精霊神
東の荒れ地は、陰鬱な気に包まれていた。
地形自体は平野なのだが、生命の気配はほとんどなく、草もなく木も枯れていた。
出てくる魔物も、巨大な蝙蝠ダークバットや、然程大きくはないがやたらと硬いロバストスコルピオといったものがいる他は、不死者ばかりだった。
まだ幸いだったのは、ゾンビやグールといった腐敗系のものはおらず、悪霊であるレイスや人魂のファントム、それとスケルトン系のものが出てくる事だった。
レイスやファントムは、実体を伴わないため、通常の物理攻撃は効かないのだが、魔力が豊富で魔術を行使できる2人にとっては、特に苦にならない相手だった。
戦利品が魔石くらいしか手に入らないのも、地味に嬉しくない事だが、お金には特に困っていないので、そこまで気にすることでもなかった。
道中では、討伐依頼がギルドに貼り出されていた、リッチやデュラハンにも遭遇した。
どちらも大量のスケルトンやレイスを従えていたが、シルが試しに死霊術を使って、同じように大量のスケルトンを作って戦わせてみた。
能力値の違いなのか、シルの作りしたスケルトンの方が装備も動きもよく、数は少な目でも戦果は圧倒的だった。
リッチ本体は、白亜の城の裏にあった迷宮の階層主よりは強かったが、同じように光魔術のレーザーに焼かれる事となった。
デュラハンは、リビングアーマーと呼ばれる全身鎧だけの不死者が取り巻きとして控えていたため、シルのスケルトン軍団ではなかなか押しきれなかった。
リビングアーマーは、矢鱈と丈夫なスケルトンと言った感じで、魔石以外は完全に壊さないと元に戻るし、魔石は鎧にしっかりと守らているので、簡単には倒せない相手だ。
そのため、リズが魔力感知で、鎧の中を動いている魔石の位置を特定し、そこに普段より収束させたレーザーを撃ち込むことで、鎧を貫通して魔石を割っていった。
リビングアーマーは比較的動作が遅いのでそれで対処できたが、デュラハンは馬の骨に牽かせた戦車に乗っているので、なかなか狙いが付けられなかった。
そこでシルは、まず地中から金属棒を生成して、それを戦車に高速でぶつける事で破壊した。
戦車を降りてもデュラハンの動きは十分に早いものだったので、火魔術でデュラハンの周囲ごと気温を下げて、関節の動きを悪くして速度を落とし、そこに大量の落雷を発生させた。
ブスブスと燻りながら膝を付いたところに、一気に距離を詰めて大太刀で地摺り残月を放ち、真っ二つにすることに成功した。
リッチやリビングアーマーの持っていた装備は、なかなかのもののようで、高く売れそうだと、ホクホクの笑顔だった。
たた、デュラハンの鎧は真っ二つにしてしまったのが惜しかった。
鎧は鋳潰して塊にするしかないかも知れないが、霊銀や金剛鉄が取り出せそうだ。
モゼットの街を出てから5日目。
岩に隠れるようにしてあった洞窟内の奥の神殿のような広間で、精霊と出会えた。
小さな蝙蝠、と言うかド○キーのような見た目の精霊シェイドと、全種真っ黒な鎧に包まれ、片手剣と大盾を持ち黒いオーラを放つ騎士のような大精霊シャドウだ。
『ヒカリ リュウオウ ヨクキタ。オレ シャドウ。コイツ シェイド。』
マルカジリにされそうな片言だった。
聞き取りにくいことこの上ない。
『閃光竜のシルヴェストルだ。よろしく頼む。』
『リュウオウ ヒサシブリ ウレシイ。』
『その様子だと、幽闇竜の行方は知らない感じかな。』
『ダインスレイフ ズット イナイ。カエッテ コナイ。』
『そうか。魔神については?』
『マジン マゾクリョウ イル。デモ バショ ワカラナイ。』
『揃っていないとか、嫌な予感しかしませんね。』
『奇遇だな。俺もそんな気がしてるんだ。それはさておき、試練をお願いしていいか?』
『ワカッタ。ジュンビ イイカ?』
『いつでも良いが、内容はど』
『デハ。』
シルが話している途中に、いきなり闇が訪れる。
何も見えなく、何も感じない。
五感の全てが失われたようだ。
精神支配無効があるのに、一切影響が無かったのは、攻撃ではないからだろうか。
光魔術で灯りをつけようとしても、反応しない。
火魔術で火を起こすこともだめだ。
ストレージから灯りを点ける魔道具を取り出そうとしても、取り出せない。
ストレージ自体が反応していないようだ。
