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雪原の竜王

 ヘルツェルから南下すると、すぐに雪景色となった。

 雪原には、街も街道もなく、所々に森があるくらいで、後は雪に包まれた平野であった。


 生態系も大きく変わるのか、スノーヘアと呼ばれる白い兎、ただし全長が2mくらいもある肉食の兎が多く、フリーズウルフと呼ばれる狼、ホワイトベアと呼ばれる熊が出没したりした。

 今までの森で遭遇した魔物より、遥かに強い魔物であったが、2人にかかれば問題になる相手でもなかった。


 問題は寒さで、本来は暖かい森に住むエルフにはかなり厳しいらしく、防寒具を着込んでも寒いようなので、周囲を竜障壁で囲んだ上で火魔術で気温を上げることで、無理矢理快適な温度にすることで対処していた。


「この結界はどうやってるんです?」

『竜王の独自スキルらしいから、魔術で再現するのは無理じゃないかな。』

「そうですか、それじゃ仕方ないですね。」


 雪原の中を彷徨(さまよ)っている2人だが、未だに水の竜王がいる凍結湖は見つかっていない。

 雪と森しかない平原で、何も目印になるようなものもなく、そもそもその情報も特にないのだ。

 凍結湖と言われている以上、湖面がある程度、下手したら全てが凍結しているのは想定できる。

 ただ、湖面に張った氷の上に雪が積もってしまったら、そもそも湖だと気が付かないのではないか。

 そんな疑問すらあった。


 そんな2人は、森の際で野営準備が終わり、兎肉を煮込んだスープに舌鼓を打っているところだ。

 兎と熊はそれなりに出没するので、肉を手に入れるのに苦労しないうえ、その肉はどちらもおいしいし、皮や爪も素材として遣えると言う大変ありがたい魔物だった。


『魔力感知も気配感知も、特に怪しい反応はないな。』


 野営準備のために、周囲の魔物は狩り尽くされているので当たり前だが。


「空飛んで、上空から見てみます?」

『そうだな。なんでそれに気付かなかったんだろう・・・。』


 感知スキルに頼る事が多く、自らの視覚による探索ということを完全に失念していたのだ。


「私も翼が生えないですかね。自分で飛びたいのに。」

『もうそれは既にエルフじゃない、似た何かになるんだけど。』

「別にシル様に嫌われなければ、構わないんですけどね?」

『魔物とかにならないでくれよ。流石に自我を失ったりされたらな。』

「失わなければ、何なんですか? ねえシル様!」


 自らの失言に気付き、追求を無視してスープを味わう。

 相変わらず、言い訳とか誤魔化しが下手なのだが、元の世界でも実直なビジネスマンだった銀次は決して上手い方ではなかったので仕方がない。

 それでも、顧客の前ではそれなりにポーカーフェイスを演じる事ができていたはずなのだが。

 解せぬ、とシルは悩むが、単にリズにそれだけ気を許しているからだと、何故か気付けないでいた。


 翌朝、空から確認しようと思っていたのに、吹雪だった。

 常人なら、まともに生きている事すら難しい状況だが、シル達は結界の中で暢気(のんき)なものだった。

 ただ、探索が出来ないので困った事には変わりない。


 結界の中で、焼いた兎肉をパンで挟んだものをもそもそも(かじ)りながら、魔力探査をしていると、今までにない反応があった。

 急いで野営道具を片付けて、パンを相変わらず齧りながら気配を感じた方に向かうと、青い微精霊が吹雪の中で待っていた。

 体を揺らして青い光をばら撒きながら進み出すので、その後を付いていく。


 (しばら)く進むと、氷で出来た王宮が突如視界に現れた。

 ずいぶんと立派だが、透き通った氷で出来ているので、いつ頃作られたものかすら、判断できなかった。

 城内を進み、本来であれば玉座の間や謁見の間、そう呼ばれる場所に着いたが、そこには玉座はなく、精霊が待っているのであった。


 青い水でできた人魚、それも童話に出てくる可憐な感じではなく、もう少し兵士に近い感じの。それが精霊ウンディーネ。

 同じく青い水で、ウンディーネよりも深く濃く美しい青い水でできた巨大な龍。丸い感じで翼のある西洋型ではなく、細長く蛇に手足をくっつけた感じで翼のない東洋型の龍。それが水の大精霊レヴィアタン。


