レイモンドへの進軍・・・裏切りの胎動
### 隊列の異変
王都を出発した討伐隊の隊列は、長大だった。1000名を超える騎士団、ギルドの精鋭、そして俺たち学生部隊。空は鉛色に曇り、その重さがそのまま俺たちの背中に乗っているようだった。
(1000人か。随分と派手な見世物だ)
総司令官はガル、参謀はアラバマとカロライナ。ギルドマスターのうち、アリゾナ、バージニア、ミズーリの三人が王都に残った。後方支援、政治、宗教の要を本国に残すのは当然の判断だ。だが、この大部隊がたった一体の魔物に敗れた男の指揮下にあるという事実は、どうにも落ち着かなかった。
学生チームは隊列の中ほど、実戦兼中間位置という曖昧な立ち位置にいた。メンバーは以下の通りだ。
* **ルーシュ(俺)**:賢者(名目上Eクラス)。魔法・分析担当。
* **スザク**:後衛(学園順位1位実質Aクラス)。攻撃担当。このメンバーで最強。
* **メロ**:前衛(学園22位)。攻撃・補助魔法担当。
* **キキ**:後衛(Cクラス)。回復・防御魔法担当。
俺の隣を歩くスザクは、周囲の兵士たちには目もくれず、ただ前だけを見ていた。その目には、リリスに言い放った嫌味とは裏腹に、張り詰めた緊張が宿っている。こいつも、今回の戦いが遊びではないことを理解している。
「おい、ルーシュ」スザクが小声で俺に話しかけた。
「なんだ」
「なぜ俺たちがあんな中途半端な位置なんだ? 後方支援なら最後尾。実戦なら最前線だろう」
「お前は馬鹿か? 俺たちは学生だ。表向きは戦果を上げるための部隊じゃねぇ。最前線で消耗する駒でもない。ガルがお前らの実力を認めて、**生き残る可能性が高い配置**を選んだんだろう」
(実際は、俺がこの位置を指定した。学生を消耗させる気は毛頭ない。だが、ここでガルに違和感があるかどうかを観察するには、最適の位置だ)
「フン。偽善者が」スザクは吐き捨てるように言ったが、それ以上は食い下がってこなかった。
俺は視線を隊列の先頭、総司令官ガルがいる場所へ向けた。ガルは周囲の護衛騎士たちに囲まれ、時折、馬上でアラバマやカロライナと地図を広げている。遠目に見ても、彼の態度は落ち着き払っていた。以前会議室で見た、**瀕死の男の面影はない**。
(王の言っていた違和感。ガルが隠しているもの……何だ? 5年の空白期間か? それともレイモンドでの相打ちの真実か?)
### ガルの奇妙な指示
進軍は10日目を迎えた。森を抜け、開けた荒野を進む。レイモンドまではあと一日半の道のりだ。
この日の昼過ぎ、隊列に異変が起きた。ガルからアラバマを通じて、各部隊に**奇妙な指示**が届いたのだ。
指示は以下の通りだ。
* 全隊は隊列を意図的に引き延ばすこと。
* 部隊間を300メートルの間隔を空け、移動速度を調整すること。
* 精鋭ギルド部隊は先行し、敵勢力に接触すること。
* 接触後は、**待機**すること。
アラバマから連絡を受けた騎士団の指揮官が、すぐに前衛部隊を率いるカロライナに無線で問い合わせたが、カロライナも「総司令官の指示だ」としか言わなかったという。
「待機? 敵と接触しておいて待機とは、どういうことでしょうかね?」
学生チームの教師役である俺の傀儡が、困惑した顔で尋ねてきた。
(待機? 包囲を完成させるためか? いや、300メートルの間隔では連携が薄すぎる。精鋭隊を孤立させるための指示のように見えるが……)
俺はすぐさま、周囲の魔力探知と、風に乗せて遠方の音を探知する魔法を最大限に展開させた。探知魔法で見る限り、まだレイモンド近郊にいる魔物数百の気配は感知できない。
「ガルの指示には従え。ただし、隊列が300メートル開いた隙間に、**防御魔法陣**を展開しろ。前衛職の護衛騎士に命じて、魔力消費を抑えた陣を敷かせておけ」
俺の命令は、教師を通じて騎士団指揮官へ伝えられた。
(ガルは、俺たちがこの指示の不自然さに気づくかどうか試しているのか? それとも、本当に精鋭隊を陽動に使うつもりか?)
