崩壊の前兆・・・王都異変
「ロロ様、戻ってきましたよ」
俺たちが帰還したことに、いち早くヴィニーが気づき声をかけてくる。
「おい! なんで俺たちはいけなかったんだよ!」
機嫌を著しく損ねたロロが、語気を強めて怒鳴り散らしてきた。
「詳細はわからんが……俺が『イレギュラー』だったせいで、結界に人数制限がかかったみたいだ」
俺は咄嗟に嘘を吐く。ロロの血筋の件は隠すことにした。
「ルーシュ……」
何かを言いかけたセレスティアを、俺は鋭い視線で制す。
「黙っていろ」――その無言の圧力に、彼女は微かに唇を噛んで俯いた。
「……ふん、まあいい。近いうちに、俺も必ず連れて行けよ」
ロロは吐き捨てるように言い残し、背を向ける。
「それで……何か収穫はあったのですか?」
何も知らないヴィニーが、探るように聞いてくる。
「移動しながら話す。……次だ」
俺たちは足早に王都を離れ、ピューターにあるガゼルの隠れ家へと向かった。
だが、扉を開けた先にあったのは、静寂という名の絶望だった。
部屋の中はもぬけの殻。かつて叡智が詰まっていたはずの研究資料は、主要な部分が根こそぎ持ち去られた後だった。マティアスの周到さが、部屋の隅々にまでこびりついている。
「……流石に、何も残ってねぇか」
荒らされた作業台を指先でなぞり、俺は苦々しく吐き捨てる。
「ロロ……大丈夫?」
セレスティアが心配そうに声をかけるが、ロロは虚空を見つめたまま、石像のように動かない。
「……ああ。聖域に入れなかった理由なんて、今はどうでもいい。それより、このままじゃ……」
手がかりは完全に途絶えたかに見えた。だが、俺にはまだ、切り札がある。
「……テオ。お前達の出番だ。何か掴めるか?」
「えっ……僕ですか?」
テオが驚き、一歩後ずさる。
「お前には【物質】の加護がある。この場所でガゼルが何を弄び、どんな魔力を残したのか……その『理の残滓』を探ってくれ」
俺は精霊語で詠唱を紡ぎ、その権能を強制的に引き出す。
空間が歪み、テオの背後に【物質】の大精霊――マテリアが姿を現した。
「分かっているな……探せ!」
『えっ、ちょ、はいぃぃ!? ちょっとルーシュ、急に人使い荒くない!? おいら、まだ心の準備が――』
マテリアが素っ頓狂な声を上げた、その時だった。
「…………っ!?」
突如として、**肺を握りつぶされるような強大な威圧感**が、大気を震わせた。
ピューターの街全体が、一瞬で「死」の予感に支配される。本能が、生存を拒絶するような禍々しい波動。
『……やばいよ。……ルーシュ、これ、気づいた……?』
マテリアが窓の外を凝視する。その実体化された身体が、微かに震えていた。
「ああ、忘れるはずがない……。この魔力、聖域の神器だな。……チッ、どこまで運が悪いんだよ」
転生してからというもの、あと一歩で真実に手が届くところで、常に先を越されている。この忌々しい既視感。
「こんな異常な魔力……何が起こっているの?」
セレスティアも冷や汗を流しながら、後ずさりをする。
「……これは、王都の方か?」
ロロもその瞳に険しさを宿し、空を睨む。
『……たぶんね。ここからでも視えるもの。あんなにドロドロとした『不純物』の光……ありえないわ』
マテリアが、いつになく真剣な表情で頷く。
「完全に後手ね……! 聖域で茶を飲んでる場合じゃなかったじゃない!」
セレスティアが青ざめた顔で叫ぶ。
「おい! ぐずぐずしてる暇はねぇぞ! すぐに戻るぞ、ルーシュ!」
ロロが叫んだ。その瞳には、己の守るべき場所を汚されたことへの、王族としての鋭い憤怒が宿っていた。
「……ああ。全速力でいくぞ。マティアス……今度こそ、そのツラを拝ませてもらう」
俺たちは一秒を削るように、ガゼルの家を飛び出した。
背後にそびえる王都の上空は、すでに神器が放つ異様な「拒絶の光」に飲み込まれ始めていた。
「マティアス――ッ!」
王都郊外――神器の魔力源が渦巻く地点へと辿り着いた俺は、その名を咆哮した。
だが――
その先に広がっていたのは、想定を遥かに超えた地獄だった。
積み上がった魔族の死体。
その頂に、不遜な態度で君臨する五つの影。
それが――
【魔導の王冠】。
そして彼らと対峙するように、さらなる魔族の影が蠢いている。
「ホントに来たよ、賢者ちゃん」
死体の山の上で、鈴を転がすような可愛い声が響く。桃色の髪を揺らした少女――ピチが、無邪気な笑みを浮かべていた。
「あぁ……もう来ちゃった……ということは、失敗じゃん……」
その隣で、灰色の髪を掻きむしりながら、弱気な男――セズが消え入るような声でぼやく。
「お祖父ちゃん!!」
テオの悲鳴のような叫びが響く。
だが、その輪の中に立つガゼルは、聞こえていないかのように冷徹に黙殺した。
「……これはこれは。お久しぶりでございます」
『芸術家』メイが、ヴォイドの時と変わらぬ狂気を孕んだ笑みを、俺たちに向けた。
「……何が起きている」
俺は、あまりにも異常な光景を前に、立ち尽くすことしかできなかった。




