隠し部屋の転移陣
転移した先は、王都から出発した時と同じ兵の訓練場だった。
ブリュナールが訓練場の番をしていた兵と話をすると、すぐ王との謁見となった。
他の騎士や魔法使い達はいったん解散となり、装備の片づけや整備をした後は休暇となるはずである。
ただ、帝国との戦火が迫っている以上、休暇は短いもの、最悪の場合は無しとなる可能性もあるだろう。
謁見の間まで移動するかと思ったが、シルとミュルグレスと2体も竜が揃っているため、王たちが訓練場まで来ると言い出した。
さすがに、訓練場で兵たちの前で、聖女として名高いフェリシーユ王女に拳骨が落ちるのを晒すのはまずかろう、という事で人化して応接室に行くこととなった。
上位竜・竜神となってから初めての人化だが、シルの見た目は白髪から銀髪に変わったくらいだろうか。
体も少し逞しくなっている感じだが、筋骨隆々という訳ではなく、やや細身で引き締まった感じになっている。
日本にいた頃は、激務からくる運動不足とアルコール摂取により、腹も弛んでいたのだが。
上背も、特筆するほど高くはない。
平民の中だと少し高いくらいだが、頑丈な騎士達に囲まれると埋もれてしまうほどだ。
エルフの種族特性なのか、少し身長が高めのリズと並ぶと、身長差はそれほどなく10cm程度だろうか。
この世界では、ヒールで上げるという概念がないお陰で問題ないが、もしヒールが高い靴を履いたら身長差無しに見えていただろう。
応接室に通され、ブリュナール以外の5人は椅子に腰掛けて王を待つ。
やがて、ランベール王とクロード王太子が慌ただしく応接室にやってきた。
「お待たせしてすまない。」
「戦時下だ、気にしなくて良い。紹介しておこう。幽闇竜ダインスレイフの討伐に協力してくれた、水の竜王、溢水竜ミュルグレスだ。」
「ミュルグレスなのじゃ。」
「おお、光の竜王だけでなく水の竜王まで。お初にお目にかかる。ランベールだ。」
「ああ、そうだ。俺は既に光の竜王ではないのでは。創造神より竜神の任を賜った。エリザベトは同じく精霊神だ。」
「おお、シルヴェストル殿とエリザベト殿は昇神したのか。」
「だからと言って、別に畏まる必要はありませんわよ。」
「お気遣いありがたい。して、皆揃って戻ったということは、魔族領の方は片が付いたと。」
「イザイアは討たれ、レオナルトが王位に就く事になっている。」
「それは重畳。では、うちの娘も?」
「レオナルト、ここは義父に挨拶しておいた方がよいのでは?」
緊張でカチンコチンに固まっているレオが、矢庭に立ち上がる。
「魔族領で王となる事になったレオナルトです。若輩者ではありますが、愛するフェリシーユ王女と手を取り合い、ともに国を作り上げていきたいと思い、ランベール王にはフェリシーユ王女との結婚をお許し頂きたく。」
ガバッと頭を下げて、お願いするレオナルト。
フェリシーユも立ち上がり、合わせて頭を下げる。
「お父様、お願いします。レオナルトとの結婚の許可を。」
ランベール王は、満足気に目を細めると、2人を座らせる。
「レオナルトとの事は聞いておったが、身分が平民のままでは厳しい所だった。しかし、魔族領の王ともなれば、政略結婚としてもこの上ない上策となる。五月蝿い貴族どもも、これには文句も言えまいて。」
「で、では。」
「うむ、フェリシーユを頼むぞ、レオナルト殿。正直なところ、来る縁談にまともなものがなくて、頭を悩ませておったんじゃ。」
「妹は、何をしでかすか分からないところはあるが、王族としての教育は一通り受けている。レオナルト殿に多少の助力にはなりましょう。」
父親と兄から、2人の結婚は認められたようだ。
「お父様、魔族領の先代の王の娘が、レオの第二妃の座を狙っているのですが、どうにかなりませんか?」
「それはどうしようもあるまい。レオナルト殿次第だが、王族や上位貴族になれば、世継ぎのために第二妃や第三妃を娶れと言われるのは常だ。儂は早くにクロードとお前を授かったので、妻を娶っただけでも然程は言われなかったが、レオナルト殿の場合は、周囲の貴族をうまく使うためにも必要かも知れん。」
「むー、そうなのですか。仕方ないのですか。」
「正直、僕にはフェリともまだ結婚していないのに、第二妃とか実感がわかないのですが。」
「とりあえず、先延ばしにするしかないだろうな。」
「はい、戻ったらアンナマリアと相談します。」
「それより、帝国の方はどうなのじゃ? 妾の住まいも帝国にあるのじゃから、あまりひどいようなら妾も少し暴れてくるのじゃ。」
なぜかミュルグレスが憤慨している。
「落ち着け。あまり人の世に直接関わると、創造神から何か言われるかも知れんぞ。」
「そうなのじゃが、人の家の軒先に勝手にすんでおるくせに、生意気なのじゃ。」
