潔癖の聖域・・・ずさんな世界
『もぉ!! 勝手に来ないでって言ってるでしょ!!』
精霊語でキンキンとまくしたててきたのは、この『聖域』の主、大精霊アジールだった。
白金に光り輝く女性の姿。大精霊というのは、パッと見はどれも同じような顔立ちをしているが、こいつの醸し出す「潔癖」な空気は相変わらずだ。
『黙れ。ちょっと考え事をしてるんだ』
俺も精霊語で応じる。
『だ、黙れですってぇ!? 勝手に上がり込んできて、この私に黙れって……普通に失礼すぎない!?』
アジールは憤慨した様子で、今度はセレスティアに詰め寄った。
「あはははは……」
(……何言ってるか、さっぱりわかんないわよ)
セレスティアは、明らかに怒っている大精霊の剣幕に、引きつった愛想笑いを浮かべるしかない。
『ああ~っ! また土足で来てる! ほら、脱いで! すぐ脱いで!』
アジールが激しいジェスチャーで足元を指差し、催促する。
「……靴を脱げ、って言ってるんじゃないですか?」
テオがその仕草を見て、冷静にセレスティアへ通訳した。
「あっ、すいません! すぐ脱ぎますっ」
慌てて靴を脱ぐ二人。
「ちょっとルーシュ! 考えてないで先に対処してよ!」
セレスティアが小声で俺に泣きついてくるが、当のアジールはすでに箒を取り出し、鼻歌まじりに掃除を始めていた。
『アジール。あと二人いたはずだろ。どこへやった?』
俺は掃除の邪魔にならないよう片足づつ上げながら問いかける。
『王族一名につき付き添い一名。あんたという例外は別として、決まり事は守りなさいな』
掃き掃除を終え、満足げに胸を張るアジール。
『だから、王族を連れてきたと言っているんだ』
『ううん、違うわよ。あの子たちは両方とも、王族の血筋じゃないわ』
アジールは事も無げに言い放ち、お茶の準備を始めた。
「……ねぇ、今度は何? もてなしてくれてるの? 怒ってるの? 何なのよぉ!」
状況が掴めないセレスティアが、八つ当たり気味にテオへ詰め寄る。
「……僕に言わないでくださいよ」
テオは相変わらず、どこか他人事のように冷静だ。
「あんた八歳でしょ? 落ち着きすぎよ! ていうか、あんた加護付きなら精霊と喋れないの?」
「僕はマテリアと話せるだけみたいです。精霊語っていうのは、また別物なんだって、ルーシュが」
テオが俺から吹き込んだ情報をそのまま伝えている。
『そんなはずはない。ロロは王子だぞ? 国王からもそう聞いている』
『知らないわよ、そんなの。私の感覚のほうが信憑性あるに決まってるじゃない。……さあ、座ってお茶にしましょ』
「……仕方ない。というか、お前ら、こんな理由のわからん場所でよく飲めるな」
俺は、出された茶を飲んでいるセレスティアたちを見た。
「えぇ!? 待って、これやばいの!? あんたが何も言わないからでしょ!!」
「……体の中から爆発するか、運が良くても手から植物が生えてくるかもな」
「ほんとに待って! 大丈夫よね、これ!?」
セレスティアは慌ててコップを置き、アジールを凝視する。
大精霊はニコニコと微笑んでいるだけだが、それが逆に怖いのか、セレスティアの顔色はみるみる悪くなっていった。
『あんた、あの子に何吹き込んだのよ……』
怯えるセレスティアを見て、アジールが俺に疑いの目を向ける。
『それより、なんだこの茶は? お前がそんな気の利いた真似、今まで一度もしたことがないだろう』
俺は不思議に思いながら、一口すする。
それを見たセレスティアが、「普通に飲んでんじゃん!!」と鋭いツッコミと共に殴りかかってきた。
暴れるセレスティアを軽くあしらっていると、アジールが彼女をうっとりと見つめた。
『その子、私のお気に入りちゃん。生まれた時から、世界一の美女になる気がしてたのよね』
綺麗なもの、美しいもの。そういったものに目が合いないアジールらしい言い草だ。
『なら、加護でも与えて手元に置いとけばよかっただろ』
『あんた馬鹿ね。加護はそんな簡単に与えられるものじゃないのよ。それに……』
アジールが何かを言いかけ、視線を逸らした。
『なんだ?』
『……そんなことより、何しに来たの?』
誤魔化された。俺はこれ以上答えてくれないと察し、本題に入ることにした。
『何か隠しているな?』
『どれの話かしら?』
アジールは隠し事は山ほどあると、逆に匂わせてくる。
『王の拉致場所だ』
俺は核心を突く。
『なにそれ? 王族は私のお友達よ? 今、王がいないのは関係ないし……正直、感知もできないから謎なんだけどね』
アジールは現状を把握しているようだったが、その表情はどこか他人事だ。
『それだよ。大精霊のお前が干渉できない場所に、王がいる。そんな領域、本来はこの世界に存在しないはずだ』
『死んだんじゃない?』
アジールは淡々と、恐ろしい推測を口にする。
『いや、それはない。本人の精神だけは、こっちで把握している。その王が危機を察して表に出てきたんだ。お前の魔力を纏ってな』
俺は数日前、ヴィニーの体を借りて王が話しかけてきた時の様子を伝えた。
『でも、ここには居ないわよ』
アジールに嘘をついている様子はない。
『……まあいい。見たいものがある。そのためにテオを連れてきたんだ』
俺はちらりとテオの方へ視線をやった。
『あの子……マテリアの加護持ち? ……あー、それなら、ちょぉ~っと謝らないといけないことが』
何かに気づいたのか、アジールが急にバツの悪そうな顔をして指先をいじりだす。
『なんだ? 今、重要なことか?』
『何百年も前の話よ……。ほら、もっと前にあんたが「失くすなよ」って、やばい物を持ってきたじゃない? ……あれ、失くしちゃった』
テヘッ、と悪気のない笑顔を向けてくるアジール。
『……それ、まさか神器のことじゃないだろうな? 俺はそれを見に来たんだぞ』
俺の体から、抑えきれない殺気が漏れ出す。
『探そうと思ったんだけどぉ、あんたも全然帰ってこないし、もう要らないのかなーって。そもそも、壊れてたし、大丈夫かなって思って……』
『馬鹿野郎!! お前が一番安心だと思って預けていたのに、なんだその体たらくは!!』
『ひゃああっ! ご、ごめんなさいぃい!!』
俺の怒号に飛び上がったアジールは、情けなくセレスティアの背中に隠れた。
「な、何よ!? ルーシュ、そんな殺気出して……やばいわよ、これ!」
セレスティアも、俺の尋常ではない様子に怯えている。
「……やばいな。今日は全部、上手くいかない」
俺はこめかみを押さえ、思考を巡らせる。
「……ちょっと! 一旦説明しなさいよ!」
セレスティアが我慢できずに状況説明を求めてきた。
――俺は、ロロたちが弾かれた異常事態、目的である『神器』の紛失。そして、それらが重なり合って、世界規模の災害が起きる予兆のように感じてならないことを、セレスティアたちに伝えた。
この不吉な予感が、予想を遥かに超える最悪の結果を招くとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。




