全盛期の顕現と、魔王の因縁
「中途半端な借り物で戦うから、こういうことになる」
ガルの姿をしたこいつはもう、かつてのガルではなかった。声はガルのままだが、口調は傲慢で冷酷。その魔力の奔流は、先ほどまで感じていた呪いの残滓とは比較にならない、根源的な闇だった。
「すいません、私としたことが」
アラバマはまるで、主人の失敗を謝罪する従者のように、無表情に言った。
「どういうことだ?」
スザクが目を見開いて言う。アラバマを打ち倒したという高揚感は、一瞬で底知れない恐怖に変わった。
ガルの体を乗っ取った魔物は、アラバマを足蹴にした。
「ガルという男、やってくれたな。最後に私の倅を殺しおって」
俺は思考を加速させる。ガルの最期の告白と、この状況を繋げる。
「なるほど、30年前ガルに負けたお前は、ガルに呪いをかけ体を乗っ取ろうとした。しかし思ったより時間がかかり、息子を使って覚醒したわけだ。だが最後反撃にあったと。そうするとアラバマは?」
「ハハハハハ、クソガキ。なかなかいい勘しているじゃねぇか?」
ガルの姿をした魔物は、楽しそうに笑う。その笑いには、王国のすべてを愚弄する響きがあった。
(こいつ、俺のこと**「賢者」だとわかってないのか? ガルが命懸けで最後の瞬間まで俺の情報を隠してくれた**のか?)
そのことに気づくと、俺の心臓は締め付けられた。ガルの犠牲が、この魔物の油断を生んだ。これはチャンスだ。
「こいつ(アラバマ)は少しづつ蝕んでいった。なかなか優秀だったぞこいつも。ガルのそばから離れようとしなかった。ガルのみに何が起きているのかはこいつだけが知っていたからな。途切れ途切れだが、コイツらの記憶に俺を倒せるものがいるという話が聞こえたが、結局現れなかったようだな。まぁこいつはもう駄目だ。俺の倅の器にさせてもらう」
ガルの体を乗っ取った魔物は、アラバマの体を掴み上げる。アラバマの体は、抵抗することなく、黒い何かが体の中に入ってく。
(この期に及んで復活!?まだ倒し切れないのかコイツラは)
俺は、スザク、メロ、キキの顔をちらりと見た。彼らは、俺の焦燥を敏感に感じ取っている。この魔物は、ガルとアラバマの能力を統合し、さらに強化されている。今の俺たちに、勝ち目はない。
「今回はガルとお前らの働きで引き下がってやる。が、予定通りレイモンドはいただく。ここからは俺達の侵略に震えるが良い。あともう一ついい話をしてやろう。息子を使って覚醒と言ったな? 違うぞ。俺達はずっと準備をしてきた。何百年もだ。なぜだかわかるか? あの方の復活による魔力の増大! これがきっかけだよ」
ガルの言葉は、この世界の裏側にある深い闇の歴史を垣間見せた。呪いは、単なる魔物の個人的な復讐ではなく、魔王復活という巨大な計画の一部だったのだ。そして、その復活の兆候が、この呪いを加速させた。
ガルの体を乗っ取った魔物は、俺たちに背を向けた。
「さあ、生き延びろ。そして、絶望を広めるがいい」
ガルが後ろ向くと同時に、指を鳴らした。
その瞬間、閃光が走った。
「フン!逃がすか!」
ほぼ同時に、スザクのマグマのような炎魔法も飛んでいった。その速度と威力は、マグマ・テンペストを放った後とは思えないほど研ぎ澄まされている。
砂埃が薄くなると、そこには何もなかった。ガルの姿をした魔物は、スザクの魔法を時間転移か空間転移で回避し、既にレイモンドの残骸へと消えていた。
(この状況でも一撃出せるスザクは流石だった。だが、魔物の力は、俺たちの想像を遥かに超えている)
辺りには、何も得れなかった戦いの跡だけが残されていた。敗北だった。完全な、絶望的な敗北だ。
帰還と王都の根
