エピローグ
そこは白い世界だった。
ただ、眩しいということはなく、雲の中にいるような柔らかい明るさに包まれている。
シルは、その白い世界の中をリズと歩いていた。
周囲はただ白があるばかりで、方角が分かるものも目印になるものもないが、その歩みは迷う事がない。
やがて、その白の中から人影が浮かび上がる。
若い女性とそこそこ歳のいった壮年の女性の2人だ。
「志帆! 佳奈!」
シルがやや大きめの声で、2人の女性に声をかける。
女性達は、シルの姿を見ると信じられないという表情になる。
「・・・あなたなの?」
「お父さん!」
若い方の女性が駆け出し、シルの胸に飛び込む。
壮年の女性は、ゆっくりと歩んでくる。
目の前にいる人物が、本当に自分の夫だった人なのか、確認をするように。
「無事だったの?」
そっと問い掛ける志帆に、シルは答えに窮する。
「いや、そっちでは死んでる・・・んだよな?」
その問いかけに、腕の中にいる自分の娘、佳奈がうんうんと頷いている。
「死んだからな、別の世界の神様に拾ってもらって、竜として第二の人生・・・竜生?を送ることになったんだ。」
さすがに想定外の答えに、2人はポカンとする。
「まあ、信じられないよな。でも、俺も若くなってるし髪の色も違うだろう?」
銀次の生前は、当然黒髪だったし、見た目もちょっと肉の付き始めた40代のおじさんだった。
そっと抱き着いている佳奈を剥がして距離を取る。
「それに、ほら。ちゃんと竜だぞ?」
そう言うと、人化を解除し巨大な竜の姿になる。
『ほら、驚いたろ?』
「お父さん、さすがに驚くって言うか引くよ、それは。」
佳奈は本当に半身を引いている。
『そういうなよ、これが今のお父さんの本当の姿なんだからさ。乗ってみるか?』
「え、乗れるの?」
さっきまで引いていたのに、佳奈は既に乗る気満々のようだ。
志帆はそれを見て仕方ないわねえ、といった表情だ。
志帆と佳奈の体が光に包まれると、ふわっと浮いてシルの背に降り立つ。
『跨って捕まっていろ。』
そう言うと、シルは翼を広げ飛翔をしだす。
リズも翼を広げてついてくる。
すぐに白い光を抜けた先は、東京の上空だった。
「うわー、すごいね。これ本当に飛んでるの?」
『残念だが、これは夢なんだ。飛べるのは本当なんだけどな。』
「うーん、折角だから本当に飛んでみたかったな。」
佳奈は気付いていないが、志帆は夢だから会えたのだという事に気付き、少し気落ちする。
シルはそのまま自宅のあった方に飛んで行き、自宅の前に着地すると人化する。
志帆と佳奈は、家のドアの前に並ぶと、声を揃えた。
「お帰りなさい。」
シルの目からは、涙が溢れていた。
◇ ◇ ◇
知立家のリビングで、4人はお茶を飲んでいる。
創造神アスシアルフこと、アスカの家で飲んだものとほぼ同じ味のする紅茶に、リズは納得しているようだ。
そこからは、お互いの状況の報告だった。
銀次に先立たれた志帆と佳奈だったが、保険金がすぐに降りたこと、住宅ローンの残債も保険でなくなったこと、それと意外だが会社が労災認定をして退職金が割り増しとなり、慰謝料も出た事から、生活に不自由はなかったようだ。
当時大学4年だった佳奈だが、無事に卒業して就職し、つい先日は彼氏も家に連れてきたとのことだ。
思わずカチコミに行こうとするシルは、夢だから会えないよと佳奈に笑われて、大人しくしている。
志帆も変わらず仕事を続けており、生活はシルが心配することはなかったようだった。
もちろん、銀次が急死した直後は、2人ともひどく落ち込んだし、葬式の手配やら銀次の勤務先との間の慰謝料の相談や、保険金の支払い手続きやらで大変だったのだが、そんなことはシルに伝えない。
悲しむ事が分かっているし、既に過去の事なので伝える必要がない。
そう2人は分かっているのだった。
シルの状況を報告する前に、リズを紹介した。
生前の妻に今の妻を紹介する、普通ならあり得ないシチュエーションにシルの心臓はかなりの負担がかかったが、志帆の態度はあっさりとしたものだった。
既に死んで、新たな人生を歩んでいるのに、前世の妻の事を気にするな、と気丈に言ってのけ、リズとも打ち解けていたのだ。
佳奈は、こんな綺麗な人なら仕方ないね、とか、お父さんには勿体ない、とか、散々な言いようであったが。
銀次がシルヴェストルという名で竜になっていただけでも驚いたのに、リズと一緒に神様になっていると聞かされた時には更に魂消ることになった。