 その2体が、本来玉座がある場所で待っていた。


『よくぞ来た、光の竜王。儂はレヴィアタン。これがウンディーネ。』

『閃光竜シルヴェストルだ。』

「エルフのエリザベトですわ。」

『まだミュルグレスには()うておらなんだか。判りにくいしのう。』

『ああ、目印もなく凍結湖が見つからなくてな。』

『後で、微精霊に案内させよう。』

『吹雪で禄に探索出来なかったから、ここが見付かって良かったよ。』

『逆じゃ、吹雪のときしか見付からんし入れん。ここはそういう場所じゃ。』


 なんとも面倒な場所だ。

 天候が吹雪でないと見つからないとか、どういう仕組みなんだろうか。


『なるほど、いくら探しても気配がない訳だ。しかし、そうなるとまた来ようと思ったら天候が変わるのを待つしかないのか。』

『ふぁふぁふぁ、光の竜王は素直じゃのう。吹雪ならいつでも入れるんじゃぞ。』


 龍の姿なので分かりにくいが、レヴィアタンは笑ってるようだ。

 それも、いたずらをしたこどものような顔で。


『なるほど、そういう事か。』

「どういう事ですか、シル様。」

『吹雪を待つ必要はなく、吹雪にしてしまえばいい、そういう事だ。』

「なるほど。でも、それはシル様だからですよね?」

『そう誰でも簡単に入られては儂も困るんじゃよ。』

「それはそうですわね。」

『それはさておいてじゃ、折角来たのじゃ。ゆっくり茶でも飲まんか?』

『その(なり)で飲めるのかよ。それより試練をしてくれ。』

『やれやれ、せっかちじゃのう。ほれ。』


 レヴィアタンは、気の抜けた掛け声と共に特大の水柱を造り、すぐに氷柱にしてしまう。


『これでこの周囲には水がない状態じゃ。水を出してみせい。もちろんこの氷や城の氷は使ってはならんぞい。』


 水のない状態で如何(いか)に水を作り出すか。

 水魔術、水魔法の課題である。


 試しに空気中の水蒸気を集めようとしたが、全く集まらなかった。


 次に呼気に含まれる水蒸気が使えないかと思ったが、これもだめだった。


『光の竜王が人間ならそれで出来たかもじゃが、お主は竜王じゃぞ。頭が良いのか悪いのか、不思議な奴じゃ。』


 どうやらシルの呼気には、水蒸気がふくまれないらしい。

 あれ、そもそも肺呼吸以前に呼吸が必要なんだろうか。


『もしかして、呼吸してない?』

『自分の身体のことじゃろうに。お主は魔力だけで生きておる。』

『そう言えば、カリバーンにそんな事を言われた気が。』


 食事は要らないと言われたが、呼吸まで要らないと言われた覚えはないけども。


『やれやれじゃ。まだ続けるかの?』

『ああ、まだやるよ。』


 さて、次は何を試そうか。

 水がないなら作るか。


 一番簡単なのは、水素と酸素か。

 反応させるのに必要なのは、火かな。

 点火プラグ代わりに小さな雷撃、つまりスパークさせてもいいかも知れない。着火装置もそうだしね。


 ということで、空気中の酸素と水素を集めてその周りに結界を張る。

 爆発したら危ないし。

 その結界の中で、雷撃を発生させると、結界の中が閃光に包まれる。

 結界の中で水蒸気を集めると、少しだけあったのでそれを水球にする。


『これでいいかな?』

『とんでも無いことをしよるな。合格でいいが、それはもうやめるのじゃ。危険すぎじゃ。』


 水素が爆発したら怖いしね。


『結果良ければ全て良し、ってね。』

『さて、お主はどうするのじゃ、エルフの姫よ。』

「姫じゃないんですけれど。それは置いといて、やりますわ。」


 言うと、リズはアイテムボックスから水入れを取り出し、その中の水で水球を作り出す。


「どうかしら?」

