軍靴の音
リズの飛翔は、特に問題もなくスムーズだった。
単純な移動としての速度も、当然シルには劣るものの、問題のないものだったし、戦闘として使う場合の急加速、急制動、急旋回のいずれも問題のない反応速度だった。
実際、空中を高速で移動するトリ型の魔物ソニックバードや、はぐれ飛竜に対して、空中での格闘戦を仕掛けて圧倒できるほどだった。
シルも、進化によって体が大きくなったが、戦闘には問題がなかった。
寧ろ、質量を活かした攻撃が凶悪になっているため、盗賊相手の手加減の方が大変だったくらいだ。
盗賊を空中で吊り下げながら飛んできたシルを見たモゼットの門番は、多少慌てたがきちんと対応してくれた。
そのまま冒険者ギルドに向かうが、街中の雰囲気が前に来た時と比べて張り詰めている。
食料品店や雑貨屋で買い物をしながら聞いてみると、どうやら最近になって物資の買い占めや徴用、兵の募集など戦争準備と思わしき事が多く、平民の間でも戦争が近いのではと噂になっているのだそうだ。
ついでにイザイアについても聞いてみると、どうやら魔族領の内務宰相と宮廷魔道士長を兼任している人物らしい。
そしてこのイザイアが、戦争による領土拡大を強硬に主張している人物だそうだ。
王であるジュリアーノは穏健派で反戦派なのだが、このところ領内の小麦が不作気味で、逆に比較的豊作なシャルワリエに攻め込むべきとの意見に押されているのだそうだ。
しかし、平民にしてみれば不作で苦しい上に戦争負担がのしかかって来る訳で、軍靴の音に怯えていると言うことだ。
『これは、依頼分の討伐証明を出すだけの方がよさそうかな。』
『そうですわね。戦争に加担するのは憚られます。』
話題が話題なので、念話でリズにだけ聞こえるように会話している。
冒険者ギルドの窓口では、依頼を受けたリッチやデュラハン、ファントムの討伐証明を必要数分だけ渡して手続きを済ませた。
他の素材も欲しいと言われたが、素材として自分で使うので出せないと言い張って逃げた。
なお、シルはそのままではギルドの建物や商店に入れないので、街に入った後、裏道でこっそり人化しておいた。
その後も街の中の様子を見て回ったが、どこも同じような感じだったし、物資不足から物価が高めだったので、街の住人の生活に影響が出ないよう、買い物は必要最低限にしておいた。
◇ ◇ ◇
2人は街を出ると、街道を魔都テスカーラ方面にのんびり歩いて進んでいた。
のんびりと言っても、普通の馬車はおろか、騎馬より早いのだが。
『魔都とやらでも情報を確認しておくか。』
『ですが、王や宰相の話しなど聞けますか?』
『あまり竜王として大っぴらにして動くのは良くないかな。この姿で潜入してみるか。』
『そんなことできるんですか?』
『やった事はないが、隠密や光学迷彩があるし、影移動も使えるかも知れないから、なんとかなるんじゃないかな。』
『暴れるのはほどほどになさって下さいね。』
街から離れたところで森に入り、竜に戻って一気に空を駆ける。
魔都が見えてきたところで、再び森に入り人化して歩いて魔都に向かう。
魔都テスカーラの門は、魔族領の首都と言うこともありそれなりの人数が、並んで審査を待っていた。
シルとリズは大人しく並んでいたが、冒険者ギルドのギルド証があるので、すんなりと入ることができた。
門の中は、一見すると戦需景気で活気があるように見えるが、目抜き通りを少しはずれた住宅街や小規模商店になると、厭戦感からか疲れているように見えた。
物価も地産品の違いはあれど、全体的に王国と比べて高くなっているようだ。
2人は平民街の中でも比較的高級な宿を探して、そこで休む事にした。
さすがに街の外から潜入するのは面倒なので、城に近い場所を拠点にして調査をするつもりだ。
