新しい体制
翌朝、両陣営からの代表が出てくるはずだったが、帝国側からは皇帝ジークムントの姿はなく、名も知らぬ将軍が出ていた。
王国からは、名代であるフェリシーユと護衛のレオナルトである。
「ジークムント殿はどうしたのだ? 先に帝都に戻ったのか?」
今日は人化しているシルだが、ちゃんと人化するところを見せているので、帝国将軍からも竜神だと認識されているので、問題ない。
「皇帝陛下および皇太子殿下は、昨日の魔神からの無差別攻撃により負傷され、今朝未明に崩御されました。」
帝国将軍は、皇帝に忠誠を誓っていたのか、悔しさに顔を歪め、涙すら薄っすらと浮かべている。
「それは・・・お悔み申し上げる。また、魔神の攻撃を防ぎきることができず、申し訳なかった。」
シルは純粋に申し訳なさから、頭を下げる。
「いえ、竜神様と精霊神様は魔神のあの凄まじい攻撃から多数の兵を守って頂きました。我々帝国兵も感謝しております。このような一言で片づけてしまうのは真に不本意ですが、陛下は運が悪かったとしか。」
「色々と相容れないところはあったが、立派な為政者であったことは確かだ。」
「竜神様からそのようなお言葉を賜ったこと、帝国臣として誉に思います。」
そんな事言えるほど話してないので、社交辞令だけどね。
将軍もその辺りはちゃんとわかった上で答えてるだろうし。
「すまないが、本題に入らせていただく。両陣営とも今回の戦争をどう終わらせるつもりか。」
「王国としては、攻められたが故の応戦ですので、帝国が退いてくれるのであれば、当然こちらも退きます。」
フェリシーユが答えていることは至極当たり前のことで、別に帝国を滅ぼしたい訳でもない。
「皇帝の意思を継ぎ、最後まで戦う、と言いたいところだが、まずは陛下をきちんとお送りしたい。ムシの良い話で申し訳ないが、此度は一度退き、後継等整理の上でもう一度話す機会を設けたい。」
将軍は武人である前に、皇帝の信奉者であったようだ。
それとも、軍幹部の中でも帰投したいものが多いのだろうか。
「双方退きたいのであれば、問題なかろう。再協議は・・・一月あれば帝国はまとめられるだろうか?」
「それくらいあれば、葬儀も戴冠も終わっているかと。」
「では、32日後に皇都に集まるようにしようか。帝国兵は俺が皇都まで送る。転移準備をするので帰投準備を進めておいてくれ。」
「ありがたく。では、準備に取り掛かります。」
将軍は一礼して護衛と共に自陣へ戻っていく。
「王国の方は、リズとレオナルトにお願いしていいかな。ちょっと皇都まで急ぎ飛んでくるから。」
「分かりましたわ。お任せください。」
リズは微笑むと、フェリシーユとレオナルトを連れて戻っていった。
「ミュルグレスは戻るか?」
「そうじゃの、終わったし戻る事にするのじゃ。もう少し妾は暴れたかったのじゃ。」
その愚痴は昨日も言ってなかったかな。
「迷宮にでもいけばいいんじゃ。」
「あそこはつまらんのじゃ。」
ブツブツと文句を言いながらミュルグレスが転移で帰っていくので、シルも竜に戻り南方へ飛び立つ。
すぐ国境なので、半刻から一刻も飛べば皇都に着くだろう。
転移は便利だが、一度行った場所にしか転移できないのが玉に瑕だ。
一刻かからないくらいで皇都に辿り着き、転移予定の場所の目星を付けると、会戦場所に転移で戻る。
早すぎて帝国の帰投準備はまだ終わっていないようだったので、結局半刻ほど待つ。
準備ができたと昨日の将軍が挨拶にきたので、そのままシルも陣中に赴く。
『物資や遺体等、持ち帰るべきものはすべて準備できたな。』
「はい、問題ありません。」
『では行くぞ。慣れぬと酔うかも知れぬが耐えよ。』
言うと、残り17,000ほどの兵と物資がまとめて皇都の前から少しはずれた場所に転移する。
王国へ出兵したはずの兵が、突如皇都前に現れたので兵が慌てているが、皇帝崩御の報が入りさらに混迷を増す事になる。
シルにはできることがないので、そっと王都に転移で戻ることにする。
◇ ◇ ◇
シルが王城を訪れると、そこは祝勝会の会場だった。
今日戦争が終わって、兵が戻ってきたばかりなのになんとも準備が良すぎる。
レオナルトが、フェリシーユとアンナマリアだけでなくレオニーナにも囲まれて困っているが、放っておくことにする。
『ハーレムか、羨ましい限りだな。がんばれよ?』
助けてくれと目で訴えているレオナルトにだけ聞こえる念話を送って、ランベール王の所に向かう。
