呪々の森の少女・・・賢者の秘密
交流戦の余韻
翌日、簡単な交流会が開かれた。同じように学び、同じように食事をし、意見を交換し、そして手合わせをする、ごく普通の交流会だった。
「にしても手応えがないな」
ヴァイオレット校は、この時代では一番を名乗れるほどの学園だ。今回の遠征メンバーはその生徒トップ50にも入る実力者たち。はっきり言って、ヴァーミリオン校の生徒たちは相手にならなかった。威勢がいい者もいたし、友好的に接してくれる者もいたが、模擬戦が終わると、その圧倒的な実力差によってねじ伏せられ、ヴァーミリオン校の生徒たちの中には、徐々に嫌悪感を抱き始める者も出てきた。
「仲良くしなさいよ」リリスがため息混じりに言う。
「模擬戦で仲良くってなんだよ。手抜くほうが失礼だろ?」ロロは全く悪びれない。
「ルーシュさんが言っていた通り、あまりにも弱すぎますね。実際、バイオレット校にはここヴァーミリオン出身者は0人です」アーサーも冷静に分析する。
「明日は王国ギルドとだろ?大丈夫かこの国?」ロロは不安を口にする。
「大丈夫じゃないから呼ばれたんでしょ」リリスが冷徹に返す。
「なら徹底的にやってもいいんだよな?……てかルーシュあいつどこ言ったんだよ〜」ロロはルーシュの不在に気づいた。
リック王の切なる願い
「調子乗りすぎるところあるからなぁ、アイツら」
ルーシュは彼らの会話を気にも留めない。謙虚というものを知らない彼らだが、まあなんとか切り抜けるだろうと、彼らの実力には全幅の信頼を置いていた。ルーシュは、彼らが表面的な交流に終始し、真にやるべきことを上手くやっていないことを見抜きながら、昨日の森へ向かっていた。
ルーシュは歩きながら、昨日のリック王との会話の最後を思い出していた。リックの表情には、王としての責任と、一人の人間としての深い悲痛が滲んでいた。
『もう一つ頼みたいことがあります。ジュジュの森が道中にあったと思います。昔からよく魔物が出てきて苦労した森だったのですが、最近は全く出てこなくなりました。理由は、あの森に一人の少女が住んでいます。ジュジュの森、別名**“呪々の森”**。昔から呪われていると噂がありました。それに拍車をかけたのが、その少女、ライカです』
『ジュジュの森のそばの村で生まれたのですが、産後すぐ母親をなくしました。孤児になった彼女は物凄く物を大切にする少女でした。私も何度か孤児院を訪れる機会があり、壊れたものを見ると直して、使えるようになると可愛らしい笑顔を見せてくれる子でした。ある時、傷ついた鳥をあの子が触れた瞬間に飛べるようになったのを見ました』
『気になって調べていると**“修復魔法”**ではないかと、そんな高等な魔法を6、7歳で使っていたなんて思いも寄りませんでした。元々気になっていたのですが、すぐさま迎え入れる用意をしました。しかし事件が起きたのです。孤児院の崩壊……きっかけは「母親殺し」と友だちにそう言われたそうです。呪々の森近くの出身それだけで……小さな彼女はそんな事を考えたこともなかったでしょう。友達に罵られ、恐怖し、自分を責め、壊れたのです。あの子が触れるものすべてが意図せず朽ちるようになりました。孤児院あんな大きな物を朽ちさせ、崩壊させました。怪我人も出ました』
『その日から、物を直すのが好きなあの子が直せず壊すだけ……どれだけ絶望したでしょうか?私はそれでも受け入れる準備をしましたが、孤児院の崩壊すべてが彼女を狂わせ、ジュジュの森に住むようになりました。あれから8年、何度か接触を試みたのですが相手にしてくれませんでした。幸いなことに、朽ちないときもあって生活はできているようです。賢者様にはあの子を助けてほしいです。素晴らしい能力を持っているんです。こんなところで朽ちていい子じゃないんです。どうかお願いします』
「昨日のあの子がな……」
ルーシュは深く息を吐いた。昨日の自分の修復魔法が効かなかった違和感。あの**「力の干渉」**の正体がわからない以上、これは賢者として解決すべき、課題だと感じていた。
再会の違和感
ルーシュは昨日のボロい家に向かった。
「よぉ、お嬢さん」
ルーシュが声をかけると、朽ちた家の前で小さな花を見ていた少女が立ち上がる。その瞬間、少女の指先が触れた小さな花は一瞬で枯れて、塵と化した。
「またあんた?」ライカは警戒心を露わにする。
「そう言わずにさ、君の能力が気になってね。あれ?君そんな若かったっけ?」
昨日見たときよりも幼く見える気がした。
「気のせいよ」少女は警戒し、建物に入る。
「おじゃまします……あれ?また変わった?」
ルーシュの目線から外れると、彼女が昨日見た少女に戻っている気がする。ルーシュは、彼女の周囲の空間そのものが揺らいでいることに気づき始める。
「気のせいよ。で、なに?直感だけど、あんたのこと嫌いなんだけど」
ライカはルーシュの核心を見透かすような、鋭い視線を向けながら率直に言い放った。その声には、単なる嫌悪ではなく、自分に近づく者への警戒心と拒絶が込められていた。
「すごい言われよう……」ルーシュは苦笑いを浮かべる。この少女は、外見に反して一筋縄ではいかない。
「それに私16よ。お嬢さんは失礼じゃない?」
「うそ?同い年?幼く見えるぞ」ルーシュは驚きを隠せない。彼女の見た目の幼さと、纏う雰囲気とのギャップに戸惑う。