『ふぁふぁふぁ、確かに儂の術もアイテムボックスの中までは届かんし、使ってはならんとも言っておらんから、問題ないんじゃ。』

『なん・・・だと・・・?』


 あまりにも簡単な答えに、シルは地面に落ちて項垂(うなだ)れる。

 元の世界のネットユーザーが見たら、口を揃えて言うだろう。

 見事なorzだ、と。


『光の竜王より、姫の方が上手(うわて)なようなじゃな。それでは、水の術を授けよう。』


 レヴィアタンは、2人に水精霊召喚と水魔法の知識を伝えていく。


『近くに水がない時には、儂やウンディーネを召喚すればその水がそのまま使えるのじゃ。』

『飲み水にするには、ちょっと抵抗ありそうだな。』


 そのまま、レヴィアタンとゆっくりお茶を楽しむ。

 リズ曰く、お茶を入れる技術が半端ないらしく、途中からはシルを放っておいてお茶について賑やかに意見交換している。

 リズの新たな一面を見ることができたシルが、笑顔でリズを眺めていることは、当然リズも気付いていたが、恥ずかしくて何も言えなかった。

 心中で、計画通り、と呟いていたのかどうかは誰も知らないことである。


 レヴィアタンの城から出ても、外は相変わらずの吹雪だった。

 案内の微精霊は吹雪をものともせずに進んでいくので、温々(ぬくぬく)としたシルの結界に包まれた2人は、それに付いていく。


 かなりの速さで、3時間も進むと、確かに全面凍結している湖が見えてきた。

 シルが礼を伝えると、微精霊は消えていった。

 湖面を覆う氷を確認してみたが、相当厚いようなので、上を歩いても問題なさそうだ。


 凍結湖は非常に大きく、直径で数十kmくらいはありそうだ。

 そんな凍結した湖面の中に、森が見えるのであれが島だろう。

 2人でソロソロと進んでいると、足下(あしもと)にある気配に動きがあるのを感じ、リズを連れて飛び退(すさ)る。

 直後、氷を突き破って巨大な魚が躍り出る。

 見た目は、ノコギリザメだが、その先端にあるのは(のこぎり)ではなく、研ぎ澄まされたブレードだ。

 ノコギリザメが水中に帰るより早く、湖面の氷を刃にして一気に串刺しにしてしまう。

 ノコギリザメはその一撃で息絶えているようだが、その流した血の匂いで更に水中で集まってきている気配を感じる。

 足下から襲われ続けるのも面倒なので、リズと2人で水中にいる魔物を次々と氷に閉じ込めて、それを湖面の上に並べていく。

 並べられた魔物の氷像は、ノコギリザメだけではなく、獰猛そうなウミヘビのような魔物や、鋭い(はさみ)を持ったエビのような魔物もいた。

 なお、それらの魔物はどれも美味であり、リズの調理によって美味しくいただかれることになった。

 ついでに、【水耐性】も覚えられた。


 島にある森の中には、結界に守られた神殿のような建物があり、そこで水の竜王、溢水(いっすい)竜ミュルグレスが待っていた。


『よく来たのじゃ。(わらわ)はミュルグレスなのじゃ。』


 瑠璃色、紺碧、そう呼ばれる美しく濃い青。

 そんな煌めく鱗に包まれた堂々たる竜が、ミュルグレスだった。

 フラガラッハよりも細く、東洋の龍に近いが大きな翼も持っている。

 確か、ケツアルコアトルがこんな姿で描かれることが多かったはず、とシルは記憶の中にあるイメージと重ね合わせる。

 その巨体が光に包まれたかと思うと、身長1mと少しくらいの人間の姿に変わる。


「妾はこの姿の方が好きなのじゃ。」


 その青いドレスに見を包んだ幼い見た目は、まさに美少女だ。

 ただ、カリバーンの話しでは、竜王の中でも2番目に長く生きているはずだ。

 シルの知識にはないが、合法のじゃロリババアと言う属性てんこ盛りな存在だ。


「む、何か失礼な事を考えておるのじゃ?」