「今日終わったばかりなのに、準備がいいんだな。」
「いや、時間がないのであり合わせのものだけだ。正式なものは一月後にできるといいんだがな。」
「帝国の後継者はどうなるのかな。」
今回の戦争がどう片付くのか。
それは帝国側の後継者次第である。
「あまり情報がなくてな。帝国も情報をうまく隠していて、儂も皇太子以外に誰がいるのか知らんのだ。」
後継者をどうするかの内紛を防ぐためなのだろうか。
しかし、その策のデメリットが今回は直撃している感じだろうか。
王国の斥候が掴んでいないということは、帝国貴族も事情を知らないものがほとんどなのだろう。
「条件付きでもいいので、不可侵条約が締結できれば、というところかな。」
「通商条約までいけると嬉しいのですが、そこまでは難しいでしょうかね。」
クロード王太子としては、やはり和平を結んで貿易を盛んにしていきたいようだ。
「次の皇帝を奴隷制度に対してどう思っているかだな。帝国内の諸侯の思いもあるだろうし。」
今回王国は、獣人領、魔族領のそれぞれと共闘した形となっていて、いづれ正式な国交を改めて開始するだろう。
そうなると、奴隷制度の被害が積み重なっている獣人領、魔族領はなかなか帝国と平和的な付き合いをするのは難しいだろう。
「そう言えば、シルヴェストル殿に伺いたいことがあるのですが。」
「答えられる範囲であればなんでも?」
クロード王太子が聞きたい事など、想像が付かないな。
「これは父でもある陛下に前から話していた事なのですが、私は自分で王としての才はないと自覚しています。」
「今はそうだとしても、立場が人を作る、というのもあるが。」
自分も管理職なんて無理だと思っていたし、やりたくないと思っていたが、いざ課長にさせられてしまえば、何とかなったものだ。
「それは陛下にも言われたのですが、風格とか王威とかそういったものがないのと、私自身が上に立つよりも、それを支えている役目の方が好きなのです。」
そういうタイプの人間も確かにいる。
自分自身が力を発揮するより、自分のサポートによって他者が成果をあげることの方が嬉しいのだ。
虎の威を借りる狐、つまり他者の成果に便乗して楽をしたい者との見分けが難しいが、その辺りは為人を見るしかないのかも知れない。
獣人領のセバスティアンも、こういう宰相タイプの人間なんだろうな。
「個人的には、やりたい事ができるのがいいと思うが、王太子がそれでは国が成り立たないぞ。」
「はい、ですのでいっその事彼らに託せないか、と。彼らにはたくさんの可能性があると思っているのです。」
その視線の先には、お上品な男の奪い合い、つまりレオナルトと彼の争奪戦をしている3人の女性がいる。
「こう言ったらランベール王には怒られるかもだが、楽しそうだな。」
「儂もそう思っているんだ。だが、フェリに苦労をかけそうでな。」
王であるとともに父でもあるランベールの思いはそこにあるらしい。
「貴族達は大丈夫なのか?」
「帝国は分かりませんが、この王国ではそんな気概を持ったものは居りません。」
クロードがきっぱりと言い切るので、そうなのだろう。
「国を支える貴族達がそれでいいのか、それはそれで心配になるな。」
「彼らなら、そんな貴族も引っ張っていく力があるのでは、そう思うのです。」
「俺は人の世の統治に口を出すつもりはない。人間を含めて世界を乱すことがないのであれば、別に構わないと思う。個人的には楽しみにしているよ。」
そう言い残すと、王と王太子のもとを離れ、リズを探して歩く。
リズはテラスで1人、果実酒を口にしながら佇んでいた。
「リズ、お疲れ様。」
「シルもお疲れ様。やっと落ち着けますわ。」
「まだ色々と残っているが、基本的には任せておけばいいだろうしな。」
「シルはこれからどうするつもりです?」
とりあえず、この世界に呼ばれた理由、堕ちた魔神の討伐は完了した。
要件を満たすことができたので、プロジェクトは終了なのだ。
「とりあえずは、家を作る場所を探さないとだな。」
「そうですわね。いい場所があるといいのですけど。」
「いざとなったら、アスカに作ってもらうか。島くらい作れるだろ。」
「シルもできるのでは?」
確かにできないことはないか。
「それもいいかもな。家ができたら・・・その、こどもが欲しいな、と。」
その一言にリズは相好を崩す。
返事はなく、ただそっと寄り添ってくる。
祝勝会の会場から少し離れていて喧噪も届かないテラスにいる2人を、月は静かに照らしていた。