「スザク、メロ、キキ! 聞け! アラバマ…いやあの魔物が復活した事によって他の魔物ももとに戻りつつある」
俺は感情を押し殺し、仲間にこの恐るべき真実を伝えた。
「くそっ、ガルめ……。だが、これでわかった。俺が相手にすべきは、あの呪われた英雄の亡骸だ」スザクは荒い息を整えながら、拳を固く握った。彼の怒りは、今や憎悪に変わっている。
「ルーシュさん……アラバマさんは、本当に……」メロは、裏切りの仲間にすら、哀れみの視線を向けている。
「彼もまた、呪いに利用された犠牲者だった。だが、今はそれどころじゃない。ガルは言った。『王国の根』に呪いが及んでいる。アラバマの最後の言葉も、それを裏付けている」
俺は、ガルの最期の言葉と、魔物の警告を合わせて、一つの結論に達した。
(呪いは、王都のギルドマスター、あるいは王族の誰かにまで浸透している。ガルとアラバマは、その真実に気づき、外部に助けを求めず、ただ二人で、集団自決という形で王国を守ろうとしたんだ……)
この戦いは、レイモンドの敗戦で終わったのではない。王都の内部で、既に始まっているのだ。
絶望の中の殿
「全速力で王都に戻れ。負傷者を連れ、騎士団の残党と合流しろ!殿は俺が務める」
俺は、この絶望的な状況でなるべく犠牲を減らすべく、留まることを決めた。後方の裏切り者部隊は、中枢を失ったとはいえ、その数は多い。このまま逃げても、全員が疲弊して追いつかれるだけだ。
「それじゃルーシュさんは?」メロが不安そうに言う。
「ちゃんと逃げれたか確認したら、俺も離脱するから」苦し紛れの笑顔を作る。
俺の言葉が嘘だと見抜けないはずがない。だが、この状況で俺以外に殿を務められる者はいなかった。
「俺も残るぞ、そのほうが生き残れる確率が上がる」スザクがそう言い、横に立つ。
「もう魔力残ってねぇだろ……カッコつけるな」
スザクは反論しなかった。顔は高揚しているが、その魔力はマグマ・テンペストで空っぽだ。受け入れるしかなかった。自分が足手まといなのは誰よりもわかっている。
「・・・死ぬなよ」
スザクはそう言うと、メロとキキは、泣き出しそうな顔を隠すように、残りの騎士団員を連れてこの場から離脱した。
「おい、クソ魔物ども……俺が誰か分かって喧嘩売ってんだろうな?」
(おれは全力を出す。このまま魔物に王都を蹂躙されて、大切なものを全て失うのは御免だ。前衛後衛関係ない。転生して初めて全力を出す。なるべく本調子に戻るために毎日コツコツためた魔力を解放する。どこまでこの体がついてこれるかわからないが、今使わないと後悔する気がした)
俺は魔力を解放した。それは、周囲の空気を震わせるほどの、純粋な魔力の奔流だった。しかし、この器はまだ学生の肉体だ。放出された魔力は俺の肉体を破壊しにかかる。
敵の再来とミズーリの介入
数十分経った頃、大地を揺るがすような足音が近づいてきた。
「何だ? 感じたことのない魔力を見に来てみれば、さっきのクソガキじゃねぇか?」
あたり一面まっさらな土地の真ん中に立っているルーシュを見つめ、アラバマに乗り移った魔物の息子が戻ってきた。アラバマの体は、先ほどのマグマの傷が完全に消え、呪いの黒い魔力で満たされている。
「見てこいって言われたけど……まだ本調子じゃないしどうしよ?」
魔物は独り言を呟いている。完全にアラバマの体を乗っ取ったこの魔物は、まだ新しい体に苦戦しているようだった。
「ちょうどいい。このまま成果ゼロじゃ、死んだ仲間に示しがつかない。第3ラウンドと行こうじゃないか?」
おれは動けるかどうかもわからない、途切れそうな意識の中、こいつを倒すことに集中した。
「ははっ調子に乗るなよ。学生風情が! ちょうどこの体にも慣れないといけなかったし、ちょっとばかし遊んでくれよ?」