しかし、佳奈はすぐに復活し、こっちで金持ちにしろ、自分にも魔法を使わせろ、とまた我儘を言い出した。
もちろん、銀次も志帆も、本気ではなく冗談だと分かっているので笑っている。
そんな3人を見るリズも、嬉しそうだった。
「そろそろ時間だな。悪いけど、またこうして時間が取れるかどうかは分からない。」
「今日、こうやって話ができただけでも、十分に奇跡ですよ。」
「でも、さすがにこれは誰にも自慢できないよね・・・頭が可哀そうな子に見られちゃう。」
「なんだ、佳奈は自覚がなかったのか?」
「お父さんよりはマシだと思ってたからね?」
「そうかそうか。」
シルと佳奈は笑っているが、目には少し涙が浮かんでいる。
志帆がリズに対して、すっと何かを差し出した。
「これは?」
「銀次がずっと使っていた懐中時計です。ここが夢ならば、持って帰る事は出来ないかも知れませんが、リズさんにこれを託したくて。」
「志帆さん・・・ありがとうございます。」
リズの目にも涙が浮かぶが、それを止めるように志帆がリズを抱きしめる。
リズは、自分の頭に付けていた髪留めを取り、それを志帆に渡す。
「私からはこれくらいしかお返しできませんが。シルに作ってもらったものです。」
「それなら大切なものなんじゃ。」
「また作ってもらうから大丈夫です。」
リズが涙目でにっこり微笑むと、志帆も微笑みで返した。
「この人は、自分のことはすぐ怠けるので注意してくださいね。」
「はい。」
そんなに怠けてはいないはず、と思いたいが、志帆も佳奈も不在だと自分のごはんなどはコンビニで済ましたりと適当だった。
しかし、シルとしては世の中のお父さんなてそんなものだろうと思っている。
「浮気をする甲斐性なんてないと思いますけど、注意してくださいね。」
「はい。」
した事ないし、するつもりもないよ。
神なったし、そんなこと益々できないだろう。
「すぐ調子にのって、無茶するので抑えてくださいね。自重という事を知らないので。」
「それは・・・無理ですね。」
2人揃ってその認識はおかしい。
ちゃんと色々自重しているはずである。
「お酒も飲みすぎることがあるので、ほどほどで止めるようにしてくださいね。」
「こちらでは酔わない体質になったようなので、大丈夫だと思います。」
そう、酒飲んでも酔わなくなったんだよね。
竜だから仕方ないのかな。
「それでは、リズさん頑張ってね。」
「志帆さんもお元気で。佳奈さんも結婚するからと油断しないでくださいね。」
「うん、大丈夫。ちゃんと尻に敷いてるから!」
それは断言していいのだろうか。
「ちゃんと旦那と仲良くするんだぞ。」
「五月蝿いなー、大丈夫だってばー。」
リズだと素直に聞くのに、自分だと五月蝿い扱い・・・解せぬ。
これが肉親というものだろうが。
「志帆も、元気で。もう厳しいかも知れないが、機会があれば自分の幸せを考えてくれ。」
「さすがにもうこの歳じゃ無理よ。あなたも元気でね。リズさんを大事にするのよ。」
「ああ、それは大丈夫だ。」
視界が滲んでいく。
涙のせいかと思ったが、本当に時間切れのようだ。
やがて視界が暗転し、再度明るくなると、アスカの家のソファだった。
「ありがとう。ちゃんと挨拶してこれたよ。」
「私もちゃんと挨拶できましたし、これも頂けましたし。」
リズの手には、あの懐中時計が握られていた。
使い古されて、裏には少し傷も入っているが、それは愛用してきた証拠だ。
「銀次さんは、無理にこっちに呼んじゃったしね。」
アスカに、魔人討伐が終わったご褒美として、日本にいる家族と合わせてもらったのだ。
もちろん、直接会うことはできないので、夢の中で。
夢の中だったはずなのに、懐中時計はこちらにあり、リズの髪留めはなくなっている。
それくらは、アスカも「お目こぼし」をしてくれたのかも知れない。
「向こうとは時の流れも違うし、そんなに簡単に繋げないのでまた会えると断言できなくてごめんね。」
「これだけでも十分に嬉しいさ。感謝している。」
「さて、家を建てる場所を探さないとな。」
シルは、既に前を向いていた。
◇ ◇ ◇
リズが渡した髪飾りは、状態異常無効の効果と、腕力などの各能力が少しだけ上がる効果があるものだった。
結局、佳奈が使うことになったのだが、髪留めの腕力増と知力増のおかげで、旦那がますます勝てなくなったとか、ならないとか・・・。
本編としてはこれで終わりです。
ここからは、思い付いた後日談を書いていく予定です。