「ランベール王よ、ミュルグレスの事は置いておいて、向こうはどう動いているんだ?」
「そろそろ国境を越えている頃だろう。国境からここはまだ距離があるが、途中の街が心配なのだ。帝国軍の奴らは略奪をするからな。」
「民衆がまた苦しめられるか。兵力は?」
「向こうが2万ときいている。徴兵はいないが、帝国内の諸侯の軍がほとんどで、皇帝直属軍は少ないと聞いている。」
「兵数だけでも魔族領軍の倍で、全て正規兵だとすると3倍から4倍くらいの兵力として考えないといけません。」
クロードが補足するが、かなり芳しくない兵力のようだ。
「お父様、いま出せる王国軍はどの程度ですか。」
「魔都に向かった軍はすぐには動かせぬ。魔都への備えが必要なくなったので、ほぼ全軍出せるが、1万とすこしといった所か。」
「魔族領も終戦したところで、出せる兵力としては僕くらいしか。」
「他に援軍として期待できそうな所はないのか? エルフの森や獣人領は?」
「エルフは厳しいでしょうね。他との余計な関係を嫌いますわ。」
「獣人領は、頼めばいけるかも知れんな。隣接する帝国のヘルツェル辺境伯領からの侵攻の恐れはないからな。」
「シルヴェストル殿、ヘルツェル辺境伯は野心家だと聞いているが?」
「ああ、一度通りかかった時にちょっとおいたをしたので、よーくじっくりと話し合いをしたのだ。辺境伯は、ちゃんと分かってくれたので、いい領になっているはずだ。」
シルの言葉にリズがやれやれといった態度をとっている。
それを見た周囲は、察したようだ。
「竜神よ、人の世に関与するなといって、自分ではしておるのじゃ?」
「関与した訳じゃないってば。向こうからイチャモン付けてきたから、仕方なくお話しをしただけだって。」
「むう、であれば妾が皇帝とお話しをして、向こうから何かしでかせばいいのじゃ?」
「それはまあ。でもミュルグレスが手を出されるまで大人しくしていると思えないけど。」
「無礼な奴であれば殺すのは当然なのじゃ!」
シルがこめかみを押さえてグリグリとしている。
ランベール達は、はは、と乾いた笑いを浮かべている。
「ミュルグレスが、先に手を出さないと約束してくれれば、一度試してみるのはアリだな、」
「うむ、それでいいのじゃ。」
「あと、獣人領とヘルツェル辺境伯領には少し顔を出してくる。期待はしないで、ランベール王は準備をしておいてくれ。レオナルトとフェリシーユが行き来できるように、こことテスカーラを繋ぐ転移陣を設置しようと思うが、いいか?」
「それぞれの私室の隠し部屋にならよいだろう。2人しか起動できぬようにしてもらえると助かる。」
「そうだな、レオナルトとフェリシーユだけが起動でき、数人程度しか運べぬものにしておこう。」
ランベール王との謁見はそれで終了となり、各自が戦争の準備に戻る。
ミュルグレスは、客間でのんびりとするようだが。
フェリシーユの私室に、レオナルトとリズを連れて転移陣を作成しにいく。
王族の私室には、隠し部屋というものがあるらしい。
広い部屋の奥の壁に、登録した人の魔力でしか開かない隠し扉があり、その中に隠し部屋がある。
と言っても、別に金銀財宝が隠されている訳でもなく、日記のような他人に見られたくないものや、貴重な書籍、あとは王族自身が持っているスキルを使って製作などをする工房扱いになっているそうだ。
フェリシーユの隠し部屋には、光魔法について記された本や、薬の作成に関する本や道具、素材が置かれていた。
聖女の名は伊達ではなく、【薬師】として回復薬や解毒薬などを作る事ができるのだそうだ。
「ここでいいかしら。」
「問題ないだろう。転移先の座標が確定していないので、仮でこの羊皮紙を引いておいてくれ。」
シルは指定された床に、50cm四方くらいの羊皮紙を広げておく。
「では、魔都テスカーラの城に行くか。」
4人で転移すると、テスカーラの城門前だった。
門番をしている衛兵に挨拶をして入っていき、途中でアンナマリアを見つけて王の私室に案内してもらう。
シルはジュリアーノ王が生きている間に訪問しているが、それは知らせない方がよいだろう。
「そう言えば、父が生きていた頃にですが、病で臥せっていたある時から、父の寝室に精霊が居ついていたのですが、精霊神様のお力でしょうか?」
どうやら、アンナマリアは精霊士の素養があるらしく、カーバンクルが見えていたらしい。
「それは光の精霊か。であれば、俺がジュリアーノにかかっていた呪いを防ぐために付けておいたものだ。」
「そうでしたか。精霊がいるようになってから、父は随分と調子がよくなり、ある程度は談話や執務もできるまで回復したのです。最期はとても安らかな顔でした。父に代わりお礼を言わせてください。」
「そうか、あれ以来顔を出せていなかったからな。静かに転生できたのであれば何よりだ。しかし、気付かれていたとは思わなかった。」