笑いながらアラバマの姿をした魔物は、武器を構え、ルーシュに攻撃を仕掛けてくる。
(おれは途切れそうな意識の中。何かを感じた。溢れ出る魔力の暴走だった)
「何だそれ。たまに魔力に当てられてコントロールできなくなって死んで行くやつがいるけど、この状況本当にお前がやったのか?」
「もう少し粘ってくれないと準備運動にもならねぇぞ?」
魔物がルーシュへ肉薄し、俺の体が崩れ落ちる寸前――
『賢者様!』
咄嗟に聞こえた、脳内に直接響くミズーリの声だった。
『嫌な予感がしてたのです。教会にバレないように細心の注意を払っていました』
テレパシーみたいなものだろう。戦いで使うような通信魔術ではなく、特定人物にだけ話せる能力。薄れていく意識の中、崩れていく体。
そのとき、俺の手に《杖》が現れる。それは、見覚えのある古びた杖だった。
『私の能力の一つです。短時間ですが物体を具現化できます。《教会》の保管庫から転送してます!』
おれはその杖を強く握った。
その瞬間、暴走していた魔力が一瞬で収束し、俺の中に入ってきた。ボロボロだった体は徐々に回復し、そして落ち着きを取り戻した俺は、45年前の姿――そう、全盛期の姿で顕現した。
賢者、全盛期の力
肉体が変化したことで、衣服もかつての賢者の装束へと戻っていた。魔力は全身を駆け巡り、俺の精神は驚くほど冴えわたっている。
「にしても最高だなこの体は」
おれは全盛期の姿、魔力に感動している。
「じじいになってが子供になって散々だったが、やっぱり桁違いに良いなこれ。これでようやく、全力でぶん殴れる」
ズキッ。
アラバマの脳裏に、魔王の記憶が浮かぶ。それは、何千年にもわたる因縁の、最も恐れるべき存在の記憶。
「賢者!?」
アラバマに乗り移った魔物の息子は、魔王から受けた魔力の影響で、魔王の記憶を共有していた。彼はルーシュの正体を直接知らなくとも、その姿と魔力が、魔王の宿敵であることを本能的に理解した。
「なんでこんなところにっ」
少し焦っているように見えたが、魔物はそのまま突っ込んできた。この強力な力を前に、彼には引くという選択肢がなかった。
「愚か者」
おれは落ち着いて突っ込んできたアラバマをいなし、杖を一振りしただけで、アラバマの片腕を吹き飛ばした。
「誰だ!おまえぇ…」
片腕を抑えながら、流れ出る血の量に焦るアラバマ。
「魔王の魔力を受け取ってこの程度か?」
おれは見下ろしながら言う。魔王の力をもってしても、俺の全盛期の力には及ばない。
「賢者……」
アラバマの脳裏に魔王の記憶が見える。7回……3000年以上も戦い続けている因縁の相手。
「こいつには勝てない…父さん」
コツン。
俺が杖を地面に付く音が響き、アラバマの体は、塵となって消えた。完全に、呪いの根源から絶たれた証拠だ。
(魔王の復活は確実になった。だが賢者の存在は誰にもバレていないと思っていいだろう。魔王は今どうなっている? 封印が破られていないならあと5年は身動きが取れないはずだ。しかしあの魔力は他に影響している。ガルの言った準備をしていたとは、1500年前から想定ずみ? 想定外は俺の5年早い転生?)
分かったようなわからないような謎が深まる。だが、目の前の脅威は去った。
「じじいになって、子供になって散々だったが、やっぱり桁違いに良いなこれ。みんなと合流してちゃちゃっと回復でもして賢者アピールでもするかなぁ」
俺は、全盛期の力が持つ高揚感に浸りながら、杖を叩き、みんなの元へ瞬間移動しようとした瞬間、ぶっ倒れた。
『短時間って言ったでしょ!』
そのミズーリの声が聞こえたあと、俺は意識を失った。




