幽闇竜の最期
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『やっと見付けたのじゃ。幽闇竜よ、覚悟するのじゃ。』
上空から聞こえた声(念話だが)は、溢水竜ミュルグレスのものだった。
『ババアが何しに来やがった。』
『堕ちたお主を滅ぼすために決まっておろう。感謝せよ、妾が直接手を下しやるのじゃ。』
『年寄りは引っ込んでいろ。』
『ババアとか年寄りとか、相変わらず失礼な奴なのじゃ。妾はこんなに若くて美しいのじゃ。のう、閃光竜よ。』
言われても幾つか知らないよ、と言いたいシルであったが、言えば確実にまずい事が分かっているので、「ああ」とだけ答えて自分の体を癒す事に集中する。
『俺より長生きなのはババアとカリバーンしか居ねえだろうが。』
『たかだか千年程度の差なのに拘る奴なのじゃ。しかし、まだ上位竜になっておらん閃光竜にそこまでボロボロにされるとか、哀れな奴なのじゃ。』
『まだ上位竜になっていないだと・・・? 成竜程度にここまで俺はやられたのか。』
『鍛錬をさぼって鑑定も使えぬから、それにも気付かないのじゃ。竜王の名折れなのじゃ。だいたい六千年も生きて、位階がそれだけとか、いったい何をして生きていたのじゃ。』
そう言うと、ミュルグレスは水で作り出した刃、それも視認できないほどの薄さのものを作るとそれをダインスレイフに放つ。
ダインスレイフはそれを防ぎきれず、少しずつ傷が増えていく。
『閃光竜よ、妾の力では奴を抑えることは出来ても倒せんのじゃ。何か手はあるのじゃ?』
『・・・少し時間をくれ。仕上げの時には動けないようにして欲しい。』
『分かったのじゃ礼は閨での夜伽でよいのじゃ。』
『それは妻がいるから無理な。』
『なん・・・じゃと・・・。』
シルとの秘めた念話で話をしていたミュルグレスは、明らかに落ち込んでしまった。
シルを若い燕として囲っておくつもりだったのだろうが、そう言えばエルフの女が付いていた事を思い出したのだ。
『妾の夢を壊したのじゃ! 許さんのじゃ!』
完全な八つ当たりで、水刃をダインスレイフに次ぎ次ぎと撃ち込んでいく。
苦しい防戦に回っているダインスレイフも、ミュルグレスによるシルヴェストル愛人化計画の頓挫に対する八つ当たりなど、想像もつかないだろう。
ダインスレイフも、黒球をミュルグレスに放ち反撃を試みているが、それは水壁に阻まれ届く事がない。
『そろそろ行ける。動きを止めてくれ。』
シルからの念話を受けて、ミュルグレスは水で出来た縄をダインスレイフに纏わりつかせ、その体を捩じ上げていく。
ギリギリと体を締め付けられ、関節を逆方向に捩じろうとするその水を振りほどこうとするが、びくともしない。
『ぐ・・・こんな事をしても、俺は倒せんぞ。ババアは強いが、俺を滅ぼすまでの術はないはず・・・』
『そうなのじゃ。妾がお主を滅ぼすのは難しいのじゃ。妾は・・・な。』
『・・・まさか。』
ダインスレイフが締め上げられている首を回し周囲を確認すると、上空から巨大な石の塊が落ちてくるのが見える。
『これはっ!?』
『何千年も生きてきたのに、隕石は見た事ないのかな?』
『あんな大きいものは降ってこないし、なぜここに。』
『そんなの持ってきたに決まってるだろ? 作るのも考えたけど、やっぱり養殖より天然がいいよね。』
『そんなバカげた・・・』
大気圏突入時の摩擦熱で表面が灼熱している隕石が、通常よりも早い速度で落ちてくる。
重力による自然落下ではなく、シルがどこからか持ってきたのだから、それだけ勢いがついているのであろう。
あっという間にダインスレイフの体を障壁ごと飲み込むと、そのまま地表に向かう。
『悪いけど、衝撃が漏れないように障壁を手伝って。あの規模だと俺独りじゃ到底無理。』
