クシィが影の中からぼそりと呟いた。
「……今回の出品者謎。裏ギルド『死の進撃隊』奴らの資金源は不明だが最悪強行手段に出るかもしれない。この会場で神器が発動するかもしれない。だから、警備も異常なほど固い。……表の世界では伝説級と言われる賞金稼ぎや、血の匂いが染み付いた殺し屋たちが、バイヤーに紛れて会場を埋め尽くしている」
「潜入はどうするんですか? 僕みたいなのが入ったらすぐバレちゃうんじゃ……」
「安心しろ。イリュウが用意した『特殊な仮面』を使う。魔力を遮断し、認識を阻害するアーティファクトだ。これをつけて、適当なバイヤーのふりをして席に座っていろ。神器は最後に出品される。それまでは、どれほど会場が殺気立っていても、動かずに時を待つんだ」
作戦はシンプルだが、それゆえに現場の判断がすべてを決める。俺たちはクシィから手渡された仮面を深く被り、地獄の入り口へと足を進めた。
**地下競売場、闇市
ヴォイドの地下深く。 そこは、地上とは比べ物にならないほど濃密な魔力と、欲望の熱気が渦巻く巨大な石造りの空間だった。 俺たちは、イリュウが用意した仮面を被り、怪しげな「バイヤー」を装って客席の隅へと滑り込む。ヴィニーは震える手で俺の背後に隠れ、イリュウは退屈そうに合体剣をマントの下に隠していた。
会場内には、全身から殺気を隠そうともしない大男や、笑い声さえ聞こえない冷徹な魔法使いたちが、獲物を狙う獣のように居並んでいる。
「レディース・アンド・ジェントルメン。……ようこそ、混沌の宴へ」
舞台中央に、仮面の司会者が現れる。 その背後、巨大な鉄格子の檻に入れられた『品物』が運ばれてきた。布に覆われているが、そこから漏れ出す禍々しい魔力は、会場の空気を一変させるほど重苦しい。
「今夜のメインディッシュ。……伝説の神器のお披露目だ」
布が剥ぎ取られた瞬間、黒く脈打つ宝珠――**『魂喰らい』**が、怪しく輝き始めた。
(……来るか)
その時だ。会場を埋め尽くす殺気とは別に、背筋を撫でられるような奇妙な「視線」を感じた。 クシィが言っていた『死の進撃隊』の監視か。 俺がわずかに視線を動かすと、会場の最奥、貴賓席をガードする護衛たちの中に、長い髪を垂らし、一切の感情を排した無機質な瞳。彼女がわずかに指を動かすたび、会場の天井や壁を這う「何か」が、生き物のようにうごめいている気がした。
――そして、その横に見えるひときわ異彩を放つ男。 やつが『芸術家』だろう。ひと目でわかる溢れ出る魔力。この会場で一人だけ異常な気配を出している。
確認しようとした、その一瞬だった。 やつはこちらを真っ直ぐに見てきた。
(しまっ――!)
油断した。こちらの気配は完璧に殺していたはずだ。だが、やつの魔力感知能力もまた異常だった。 「くそっ、警戒されたか?」
仮面の奥で、メイの口元が三日月のように吊り上がる。 やつは神器など見ていない。ただ、自分の領域に紛れ込んだ「質の良い素材」を見つけたと言わんばかりの、悍ましい悦びに満ちた視線で俺たちを射抜いていた。
「あはは、ルーシュ君……今、目が合っちゃったね。あの芸術家め、僕たちのこと『良い画材』だと思ってそうだよ」
イリュウがいつもの軽口を叩くが、その声に余裕はない。 メイの指先が、まるで見えない指揮棒を振るように、ゆっくりと持ち上げられた。
その男――『芸術家』メイは、ただそこに座っているだけで、周囲の空間を侵食しているような錯覚を与えていた。 指先には、クシィが「吐きそう」と言ったリカルナの『木の傀儡』の枝とはまた違う、細く鋭い「魔力の糸」が絡みついている。その糸の先は、会場の影に潜む護衛たち、あるいは「装飾品」として飾られた不気味な彫刻群へと繋がっているようだった。
「ルーシュさん……あの人、僕たちを見てます。……いえ、僕たちの『中身』を品定めしてるみたいで……」
ヴィニーがガタガタと歯を鳴らし、俺の影に完全に隠れる。 確かにメイの視線は、競売にかけられている神器『魂喰らい』にすら興味がなさそうだった。彼の瞳は、会場に集まった「生きた素材」が、混乱の中でどのような悲鳴を上げ、どのような死の形を成すのか――その一瞬の「芸術」だけを待ち望んでいる。
「五万、いや十万金貨だ!」 「ふざけるな、十五万!」
会場では、神器の魔力に当てられたバイヤーたちが正気を失ったように叫び声を上げ、競り合いが加速していく。だが、その熱狂が高まれば高まるほど、メイの口元には歪な笑みが深まっていった。
「……ルーシュ君。これ、オークションが成立する前に『幕』が上がるよ。あの芸術家、もう我慢できないみたいだ」
イリュウが呟いた瞬間、メイの指先が、ピアノの鍵盤を叩くように跳ねた。
ガガガッ! と会場中の天井から「木の枝」が、そしてメイの指先から放たれた「見えない糸」が、同時に獲物を求めて跳ね回る。
メイ声が響く
「さて、混沌の宴の始まりだ」




