失われた神器・・・魔導の影
「……ルーシュ」
説明を終えた俺に、セレスティアがおずおずと話しかける。
「その……神器を失くした理由、アジールに心当たりはないの?」
俺は、お茶の準備をしているアジールを問い詰める。
『あるわけないでしょ! ここは私の聖域よ? 泥棒なんて入り込めるはずがないわ!』
背後に隠れていたアジールが、顔だけ出して必死に抗議する。
『なら、誰かが持ち出したということだ。……アジール、ここを出入りできるのは誰だ?』
『大精霊なら、みんなできるわよ。ここは私が作ったけれど、私専用というわけではないもの。……そういえば、エレちゃん【虚無】なんか「静かでいいわね」ってたまに寝てるし、プルちゃん【煉獄】も「ここはパンが冷めなくていいわ」なんて言って、掃除もしないで散らかしながらダラダラしてるし……』
事も無げに言うアジールの言葉に、俺は眩暈を覚えた。
『犯人がいるとすれば、大精霊の中……か?』
俺は最悪の想像を口にする。大精霊が神器を人間界へ持ち出す理由。それは、世界の均衡を根底から揺るがす禁忌だ。
「……テオ。何か分かるか? マテリアルの加護を持つお前なら、何らかの気配を感じ取れるかもしれない」
俺は、静かに茶を飲んでいた少年に目をやる。
「……ううん。でも、ここの魔力……どこかで感じたことがあるような気がする」
テオはカップを置き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「……神器の魔力、思い出せるか?」
「……ダメ、わかんない。何かヒントがあれば……」
俺はアジールに、神器の魔力を再現できるか聞いてみる。
『え、ええ……。形も魔力も、真似くらいならできるわよ。……こんな感じの』
アジールが空間をなぞると、そこに白銀の光で形作られた虚像が現れた。
それは、複雑な術式がびっしりと刻まれた、禍々しくも美しい「壺」だった。
「…………あ」
その虚像を見た瞬間、テオの瞳が大きく見開かれた。
「どうしたの? テオ」
セレスティアが心配そうに覗き込む。
「……これ、お祖父ちゃんが持ってたやつだ。様子がおかしくなった頃から、ずっと部屋にあった気がする……」
「…………なんだと?」
テオの祖父、ガゼル。ピューターで神器の研究をしていた偏屈な男。今は【魔導の王冠】に誘われ、マティアスと共にいるはずだ。
「……テオ。お前のお祖父ちゃんは、それをどこで手に入れた?」
「……それは、わからない」
テオは力なく首を振った。
テオの言葉が、俺の中でバラバラだったパズルのピースを激しくはめ込んでいく。
(テオとガゼル、そして神器……。偶然の出来事などではない。まさか、最初からマティアスが仕組んでいたのか? だが、神器の出どころが不明だ。なぜ奴がそれを持っている?)
「……ルーシュ? どういうこと?」
セレスティアが、震える声で尋ねる。
「……数百年前に紛失した神器は、大精霊の手によって、マティアスの元へ持ち出されたんだ。そんな長い年月を保管し続けられる奴は、あいつしかいない。……テオがいたとしても、ガゼルの神器に対するあの異常な執着心は、不自然だったんだ」
俺は静かに立ち上がった。
「……ガゼルを使い、テオの失敗作を材料にして、この『壊れた神器』を直させていたのか? その過程で神器に魅入られたガゼルが暴走し……その狂気に目をつけたマティアスが奴を勧誘した。……そう考えれば、すべて辻褄が合う」
転生して一年。俺は自分の力の回復ばかりを考えていた。だが、マティアスは1500年という時間を使い、着実に「何か」を計画していたんだ。
「何がしたい、マティアス……。クソっ、戻るぞ、セレスティア!」
俺は白銀の大地を踏み締め、一刻も早く戻るべく背を向けた。
『ちょっとぉ! 勝手に来て勝手に帰っていくぅ!!』
一人取り残されたアジールは、嵐のように去っていく俺たちの後ろ姿を、ただ見送るしかなかった。