「可愛いでしょ」ライカは、不機嫌そうな表情をわずかに崩し、一瞬だけ得意げな、年相応の少女の顔を見せた。
「え?いや、まぁ」ルーシュは言葉に詰まる。
「モテないでしょ、あんた」ライカの容赦ない毒舌が飛んできた。
「毒舌……そんなことよりさ、君の能力を見てくれって王様から」ルーシュは話題を本題に戻した。
「リック?なんであんたなんかに頼むのよ。あの人王様よ?」ライカの声が一段と鋭くなる。リック王という存在が、彼女にとってどれほど大きな意味を持つかが窺える。
「まてまて、君も今呼び捨てにしたじゃん」ルーシュは冷静に指摘する。
「私は良いの。会ったときはだって王様って知らなかったもん。それに私の名前は**『ライカ』**。名前聞いてこなかったの?」
ライカは自分の名前を名乗ることで、初めてルーシュを対等な立場の人間として認識しようとしているようだった。
「ごめんごめん、ちょっと特殊な能力だって聞いたから会ってみたくて。俺、こう見えて魔法の研究してるんよ。それで別件だけどリック王にヴァーミリオンの学園に呼ばれて、君のこと聞いたってこと」
「ふぅん?どこまで?」ライカは目を細めて、ルーシュがどこまで自分の**「罪」**を知っているのか、試すように問いかけた。
「朽ちてく魔法の制御ができないこと、それで孤児院が崩壊したこと……それと、君はとてもいい子なんだってこと」
ルーシュは警戒されないように、隠さずにすべてを話した。特にリック王の言葉を選び、言葉の端々にライカへの深い愛情と信頼が滲んでいることを伝えたかった。
「ふふっ、全部話したんだ。魔法の研究しているぐらいで」
ライカは皮肉を言いつつも、自分が「いい子」だと言われたことに、わずかに頬を緩めているようだった。その小さな変化に、ルーシュは彼女の心の奥底にある純粋さを見た。
「一応、詳細に聞きたかったから……」ルーシュは目的を強調する。
「それで君はどう思ったの?」ライカはピタリと動きを止め、真剣な眼差しを向ける。
「俺はルーシュ。昨日は君に違和感を覚えた。キツく言ってるが、無理をしているように見えた。たまたまリック王から話を聞かされて、俺達に危険が及ばないようにしてくれたんだなって、自分を責めてるって聞いてほっとけなくなった。どこまで力になれるかわからなないけど、協力させてほしい」
ルーシュの言葉は飾り気がなく、ただ純粋にライカの心に届いたようだった。
「仕方ないな。いつもならそばに来るだけで魔法が発動するんだけど、今日は調子いいみたい。それとも君が特別なのかな?ルーシュくん」
ライカは初めてルーシュの名前を呼び、瞳の奥に宿していた警戒心を解き、彼の顔をまっすぐ見た。これは、ルーシュに対する信頼の証だった。
不思議な少女の料理と真実の片鱗
二人は少し話をした。ライカはいつもはどう生活しているのか、この森には魔物がいるのになんとも無いのか。ライカは思っていたよりもずっと元気で、明るく話す女性だった。孤独に苛まれているはずなのに、その精神力の強さにルーシュは感嘆した。
「ご飯できたよ」
ライカが持ってきたのは、森で取れたきのこ、野生の豚の肉などを使った料理だった。
「え?おいしい! なにこれ、めっちゃ料理上手いじゃん」
こんなボロボロの生活に見えて、料理は綺麗に彩られ、味も驚くほど繊細だった。そのギャップが、ライカという少女の複雑さを象徴しているようだった。
「え?って何よ?美味しくないとでも思ったの?」ライカは少しムッとする。
「いや、そう意味じゃなくて。何ていうのか、ライカは不思議な娘だね。ギャップっていうのかな?」
「見た目のこと言ってるの?汚らしくてごめんね」ライカはまた不機嫌そうに、視線を伏せて言う。
「見た目で言うと、すごく髪キレイだね」
ルーシュは、彼女の艶のある長い黒髪を褒めた。こんな劣悪な環境で生活しているとは思えないほどの美しさは、女性なら嫉妬してしまいそうなほどだった。
「なんでかね?能力の関係かな?魔法を使ってるっていう感覚無いのよ」
ライカの言葉に、ルーシュはピクリと反応した。
「ん?君の能力じゃないの?」
ルーシュは、彼女の能力は力の暴走、上位魔法者が抑えきれないことが原因だと考えていた。
「そんなこと言ってないよ。多分呪われるんだよ。昔は違ったんだけど、楽しかった魔法があの時壊れたんだ。私があの魔法で人を傷つけちゃったから、そんな魔法じゃないって怒られちゃったのかも」
ライカの言葉は、自己の能力ではなく、外部からの干渉を示唆していた。
「なるほど、めちゃくちゃ珍しいことだけど、ちょっと分かっちゃったかも」
ルーシュは、その言葉が賢者としての知識が結びついたことに、満足げな笑みを浮かべた。
「ほんと?私、人を傷つけなくて良いの?」ライカは藁をも掴む思いで、前のめりになる。その切実な願いが、ルーシュに突き刺さった。
「それは君次第だよ。ごちそうさま。準備あるから、また明日くるね」
ルーシュは、この場で感情論で解決できる問題ではないと理解していた。
「待ってよ。教えてくれないの?」ライカは焦り、ルーシュの服の裾を掴もうとするが、寸前で手を引っ込めた。
「今言っても理解できないし、多分言ったところで何も変わらないから。待ってて」
そう言ってルーシュは森から帰ってきた。彼の頭の中には、ライカの能力の真実と、複雑な計画が既に描かれていた。