周囲の気配を探るが、気配も魔力も感じない。
目の前にいた精霊達や、隣にいたリズも、本当に何も感じないのだ。
何も感じないのだが、何かゾクリとした感じがして、隠密と光学迷彩を発動させる。
何かを前から感じて身をよじって躱す。
剣戟のような何かがシルがいた場所を通過していく。
ただ、それは通常のものとは違う。
たしかに感じるのだが、質量も魔力も圧も、何も感じないのだ。
その後も来る、何かを躱そうとするが、地に立っている感覚もなく飛翔も出来ないので、そのうち躱しきれなくなり、何かが当たる。
しかし、からだになんの異常も感じられない。
『幻覚の類、なのかな。』
もちろん誰も居ないので、その問いに答える者はえない。
シルは、闇の中で探索するのではなく、自分を闇に同化させるようにして、闇の中に、沈んでいく。
(取り込まれるのではなく、溶け込む・・・そして同化し、取り込む・・・)
シルは意識を集中し、闇の中にある自我を、自我の中にある闇を同期させていく。
闇と自分の境界が曖昧になり、自我が拡散しはじめたところで広がった先も自分だと強引に定義して取り込んでいく。
そして、無限とも思われた闇のすべてを取り込んだ時、改めて自分の在り方を定義する。
(俺は閃光竜シルヴェストル。白の竜王であり知立銀次だ。)
途端に体の感覚が戻り、目を開けるとシャドウの神殿に戻っていた。
ログには、【闇化】【影移動】【影分身】の3つのスキル習得が記録されていた。
『ワガ ヤミノカゲヲ トリコムカ。』
『・・・やりすぎた?』
『カマワナイ。ワレノ チカラヲ エタダケ。 ワレハ カワラヌ。』
「シル様は私と何か違ったのでしょうか。」
リズも無事に戻っていたようだ。
『闇に包まれたから、闇を取り込んだだけなんだけどな。』
「それはすごいんじゃないかしら。私はただシル様の元へ行くことだけを考えていたら終わりましたけど。」
『エリザベト カゲイドウ オボエタ。シルヴェルトル ヤミカ カゲブンシン モ オボエタ。』
『まあ、お互いうまくいったので良かったという事で。』
『フタリ ゴウカク。ヤミノチカラ アタエル。』
シャドウが2人の後ろに影移動で瞬時に移動し、2人の肩に手を乗せるとその知恵が流れ込んでくる。
新たに【闇精霊召喚】を得たことで、他の精霊召喚と統合され【精霊召喚】のスキルが、【闇の加護】を得たことで同じく統合され、【精霊の加護】が付与された。
また、闇の中を潜り抜けた上で闇の知恵を得たことで、【光耐性】【闇耐性】を覚え、他の属性と統合され【魔法耐性】スキルとなった。
リズは、それまで火土風水雷の耐性を得ていなかったが、初めて属性の耐性スキルを得ることで、それまでの経験と各属性の知恵により一気に耐性スキルが覚醒した。
結果として、シルと同じ【魔法耐性】スキルを覚えることができた。
『フタリトモ スベテノ セイレイノ チカラ エタ。シバシ マテ。』
2人の頭の中に???が浮かぶが、シャドウは気にする様子もなく、じっとしている。
仕方なくそのまま待っていると、シャドウと2人の間に突如魔法陣が描かれる。
それが光り輝くと、美しい女性が一人佇んでいた。
『閃光竜、そしてエルフ氏族の娘よ、全ての精霊の加護を得たこと。おめでとう。』
『ありがとうございます。失礼ですが貴女は?』
『私はフォリナリス。この世界の精霊を司る役目を負う者です。』
『フォリナリス セイレイシン。ワレラガ アルジ。』
「精霊神フォリナリス様!」
おお、ついに神と会うことができた。
『精霊の神様が、どうしてここへ?』
『エルフ氏族の娘、エリザベト。あなたに加護を与えるためです。』
「私に、ですか?」
『あなたは間もなく位階の上限に達します。しかし、それではハイエルフには至れません。それ以上に位階を上げるには、神の加護が必要なのです。』
そう言うとフォリナリスから7色の光が飛び出し、リズの体に降り注ぐ。
その光がリズの体に吸い込まれると、一瞬リズの体が光り輝く。
『これで、あなたはハイエルフになるための条件を一つ満たしました。より、精霊の力をうまく扱えるようになるでしょう。』
「はい、ありがとうございます。」
リズは、そっと片膝をついて跪き、フォリナリスに礼をする。
