呪われた神器・・・闇ギルド
門を抜けた先は、陽光さえ届かないほど建物が密集したスラムのような路地だった。
一歩踏み込むだけで、空気の湿度が跳ね上がる。背後の「中間の街」の活気は消え失せ、代わりに漂ってきたのは、煮え切らない油と魔法薬、そして隠しきれない鉄の匂いだ。
「……ルーシュさん、やっぱり僕、帰ったほうがいいんじゃ」
ヴィニーが怯えたように俺の袖を掴む。ボロボロのローブを羽織った彼は、怯える小動物のようだ。
「ここまで来て何を言ってる。……いいか、余計なことは喋るな。お前は俺の従者として、ただ黙って後ろにいろ」
俺が低く命じると、ヴィニーは「ひっ」と短く息を呑んで頷いた。
「あはは、ヴィニー君、そんなに怖がらなくていいよ。……まあ、うっかり変な路地に入れば、そのまま二度と日の光を拝めなくなるだけだからさ」
イリュウがいつもの調子で軽口を叩きながら、最後の一口としてリンゴをかじった。
その時、細い路地の影から、ボロ布を纏った三人の男たちがぬらりと現れる。その手には、不格好に歪んだ魔力付きのナイフが握られていた。
「おい、そこの兄ちゃんたち。いいもん持ってんじゃねぇか。特にその腰のガラクタ……重そうだ、俺たちが預かってやるよ」
下卑た笑いを浮かべる男たち。
イリュウは面倒そうにリンゴの芯を地面に捨て、腰に下げられた不気味な**合体剣**の柄にそっと手をかけた。
「……悪いけど、先を急いでるんだ」
瞬間、空気が凍りついた。
イリュウは抜剣すらしていない。それなのに、男たちが持っていたナイフが、まるで目に見えない不可視の力に弾かれたかのように、一斉に彼らの手から飛び散った。
「がっ……!? な、なんだ!?」
男たちが困惑して自分の手を見る。そこには、鋭い斬撃を受けたような赤い線が走っていた。
俺の目には見えていた。合体剣の隙間から、意思を持った**黒いスライム**が糸のように伸び、男たちの手首を正確に弾き飛ばしたのだ。しかもそれは、剣の一部を鞘に入れたまま自在に操る、極めて精密な魔力操作の結果だった。
「ひぃっ……!」
ヴィニーが腰を抜かす。
男たちが悲鳴を上げる暇も与えず、イリュウは一歩踏み込む。合体剣のパーツがバラバラに浮遊し、スライムの糸に操られて男たちの首筋にぴたりと押し当てられた。
「あはは、動かないでね。これ、結構切れ味が良すぎて、僕でも止められない時があるからさ」
イリュウの顔は相変わらずヘラヘラと笑っている。だが、その瞳に宿る冷徹な光は、間違いなく「命を奪うこと」に何の躊躇もない、この街の深淵にふさわしいものだった。
「……イリュウ、やりすぎだ。死なれると後が面倒になる」
俺が声をかけると、浮遊していた剣のパーツが吸い込まれるようにイリュウの腰へ戻り、一つの歪な剣へと形を変えた。
「おっと、失礼。……さて、ヴィニー君。腰を抜かしてる暇はないよ」
イリュウは何事もなかったかのように歩き出す。
恐怖で動けない男たちを放置し、俺たちはさらに深い闇――ギルドの隠れ家があるという裏通りへと足を進めた。
イリュウの底知れない実力を見せつけられた後、俺たちはさらに薄暗い路地の奥へと進んだ。 たどり着いたのは、看板も出ていない古びた骨董屋だ。窓ガラスは汚れ、中には得体の知れないガラクタが積み上げられている。
イリュウがリズムを刻むように戸を叩くと、錆びついた蝶番が悲鳴を上げて扉が開いた。
**潜入者との合流
「遅い……。イリュウ、遊びすぎ。あと、人が多い。……帰りたい」
店内の暗がりに、ぼんやりと人影が浮かび上がった。 王国ギルド諜報部員、クシィだ。 16歳の少年であるはずの彼は、前髪で目が隠れるほど俯き、壁の隅に溶け込むように立っていた。学園12位。それは演技ではなく、本物の拒絶反応と孤独が生んだ、誰にも悟らせない「消える」技術の証だ。
「あはは、ごめんごめん。ちょっと頼りになる新人を連れてきたからさ」 イリュウが軽く手を挙げると、クシィは前髪の隙間から、死んだ魚のような目で俺と、震えているヴィニーを一瞬だけ見た。
「……ルーシュ。これはまた大物連れてきたな・・・んで、その腰抜けは何。邪魔になるなら、今のうちに置いていって」
「ひっ、すみません……っ!」 ヴィニーがさらに縮こまる。
「クシィ、こいつは俺の助手だ。必要な場面が必ず来る。それより、状況はどうだ」 俺が話を促すと、クシィは深く、深いため息をついた。会話そのものが苦痛であるかのように肩を落とし、ぼそぼそと、だが要点だけを淡々と口にする。
「……最悪。オークションに出される『呪われた神器』の正体がわかった。かつて北の国を一夜で滅ぼしたと言われる**『魂喰らいの宝珠』**……。それを闇ギルドの幹部が、このヴォイドの地下競売場に出品する」
魂喰らい。その名を聞いた瞬間、俺の脳裏にかつての嫌な記憶が掠めた。魔力を暴走させ、周囲の生命力を無差別に吸い上げる、前の時代でも禁忌とされていた代物だ。
「それを奪い返す、と」
「奪い返すだけなら簡単だけど……問題はもう一つ。出品者側の警護に、とんでもないのが混じってる」
「とんでもないの?」 ヴィニーが恐る恐る聞き返す。
「……とにかく、あそこにはヤバいのがいる。今回の危険人物、裏ギルド『死の進撃隊』の「メイ」という男だ。別名『|芸術家《アート』心臓だけ抜き取り死体を飾るの特徴。今はここに雇われている。さらに、何故か《不死のリカルナ》彼女がいた。彼女が会場のあちこちに『木の傀儡』を配置してる。……あの人の監視……視線が多すぎて、吐きそうだ」
クシィは本当に気分が悪そうに胃を押さえた。根暗な彼にとって、他人からの「視線」はそれだけで暴力に等しい。そんな彼が「多すぎる」と言うほど、『死の進撃隊』は用意周到だ。
それにスザクのメンバーの一人学園順位3位の《不死のリカルナ》なぜそんなところに彼女が…
「……殺しも請け負う裏ギルドたちか。そんな連中が神器を狙っているんだな。そいつらの中に、特に厄介な奴がいると」
「ああ。……そいつは今、会場のさらに深部で獲物を待ってるはず。……私は、そいつの目を盗んでルートを確保する。……いい? 騒がないで。目立たないで。……じゃあ、私は先に行くから」
クシィはそれだけ言うと、影に吸い込まれるように再び店の隅へと消えてしまった。彼のような隠密のスペシャリストが怯えるほどの「監視者」。イリュウさえ知らないその正体が誰なのか、今はまだ知る術はない。
「あはは、相変わらずだね。でも、彼が一人で動くって時は、潜入の準備が整ったって合図だよ」
イリュウは楽しそうに笑いながら、合体剣のパーツを弄んでいる。
「さて、ルーシュ君にヴィニー君。準備はいいかな?」