リズは従業員に、「奥様」と言われた事が嬉しかったようで、にへらと壊れている。
『では、城の中の様子を見てくるよ。』
『本当に暴れないでくださいね?』
『心配するところはそこなの?』
昼の間に街の様子を見ていたが、貴族街には入ることができず、平民街から貴族街との間を隔てる門の奥を眺めることしかできなかった。
宿で早めの夕食を摂った後、シルは用意しておいた真っ黒なローブで全身を覆い、部屋を抜け出して影移動で一気に城へと向かう。
とうに周囲は闇に包まれている時間であり、影の中を移動できるシルは何にも咎められることなく、城の中まで入っていった。
ジュリアーノ王の私室を見つけて様子を見たが、臥せっているようであり、侍医と側仕えが控えているだけで、何も収穫はなかった。
もう一人の重要人物、宰相のイザイアを探すが、なかなか見付からず、城内を彷徨うこととなった。
漸くそれらしき部屋を見つけて忍び込むと、別のものと密談をしている最中であった。
「王はあとどの程度もちそうか。」
「一月というところでしょうか。思ったより体力も精神も高いようで、抵抗が大きいようです。」
「急がせろ。魔神様からも早くせよと叱責をされている。」
「はっ。それでは秘薬の使用もさせて頂きます。」
「仕方あるまい。王国の王女の方はどうだ。」
「いま、魔物どもを向かわせています。明日には追い付くかと。」
「魔物で大丈夫か。」
「悪魔を付けておりますれば。」
「ならばよい。いずれにせよ、早く王国に攻め込むことができるようにしないと。」
「どうして王国を攻める必要があるのかな?」
部屋の中に聞こえたシルの声に、イザイアとその部下はその突然の事に周囲を見回すが、部屋の中には誰もいない。
「誰だ! どこにいる!」
「こっちが質問をしてるんだけどな? 質問に対して質問を返すのはよくないよ?」
「巫山戯るな! くそっどこだっ!」
イザイアが無詠唱で何かの魔法を使うと、シルの光学迷彩が解けて姿を現す。
「おや、見つけられちゃったか。ま、特に問題ないか。」
姿を見られても全く動じる事のない黒衣のローブを纏った不審者に対し、イザイアは苛つく。
「くそっ、聞かれたのなら仕方ない。殺れ!」
「はっ!」
部下が腰に下げていた長剣を抜き放ち、シルに近づいていく。
「怖いなあ。暴れるなって言われてるんだけどな。」
ローブの男がどこからか青い大太刀を取り出したのに驚くが、部下は気を取り直して一気に斬りかかる。
上段からの一撃はぶれる事もなく早い。
鍛えられ上げた剣技は、確かなものだったし、それはローブの男を斬り裂く事を疑っていなかった。
しかし、シルの大太刀が一瞬のうちに払われ、男の剣は半ばから綺麗に斬り落とされて、その先は壁に突き刺さっている。
シルはそのまま大太刀を持ち替え、柄で男の腹を打ち、一撃で気絶させる。
「これくらいなら、暴れた事にはならないよね。」
そう言いながらイザイアの方に向き直ると、何やら魔法を詠唱していた。
それが完了すると、シルとイザイアの間に2体の黒い影が召喚される。
人間の体に鳥の頭と羽根を持つ者と、同じく人間の体に豹の頭を持つ者。
元いた地球で悪魔に詳しい者が見れば、アンドラスとフラウロスという名前が出てきたのかも知れないが、残念ながらシルとなった銀次にはそんな知識はなかった。
ゲームでこんなモンスターもいたかな?くらいの認識である。
「その出来損ないでどうするの?」
大太刀で五月雨斬りを放ち、2体纏めて細切れにしてしまうと、イザイアにその剣を向ける。
「もう一度だけ聞くけど、どうして王国に対して戦争をしかけようとする?」
「くっ。」