『気のせいだ。俺は閃光竜シルヴェストル。』


 自己紹介として、いつもの説明とリズの紹介をする。


「ふむ、クラウ・ソラスも綺麗な姿じゃったが、お主もなかなかで将来有望なのじゃ。妾の(つがい)になるのじゃ?」

「シル様の妻は私なので駄目です!」

「先約がいるのなら正妻は諦めるのじゃ。だが(わらわ)(めかけ)でも構わんのじゃ?」

「んー、できれば独り占めしたいんですけど・・・シル様がそれを望むなら?」

『望まんわ! 勝手に色々と話を進めるな!』


 悪い方に調子に乗ったリズが2人いるようで、頭が痛くなる。

 人間の姿だったら、絶対に眉間を揉んでいただろう。


「閃光竜の(めかけ)として認めて欲しいのじゃ。そのために、妾も付いていくのじゃ。」

『付いて来るんじゃねえ!』

「照れているのじゃな? 可愛いのじゃ。」

『照れてんじゃねえ!切れてんだよ!』

「シル様・・・言葉がおかしくなってますわよ?」

『もうやだ。こんなのが竜王でいいのかよ。』

「竜王は寿命もなく、限りなく神に近い存在なのじゃ。長生きしすぎると、色々とおかしくもなってしまうのじゃ。」

『おかしいって認めるのかよ。』

「堕ちてしまうよりマシなのじゃ。」

『そうすると邪神に?』

「うむ。この世界に最初から悪しき神はいないのじゃ。ただ、あまりに長い時を生きたり、絶望したりして、邪悪に堕ちる神や竜王も稀にいるのじゃ。お主の記憶にある、邪神とか魔神、破壊神、悪魔といったものはおらんのじゃ。」

『だが、堕天使ならぬ墮神や墮竜はいると。』


 と言うか、なぜ俺の記憶を知っているのだ、この竜は。

 ツッコミたいが、それをすると惨状が酷くなるだけなのが想定されるので、ツッコむこともできない。


「安心せい、今はおらんのじゃ。だが、お主が真に創造神に呼ばれたのなら、そのうち神の1柱でも堕ちるのやも知れんのじゃな。」

『他に竜王も大精霊もいるから、態々(わざわざ)俺を呼ぶ必要はないと思うんだがな。』

「閃光竜に綺麗な魂を入れて、堕ちるのを予防しただけかも知れんのじゃ。」

『綺麗かな。十分汚れてると思うが。』

「綺麗というよりは、純粋であるが(はげ)しい、と言う感じかしら。言葉で表すのは難しいですけど。」

「そんな感じなのじゃ。優しいが苛烈。そして妾との夜は激しいのを所望するのじゃ。」


 シルは今、猛烈に欲しいと思えるものがあった。

 そう、紙製の張り扇(ハリセン)である。

 紙はまだこの世界で見ていない。

 確か木の繊維を溶かして漉いて乾かして作るはず。

 繊維だけじゃなくて、恐らく繋ぎとなるものも必要だろうが、細かいことはどうでもいい。

 ストレージから何かで入れた木の棒を取り出して繊維質に分解し、それを薄く並べて圧縮し紙にする。

 それを折り畳んで手にすると、思いっきり振り抜く。

 もちろん、本当に思い切りやったら紙の張り扇など一瞬で粉微塵になるので、そうならないように魔力を込めて保護した上で、である。


 スパーーーン!!


 軽快な、かつ鋭い音が鳴り響く。


 魔力を込めたとは言え、ただの紙だ。

 威力が、それも竜王にダメージを与えるほどの威力があるはずもない。

 しかし、ミュルグレスは頭を抱えて(うずくま)る。

 この世界に張り扇に関する知識はないはずだが、なぜこのようなお約束が通じるのか。

 恐らく、気にしたら負け・・・なのだろう。


「お主はそういう趣味なのじゃ? 妾はそうであっても受け」


 スパーーン!!


『もうそういうのいいから。』


 疲れ切ったようなシルの声が虚しく響いた。


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