幻の酒・・・狂宴の始まり
「なぁにが危険よ!!」
セレスティアの怒鳴り声が、大広間に響いた。
「おい! 賢者、もっと飲め!!」
岩塊のような体躯をしたドワーフの王が、並々と注がれた大杯を掲げて豪快に吠える。
「……今はダメだって言ってるじゃないですか。まだ17歳ですよ、俺」
俺は苦笑いしながら、顔を赤くした王の杯を緩やかに押し戻す。
「何を言うか! せっかくの至宝だぞ! 全員で楽しまねば失礼というものだ! おいエルフども、お前さんらも飲め! 100歳は超えておるだろうが!」
「いえ、我々の法では飲酒は150歳からと定義されており――」
エルフィが柳のように受け流そうとするが、王の勢いは止まらない。
「堅苦しいことを抜かすな! ここは我がドワーフの国だ! 我が法では15から飲んで良いことになっておる!」
ガハハ、と腹の底から響く笑い声。
「飲める量が増えたと思って、じゃんじゃん頂いてください。俺たちは料理を楽しませていただきますから」
俺はさりげなく、ドワーフたちへ酒を押しつける。
「ぬかせ! 賢者を捕まえてこい!!」
酔った王の目は据わっており、もはや手が付けられない。
「……やばっ、逃げるぞ」
俺はセレスティアの手を強引に引き、走り出した。
「危険とは……こういうことか……」
背後でエルフィが悟ったように呟き、共に駆け出す。
「酔っ払いの対処は全員でやらないと潰れる。だから先にエルフを巻き込もうとしたんだよ」
怒号に近い歓声から逃れ、物陰に身を潜める。
「迷惑な男ね、あんた……」
セレスティアは呆れたように、大きく溜息をついた。
――遡ること、わずか二時間前。
ドワーフもまた、1500年前からの腐れ縁だ。
だが流れた月日はあまりに長い。当時の知り合いなどいない。
それでも、エルフの王家を伴っていたことで、王宮への案内は驚くほど円滑だった。
玉座に鎮座する王は、研ぎ澄まされた斧のような眼光でこちらを射抜く。
伝説を疑い、目の前の若造を値踏みする冷徹な視線。
「何もなく信じてくれとは言いません。これは手土産です」
俺が差し出したのは、かつて魔王討伐の折に振る舞った酒。
戦友たちと分かち合った、あの味だ。
「……酒ごときで、我が一族が首を縦に振るとでも?」
王の声は低く、重い。
「――『鉄槌の喪失』」
その名を告げた瞬間――空気が止まった。
ドワーフのためだけに作った、魔性の酒。
至高のあまり、仕事すら手につかなくなる。
職人への最大の賛辞であり、同時に呪いでもある一品。
王の目が、見開かれる。
「……それは、まことか?」
「ご存知ですか?」
「なぜお主がそれを知っている。それは我が国の失われた【国宝】の名だぞ」
「賢者だと言ったはずです」
一瞬の静寂。
そして――
「宴の準備じゃああああ!!!!」
王宮の空気が、爆発したかのようにひっくり返った。
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ドワーフの間で、それは“幻の酒”として語り継がれている。
1500年、誰も再現できなかった絶滅した味。
全ドワーフが魂を売り渡すと称賛し、王が国宝とまで呼んだ伝説。
本来は魔王討伐の際、俺が振る舞っていたもの。
だが賢者が現れなかった時代――
ある王は、この味を求めて人間の国へ軍を進めようとしたほどだった。
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「間違いなく賢者だな、お主……!」
気づけば捕まり、丸太のような腕で肩を組まれていた。
「言い伝え以上だ! これを飲める我らは、歴史上もっとも幸せなドワーフに違いない!」
「……申し訳ありません。200年ごとに振る舞うと誓った酒を、俺の手違いで1500年も待たせてしまいました」
「むしろ感謝だ! 1500年経っていたからこそ、俺が飲めたのだと思えば安いものよ!」
王は豪快に笑い、俺の背中を叩いた。
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「急で申し訳ないですが、話があるんです」
「仕事の話は抜きじゃ! 明日、もう一度来い――バルカス!」
「はい、父上」
現れたのは、ひと目で“強者”と分かる若者だった。
岩山のような体躯、黒く焼けた肌、均整の取れた強靭な肉体。
「客人だ。部屋に案内して差し上げろ」
「承知しました。……こちらへ、賢者様」
「賢者様! 最高の酒をありがとうございます! ……後でこっそり分けてくれませんか!?」
通路で声を潜める王子に、思わず笑いそうになる。
「明日の話次第、かな」
「任せてください! いい返事が出るように裏で動きますよ!」
やっぱり、根っこはドワーフだ。
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「……明日の交渉、うまくいきそうですか?」
眠りにつく前、エルフィが静かに問う。
「わからん。ドワーフの気質は知っている。……1500年前の、な」
俺はわずかに視線を落とす。
「気になるのは、王族の血統が変わっていることだ」
1500年前、共に戦った王の一族は失脚していた。
今の王家は、人間への侵攻を止めた功績で台頭した血筋。
「彼らにとっては、王になれた理由でもありますね」
エルフィは静かに目を閉じた。
「いい返事を、期待できそうですね」
――だが。
明日の話し合いは、この期待を――
**無惨なほどに裏切ることになる。**