イザイアは悔しそうに顔を歪めると、手にした何かの道具を使って転移をしてしまった。
「まさか、転移で逃げられるとは・・・。油断しすぎはよくないな。」
しばらく部屋をあさってみるが、特に何も見つからないので、部屋を後にして再度王の元に向かう。
変わらず控えていた侍医と側仕えを眠らせると、寝台の脇に姿を現して光魔術で王の体を癒す。
恐らく、毒と闇魔術に蝕まれていたのだろう。
シルの魔術の光が収まると、王の顔色はよくなっていた。
「お前が治してくれたのか。何者だ?」
王は体が癒えた事で、意識を取り戻していたようだ。
まだ弱々しい声で、王が尋ねてくる。
「閃光竜、で分かるか。」
「光の竜王・・・このような姿で申し訳ない。」
「構わぬ。聞かせて欲しいのだが、イザイアはなぜ王国に侵攻しようとしている。」
「分からないというのが正直なところだ。民の食糧を確保するため、というのは誰しもが建前で嘘だと分かっているのだが、その本当の目的は誰も聞いていないのだ。」
「魔神、この名前に心当たりはないか。」
「無論知っている。だが、この件との関わりは何も把握していない。ただ、この数年でイザイアは怪しげな魔法や魔道具を使うようになり、悪魔というものも従えるようになったので、魔神と何かあった可能性はあるな。」
「怪しいが証拠はない、というところか。お前で抑えられるか?」
「竜王に癒してもらったが、元々この体はそうもたないのでな。1年は無理、というところだ。」
「寿命であれば仕方ないか。魔神が関わっている証拠もないのでは、人間の戦争に直接関わる訳にもいかないのでな。悪いができるだけ頑張ってくれ。1体、光の精霊を付けておくので、毒と闇魔術には抗することができるはずだ。」
そう言うと、シルはカーバンクルを召喚し、王を守り癒すことを指示する。
しかし、残念ながら王にはカーバンクルは見えなかった。
「そこに光の精霊が・・・悔しいが俺には見えないようだ。」
「世継ぎはどうなるのだ? まともな者に継がせる訳にはいかんのか?」
「残念ながら、魔族領は魔力が強いものの中から貴族が王を選ぶのだ。イザイアは間違いなく今の魔族領でも魔力が強く、貴族達も既に取り込まれている。」
「買収済みか。人間の世は難しいものだな。」
「恥ずかしい限りだ。だが、この命が尽きるまで、少しでもイザイアの勢力を削っておこう。」
「最期まで無理をさせてすまないが頼む。最悪の場合、この国を滅ぼさせてもらうことになる。それが俺か別の竜王かは分からないが。」
「世界から害と認められれば仕方ない。ただ、罪無き民には慈悲をお願いしたい。」
「国は滅ぼすが、民を滅ぼすつもりはない。無論、竜王に対し槍を向けるのであればその限りではないが。」
「ありがとう。すまないがこれで休ませてもらう。」
「ああ、俺もこれで失礼する。邪魔したな。」
シルの姿が滲んで見えなくなると、ジュリアーノ王は安心したように溜め息をつき、そのままゆっくりと睡眠に入った。
シルはそのまま影移動で一気に宿屋のリズの元に戻る。
『悪いが、明日は開門と同時に出るぞ。シャルワリエの王女がイザイアの手勢に狙われているようだ。』
『すぐに向かわなくて大丈夫ですか?』
『明日に追いつくと言っていたので、早朝に出れば大丈夫だろう。下手に夜間に動いて不審がられるのも不味い。ギルド証で身元は割れているしな。』
『それでも人の命には代えられないのでは。』
『そうなのだが、どこにいるか分からんのでな。この時間は王女も野営しているだろうから、見つけるのは困難だろう。』
『分かりました。それでは早朝に出ましょう。』
そう言うと、リズはシルに抱き着いて寝てしまった。
シルは人化したままだったので、落ち着かない一夜を過ごすことになった。