### 賢者と総指揮官代理
日が落ち、宿営の準備が始まった頃、アラバマが俺の陣営までやってきた。アラバマは総指揮官代理として、今回の遠征でのガルの補佐役だ。顔色が優れない。
「賢者殿。いや、ルーシュ。少し話を」
俺は野戦用の簡易テーブルを指し、座るよう促した。キキとメロは夕食の準備をしている。スザクは一人、剣の手入れに集中していた。
「今日の指示についてか」俺が先に切り出した。
アラバマは長い腕を組み、深いため息をついた。
「正直に言うと、私にも理解できない。精鋭隊を先行させるのはわかる。だが、連絡もなく、待機とは。兵士たちの間では**士気が下がりつつある**」
「アラバマ、お前はガルが**五年前、最強の男として現れたとき**からそばにいたんだろう? お前の知るガルは、今回のような無謀な戦術を組む男だったか?」
アラバマは目を見開いた。王から聞いたばかりの過去の話だ。
「……五年前。私は、彼が一人で魔物を追っていたという話を聞き、彼の強さと、彼が抱える**闇**に惹かれた。レイモンドでの彼の過去は、噂でしか知らない。だが、私が知るガルは、**勝利のためなら一切の犠牲を厭わない男**だ」
「勝利のためか……」
「だが、今回は違う。あの魔物は、ガル様に**トラウマ**を植え付けた。会議室での彼の弱々しい姿は、私ですら信じられなかった。しかし、その後の彼の指示は、**勝利よりも、むしろ危険を招く**ように見える」
アラバマの顔には、疑念と恐怖が混ざり合っていた。彼もまた、ガルの異常さに気づいている。しかし、ガルに並ぶほどの力も、権限もない。
「お前は、総指揮官代理として、彼を止めるべきだとは思わないのか?」
「止められる力がない。そして、ガル様が何を考えているのか、**読み切れない**のが怖い。ただ、一つだけ確信している」
「何だ?」
「ガル様は、**賢者がここにいること**を強く望んでいる。なぜ、あなたがEクラスの学生でありながら、この遠征の参謀会議に顔を出せ、発言権を持っているのか。それは全て、ガル様の強い意向だ」
(やはり、王が言った通り、ガルは俺の力を試している、あるいは利用しようとしている)
「ありがとう、アラバマ。俺も、ガルが何を考えているのか、見極めさせてもらう」
アラバマは、これ以上話しても無駄だと悟ったように立ち上がり、深々と頭を下げて去って行った。
### スザクの直感
アラバマが去った後、武器の手入れを終えたスザクが、俺の前に座った。
「あのノッポの言っていることは、俺には理解できん。だが、一つだけわかる」
「何だよ」
「総司令官は、**死にたがっている**」
俺は思わず息を飲んだ。感情を排したスザクの直感は、時に俺の分析よりも鋭い。
「死にたがっている、だと?」
「そうだ。戦術も、指示も、全てが**破滅的**だ。最強の男が、自分の命と、討伐隊全体の命を、無駄に消費しようとしている。あの男は、**前回レイモンドで死ねなかったことを後悔している**」
(まさか。王の話にあった、レイモンドでの相打ちの真実。ガルは、あの時、自分の故郷で、王を守るためにではなく、**過去の自分の失敗**と共に死ぬつもりだったのか)
スザクの言葉は、王から聞いた「違和感」と、アラバマから聞いた「勝利を厭わない」という言葉の、全ての矛盾点を解消した。
ガルは、**「裏切り者」**なのではない。**「壊れた英雄」**なのだ。
だが、この壊れた英雄は、その命を絶つために、**俺たち1000人の命を道連れにしようとしている**。