「私も精霊を見たのは初めてでしたから。それ以来、微精霊も見えるようになりましたけど。」
「そうか、落ち着いたら一度、大精霊達に合わせても良いかも知れんな。」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします。少しでもレオナルト様のお力になりたいと思いますので。」
アンナマリアの態度に、フェリシーユはムスッとしている。
肝心のレオナルトは、そのように忠誠心を向けられたことは初めてなのだろう。
どうしていいか分からずにいるようだ。
「まだこの国は安定しているとは言えない。転移陣を作っている間に、リズにカーバンクルとシェイド辺りとの契約を仲立ちしてもらってはどうだ。大精霊は無理でも精霊ならいけるだろう。」
「そうですわね。その力を正しく役立てられる方にでしたら、喜んでお教えしますわ。」
「精霊神様、ありがとうございます。」
「リズさん、私も私も!」
「お前は転移陣に魔力を登録しなければいけないだろうが。また今度にせい。」
「えー、アンナマリアさんだけいいなあ。」
「フェリシーユ様は、聖女として素晴らしい光の魔法があるじゃないですか。私には何の力もありませんので・・・。」
「そう卑下するものではない。国を支え率いていくのは、単純な腕力や魔力ではできない。無論あるに越したことではないが、それ以外のもっと多くの知識と知恵が必要で、それはアンナマリアもフェリシーユも持っているのだ。」
「はい、お役に立てるよう努力します。」
「うむ、心がけはいいが無理はするな。自分が幸せでないのに、民衆を幸せにすることはできんぞ。なあ、レオナルト?」
「なんで僕に振るのかな? この先を考えると胃が痛いけど、側にいて支えてくれる人がいるから、たぶん幸せになれるよ。」
フェリシーユとアンナマリアを見て、幸せそうな顔をしている。
今はいないが、ブリュナールだってずっと一緒にいた仲間だろうに。
王の私室の中の隠し部屋の前まで案内されると、そこでレオナルトの魔力を登録する。
王の死後は、所有者なしのままになっていたようだ。
レオナルトの魔力登録が終わり、その扉を開けると様々な素材が棚の中に所狭しと並んでいた。
「閃光城にもない素材があるな。ジュリアーノ王はいい錬金術師でもあったようだ。」
「はい、父は領内の皆の生活が楽になるようなものが作れないかと、時間を見つけては研究していたようでした。」
「なぜそのような素晴らしい王の元に、イザイアのようなものが台頭してしまったのであろうな。王一人が頑張ったくらいでは、貴族の腐敗は正せぬのも仕方ないか。」
「そのような貴族も、大方戦死するか捕らえられております。あとは私たちが頑張ればよいかと。」
「そうだな。では、このあたりに作ろうか。リズとアンナマリアは、あちらに戻って精霊と契約をしていてくれ。」
シルは鉄と神金の塊をいくつか取り出すと、薄い鉄板にして、その上に神金で魔法陣を描いていく。
描き終わると、真ん中に大き目の白い魔石を嵌め込み、一度魔力を通す。
「起動は自身の魔力で行うようにしている。起動できるものかどうかの判断のために、魔石を組み込んでいるが、実際には魔石の魔力は使わないので交換は不要だ。一度魔力を流して、登録してくれ。」
シルに促され、レオナルトとフェリシーユが順に魔力を魔石に流していく。
それが終わると、シルが再び魔力を流し、魔法陣が光りだす。
「これで登録も完了だ。2人が魔力を込めれば勝手に転移が発動する。距離も近いし、それほど魔力は必要ないはずだ。試してみるか?」
「転移しちゃったら、まだ戻ってこれないけど。」
「向こうでも転移陣を造らないといけないからな。2人が転移したらすぐリズと追う。」
「分かった、それじゃ先に行って待ってるよ。」
レオナルトがまず魔力を込めて転移していく。
フェリシーユも恐る恐るだが、魔力を込めて転移していく。
2人が転移し終わると、シルは隠し部屋を出て、2人の様子を見に行く。
そこにはカーバンクルとシェイドがおり、無事に契約も終わっているようだった。
「終わったのなら、王都に戻ろうか。2人は既に飛んでいる。」
「こちらも終わったので大丈夫ですわ。では、アンナマリアさん、また遊びに来ますね。」
「はい、エリザベト様。お待ちしていますね。」
2人の挨拶が終わると、シルの転移が発動し、王都に飛ぶ。
飛んだ先は、フェリシーユの隠し部屋で、そこでも同じように魔法陣を作成して、魔力登録を実施する。
レオナルトとフェリシーユは、念のためもう1往復転移して、動作を確認する。
「では、ちょっとヘルツェル辺境伯と獣人領の様子を見てくる。戻るときは、城門に出るようにする。」
そう言い残すと、シルとリズが転移してった。