『むう、竜使いが荒いのじゃ。謝罪と慰謝料を請求するのじゃ。』
『意味が分からないよ?』
そう言いながらも、シルとミュルグレスは、全力で竜障壁を展開する。落下地点の周囲を囲うようにシルが展開し、それを覆うようにミュルグレスが展開する。
隕石が地表に衝突した際の衝撃や、破裂した隕石片、吹き飛ばされた大地、舞い上がった噴煙等、様々なものが障壁の中で吹き荒れる。
すぐにシルの障壁が破られ、ミュルグレスの障壁が猛威に晒されるが、その間にシルが再度障壁を被せる。
ミュルグレスの障壁が破られたら、シルの障壁が耐えている間に、ミュルグレスが障壁を被せる。
これを瞬く間に何十回と繰り返す。
時間が経つと共に障壁を張り替える回数は減っていくが、なかなか収まる様子はない。
隕石を持ってくるのにも大量の魔力を使ったシルは、ゴリゴリと魔力が削られて欠乏に近くなってきている。
飛翔してきたリズがそっと寄り添いその体を支えようとするが、シルの体に対してリズはあまりに小さく無力であり、寄り添う事しかできなかった。
『お主が閃光竜の番よな。余裕があれば、閃光竜に魔力を分けてやるのじゃ。』
『は、はい!』
魔力を分けるなど、やった事はない。
ただ、出会った当初に魔力の扱いを教えてもらうために、魔力を流してもらったことがあった。
あれと同じ要領でいいのだろうか。
とりあえずやってみるしかない。
『シル様、これで少しは楽になりますか。』
魔力を流し込みながら、シルを労わる。
『ああ、すまない。だいぶ楽になった。これなら収まるまでもちそうだ。』
『良かった・・・。ミュルグレス様、ありがとうございます。』
『閃光竜は、いつか妾がおいしくいただくのじゃ。倒れては困るのじゃ。』
『あら、残念ながらシル様の妻は私のみですわ。』
魔力を譲ってくれているリズと、障壁を張り替えているミュルグレスが、眼から出る何かをバチバチとやっている。
やはり、女性は恐ろしいものだ。
ミュルグレスは竜王なので、性別なしのはずだが。
『そろそろ収まってきたかな。』
障壁を張り替えるペースがぐっと低くなってきた。
ただ、中が高温高気圧になっている可能性もある。
張り替えの際に、大気中の窒素を集めて冷却し、大量の液体窒素を生成しておいて、その上に障壁を被せる。
窒素が気化するときに体積が増えるはずなので、冷却による液化や凝固による体積減少とどちらが多いのか分からない。
そのため魔力負担が厳しくなるが、少し垂直方向に障壁を大きめにして少しでも減圧できるようにする。
障壁の内部が冷えたからか、粉塵も収まり中が見えるようになってきた。
内部には、直径100m近い巨大なクレーターができていて、中心には隕石が鎮座している。
障壁をぐっと垂直方向に引き伸ばして、上の方だけ少し解放してみる。
熱も気圧も、大気とそれほど差がなくなっていたようで、急激な変化は起きないようなので、徐々に障壁を穴を大きくし、最終的に障壁をなくす。
隕石に近寄って様子を見るが、生物の気配はない。
ふと気が付くと、進化の確認が出ているので、ダインスレイフを倒したことで位階があがり、進化できるようになったのだろう。
『とりあえず倒せたのかな?』
『うむ、欠片も残っておらんようなのじゃ。大丈夫なのじゃ。』
『でも、竜王なら転生でまた何かやらかすんじゃ。』
『奴は堕ちた事で、竜王としての権能、つまり転生する力を失っておったようじゃ。前の閃光竜が屍竜にされることで、転生できなかったのと同じなのじゃ。』
『であれば、竜王はこれで一段落で、魔王も多分大丈夫。となると、あとは魔神か。』
『堕ちたとは言え神なのじゃ。妾達では到底適わない相手なのじゃ。』
「そうだよ。だから死んで?」
突然、シルの腹が光に貫かれ、血を噴き出す。