「あの男を、どうするつもりだ」スザクが俺の目を見つめた。
「どうするって、総司令官だ。俺たち学生が手を出せるわけがない」
「嘘をつけ。お前は、あの男を止める方法を考えている。そうでなければ、ここにいることを許さない。俺は、**あんなくだらない死に方**をするために、お前のチームに入ったわけじゃない」
スザクの言葉に、俺は初めて、**彼が俺という「賢者」をどう見ているか**を理解した。彼は、俺の知恵と力だけが、この狂った戦場から彼を、そしてリリスを連れ戻せる唯一の手段だと知っている。
「方法は一つしかない」俺は言った。
「何だ」
「ガルが、**俺たちを殺す前に、俺がガルを殺す**」
スザクは笑った。獰猛な、**戦士の笑み**だった。
### 最後の夜
10日目の夜明け前。宿営地は静まり返っていた。レイモンドの魔物との決戦を前に、誰もが眠れない夜を過ごしている。
俺は陣営を抜け出し、討伐隊の最高位の指揮官たちが集まる会議テントへと向かった。
テントの中には、ガル、アラバマ、カロライナが地図を広げ、最終的な作戦会議を行っていた。
「賢者殿。なぜここに?」ガルが顔を上げる。その目は、少しだけ**赤い**。
「最終的な作戦の確認だ。精鋭隊の待機。あれは、何のための作戦ですか?」俺は単刀直入に尋ねた。
ガルは笑った。以前会議室で見た、弱々しい笑みではない。**諦観と満足**が混ざったような、恐ろしい笑みだった。
「賢者殿。あなたは、全てを理解しているようですね。そうです。あれは、**精鋭隊を囮にする作戦**です。あの魔物の索敵範囲とスピード。隊列を組んだままでは、一気に全滅します」
「囮にする? では、精鋭隊が全滅した後、どうするつもりですか?」
「精鋭隊が魔物を引きつけている間に、本隊は後方から回り込み、レイモンドを奪還する。それが、**最も犠牲の少ない道**です」
ガルは、いかにも合理的で冷徹な、総司令官としての判断を語った。だが、その言葉には、**「精鋭隊の犠牲」**へのためらいが一切なかった。
アラバマとカロライナは、黙って下を向いている。彼らも、ガルの本心を理解しているが、逆らえない。
(奴は嘘をついている。精鋭隊を囮にするのは真実だが、本隊を回り込ませる時間などない。奴は、**レイモンドで、自分と過去の遺恨、そして討伐隊の全てを葬り去るつもりだ**)
俺は、ガルの目を真っ直ぐに見つめた。
「総司令官。討伐の際、私は学生チームを率いて、**精鋭隊の支援**に向かいます」
「学生に何ができる? あなたたちは後方支援だ」ガルは冷たく言い放つ。
「賢者としての分析と、魔法の集中砲火なら、足止めはできます。精鋭隊の犠牲を少しでも減らすためです」
ガルはしばし沈黙した後、フッと笑った。
「いいでしょう。やはり、あなたは、**最高の賢者**だ。誰もが、自分の命を惜しむこの状況で、最も危険な場所を選ぶとは」
ガルは立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。
「では、賢者殿。**戦場で**会いましょう」
俺はテントを出た。夜明け前の空気は、血の匂いがするようだった。
(ガル。俺が、お前を止める。お前の狂った理想郷も、お前の破滅願望も、俺の知恵で叩き潰してやる)
俺は、背後にいるスザク、メロ、キキの命を背負いながら、来るべき決戦に向けて。
夜明けの角笛が鳴り響いた。討伐隊は、**世界最強の裏切り者**が仕掛けた舞台へと、進軍を開始した。