『シルヴェルトル。あなたは創造神の加護を得ています。いずれその使命を知る時がきます。今のうちに力を蓄えておきなさい。』
『その使命とやらは、まだ教えてもらえないのかな。』
『創造神からは私は何も言われていません。いずれ知る事になるでしょう。』
『むむ、そうか。』
シルは、なぜ知立銀次と言う平凡な人間がここに転生してきたのか、という自分の存在意義についてずっと考えていたが、まだその答えは見つかっていない。
創造神の何かしらの意図があってのこと、とは想定しているが、その意図、つまり要件が不明なため、それを実現するためのプロセスもはっきりしていない。
神と話す機会があれば、それを知る事ができるのでは、と考えていたが、残念ながらフォリナリスは創造神アスシアルフから聞いていないようだ。
『エリザベト、あなたの得物は弓でしたね。』
「はい、氏族に伝わる弓を使っています。」
『それでは、あなたにこれを送りましょう。』
フォリナリスが無造作に手を伸ばすと、シルのストレージから勝手に1本の木の枝が取り出される。
その枝がフォリナリスの放つ光を受けると、姿を変えて大弓の形を成す。
その弓は、翡翠のような美しい深緑色に彩られ、若木の力強さを感じる枝のようだ。
そして、上部には7色の宝石が嵌め込まれている。
しかし、その弓は弓幹のみで弦が張られていない。
弓がふわりとリズの前まで移動し、リズがそれを手に取る。
すると、宝石が光り輝き、光の弦が現れる。
その弓を構えて引き絞ると、そこにスッと矢が現れる。
そのまま放つと、神殿の柱に大穴を穿った挙句、奥の壁に同じく大きな陥没穴を作り出す。
「すごい・・・。」
『神弓フォリナリスです。自分の名が付くのは恥ずかしいのですが、私が作るとそうなってしまうのです。』
フォリナリスは神なのに、少し頬を赤らめて照れている。
神様も照れるんだな、等とシルは考えているが、フォリナリスも元は人族で神になったものである。
「こんなすごい弓を頂いてもいいのでしょうか。」
『神の加護を得ているのです。それくらいの弓は持っていてください。』
「はい、分かりました。ありがとうございます。」
嬉しそうなリズの手にある弓を鑑定してみる。
神弓フォリナリス (射術)
精霊神フォリナリスの祝福を受けた世界樹の枝でできた弓。
矢生成。矢飛翔速度増。威力増。速射。複数射。精霊による属性付与。
(魔力+10%、腕力+5%、俊敏+5%、知力+10%)
さすが神が作った弓なだけはあって、性能も壊れている。
羨ましいといえば羨ましいのだが、シルは竜なので弓は使えないだろう。
人化すれば扱えるだろうが、そもそも竜のままより戦闘力は落ちるはずなので、本末転倒だ。
『それでは私はこれで。2人の行く先に幸あらんことを。』
現れた時と同様に、魔法陣が輝くとフォリナリスの姿は消えていた。
『さて、ダインスレイフがいた場所を知らないかな。』
『ココカラ ホクトウ。クロイ シロ。デモ イナイ。』
『うん、居ない事は知っている。何か分からないか見てくるだけだよ。あと、この辺りに人の手が入ってない迷宮があるらしいけど、知ってるか?』
『ミナミノ シマ ウミノナカ。』
『海の中か、まあ頑張って探してみる。』
『ワカッタ。サチアレ。』
シャドウに送られて、神殿を後にする。
シェイドが見えないと思ったら、リズが破壊した後を複数のシェイドが集まって修復していた。
リズに気付かれないように、シャドウに視線を向け頭を下げると、シャドウが頷いているので問題ないだろう。
そこから北東に向かうと、主を失って暴走したと思われる幽闇竜の眷属である黒竜が彷徨っていて、こちらに襲い掛かってきた。
話が通じないので、仕方なくシルのレーザーと、リズの光矢で片付けながら進んでいく。
やがて、シャドウに言われた通り、黒い城が見えてくる。
黒曜石だろか、光沢のある黒い石を積み上げて作られてて、荘厳な感じの城だ。
奥にもやはりダインスレイフはいなかった。
しかし、家令だったと思われる黒竜が残っていた。
黒竜曰く、ダインスレイフは眷属の多くを連れて、いずこかへ飛び去ったとのことだった。
その前に一人の魔族がここを訪れていたというが、その魔族に関しての情報は特になかった。
それ以外に情報は得られなさそうだったので、早々に黒曜の城を辞した。




