灼熱の侵食・・・誇りを喰らう森
――朝。
ドワーフの山脈から二週間ほど進んだ先、そこにはリザードマンの国が隠れる深い森がある。
木々が異常なほど生い茂り、一歩踏み込むことすら躊躇わせるその場所は、彼らにとって最高の要塞だった。
強靭な鱗は鋭い枝葉を撥ね退け、強靭な四肢は足場のない湿地を縦横無尽に駆ける。
だが、今のその森は、彼らの誇りを焼き尽くす「熱」に支配されていた。
「……酒の匂いじゃねぇ。これは血の匂いだぞ」
深い森の入口。案内役のバルカスが、二日酔いの鼻を動かして低く呻いた。
その目はもはや酔っ払いのものではない。森の奥を見据える、研ぎ尖らされた戦士の目だ。
「……おかしいな。この地の魔力が不安定だ」
エルフィが弓を握りしめ、眉をひそめる。エルフの鋭い感覚が、森の奥で渦巻く異質な魔力を捉えていた。
「……行くぞ。手遅れになる前にな」
俺は短く告げ、森の中へ足を踏み入れる。
ドワーフの里の「静寂」とは違う、ここは戦場の「静寂」だ。
森のリザードの集落。そこは、無残な戦場と化していた。
「……誇り高きリザードか・・・、ここまで弱いとはな」
中位魔族の男が、嘲笑を浮かべる。
その周囲には、数百ものゴブリンやオーク、そして炎の魔力を帯びた《灰被りの魔樹》が、リザードの集落を包囲していた。
「……黙れ、魔族め。我らの森を、これ以上汚させるかッ!」
集落の中央。ボロボロになりながらも、巨大な爪を振るい、群がる魔物を薙ぎ払っているリザードがいた。
その肉体は、魔力を直接筋肉に流し込む《肉体強化》によって、鋼のように硬く、強靭な力を発揮している。だが、圧倒的な物量の前と炎系の魔物には、その誇りも風前の灯火だった。
「……死ね、リザード共ッ!」
魔族の手が掲げられ、広域殲滅魔法の術式が展開される。
リザードが、絶望に目を細めた、その時。
「――《領域防御》、展開」
俺の声と共に、集落を覆う半透明の多面体バリアが出現した。
魔族の放った魔法は、バリアに接触した瞬間、ガラスが砕けるような音を立てて霧散する。
「……何ッ!?」
魔族が驚愕に目を見開く。その隙に、森の影から巨大な影が躍り出た。
「二日酔いの頭に響くんだよ、その汚ねぇ叫び声がッ!」
バルカスだ。顔色は最悪だが、振り下ろされた槌は地を砕く。
「《剛力》――ッ!」
衝撃波が地面を駆け抜け、数十のゴブリンが肉片となって四散した。ドワーフ王子の圧倒的な武が、包囲網に穴を開ける。
「二日酔いでよくそんな動けるわね…普通に引くんだけど」
セレスティアがバルカスの動きを見て驚愕する。
「エルフィ、セレスティア。後方は任せる」
「了解!」
エルフィが時空魔法で魔族の時間を引き延ばし、その動きを縛る。
セレスティアは氷の刃を振るい、後方から迫る群れを瞬く間に彫像へと変えていく。
魔族はリザードマンの皮膚呼吸の弱点である「熱」を執拗に突き、戦場を焦がし続けていた。
「もっとだもっと来い!!」
その原因の魔物を次々と叩くバルカス。
「リザードの弱点を狙った布陣、せこいやつらね」
「その分、我々には倒しやすい」
セレスティアの愚痴をエルフィが弓で射抜き、俺はザルガの元へ辿り着いた。
「リザードの戦士、まだ戦えるか?」
俺は手を差し伸べる。
「ああ、誰か知らないが助かった。……魔族だけなら俺達でもッ!」
ザルガと名乗った戦士の言葉通り、俺たちが《灰被りの魔樹》を優先的に潰すと、リザードマンたちは息を吹き返した。形勢は一気に逆転する。
「……おのれ、人間風情がッ!」
追い詰められた魔族が、魔物たちを核にした自爆魔法の術式を展開した。
森を灰に変えるほどの膨大な魔力が、中央で渦巻く。
「……ルーシュ様ッ!」
セレスティアたちが悲鳴を上げたが、俺は静かに、刀身のない刀を構えた。
「――まかせろ。【ツクヨミ】」
『ルーシュ様、また久々じゃないですか!』
不機嫌そうな少女の声。夜と月【概念】の大精霊、ツクヨミ。
『用事がないのに呼べるかよ。状況はわかるか?』
『はいはい、そうやって私をこき使うのですね。全く愛のない方です』
不平を漏らしながらも、ツクヨミの冷たい魔力が俺に憑依する。
目に見えぬ理、魔法の核。すべてが「視える」。
『後で話そう』
俺は指を弾く。
「《無域》――セロ」
パチンッ、と乾いた音が響く。
俺が抜刀のフリをすると同時に、魔族の自爆術式を感知しすべて切り刻んでいく。
「……バカな……魔法を……消し去るだと……?」
絶望に固まった魔族の隙を突き、ザルガの鋭い爪がその胸を深く貫いた。
主を失った術式は霧散し、森を焼き尽くそうとしていた熱気が一気に引いていく。
「……お主たちは、一体……」
ザルガが荒い息を吐きながら、震える声で俺を見上げた。
その目には、敵意ではなく、圧倒的な「強さ」に対する純粋な畏敬の念が宿っている。
「俺はルーシュ。賢者だ。……急で悪いが、王と話がしたい」
――燃え盛る集落、この先の国は機能しているのか不安がよぎった。




