帝国の街
ウォルジーの街から、帝国領との国境はすぐだった。
街道には関所が築かれており、国境線に沿って柵が作られている。
ただ、柵はずっと続くわけではなく関所付近の平原だけで、森や山の中からなら関所を通らずに国境を越える事も可能だそうだ。
もちろん、そんな場所を通る時点で命懸けだし、バレたら犯罪奴隷になる可能性もあるのだ。
関所では、獣人領と帝国それぞれの警備兵が、通行人の身元確認をしているが、2人は冒険者ギルドのギルド証があるので問題無く通行できた。
シルが姿を表した時点で、みんな慌てだすのは、もういつもの光景だが。
関所を抜けると、そのままフォルク雪原に向けて南下していく。
だいぶ寒くなってきたところに、大きな街があったので、そこで防寒具を揃えていくことにする。
街の名は、ヘルツェル。
帝国のヘルツェル辺境伯の領地の中で、中心となる街とのことだ。
帝都から最も遠い領地で、獣人領とも接しているため、ここは辺境扱いなのだ。
門番をしている警備兵が、少し重装備な気がしたが、王国とそれほど差はないようで、街中にはすんなりと入れた。
冒険者ギルドも、特に対応に差はなく、持ち込んだ魔物の解体依頼を受けてくれた。
その後、宿を確保した後に買い出しに出たが、街の大きさに相応しく活気があった。
大通りに並ぶ店も大きく、品揃えも豊富だった。
王国の街との違いは、建物の造りだろうか。
王国では、木造がほとんどだったが、ここヘルツェルでは石造りが多いようだ。
ただ、それは帝国だからと言うのではなく、王国よりも寒冷な気候がその要因だと思われる。
そんな街中で、リズのための防寒具を探して回る。
出来るだけ行動を阻害しないもの、と思って探しているが、どうしても防寒効果が高そうなものは厚手になり、動きにくくなってしまう。
見た目重視、と言うか単にリズが可愛さ故に気に入った白い毛皮のロングコートを選び、それに合わせた手袋等の小物類もまとめて購入した。
リズの使う矢や、防寒効果の高い寝袋、食料品を購入して宿に戻る。
宿に着くと、領主の使いだと言う男が、シルを待っていた。
「シルヴェストル殿ですな。我が主であるヘルツェル辺境伯が、ぜひあなたとお話しがしたいとの仰せで、夕食へお招きしたいとの事です。申し訳ないが、ご同行願えますか?」
『俺からは特に領主と話す事もない。断らせてもらう。』
「話しと言っても、挨拶程度で構いませんので、是非に。」
「お話くらいいいのでは? あまり揉めるとギルドにも話しがいって、更に面倒になるかも知れませんよ。」
『そうか、であれば致し方ない。案内を頼む。』
「はっ。有難うございます。では、こちらの馬車へどうぞ。」
男が合図をすると、すぐに豪華な馬車が現れ、乗車を勧められる。
促されるままに馬車に乗ると、男も乗り込んで発車を促す。
馬車の中は、それほど快適ではなかった。
使いの男は黙って座っており空気は重いし、揺れが思ったより酷いのだ。
シルをもリズもその揺れが不快で、馬車内に座ったまま浮遊により少し体を浮かせていた。
街中でもあるので、すぐに馬車は一際大きな屋敷に着いた。
馬車から降ろされ、案内に従って進むと、広い客間に通された。
「これは白竜どの。お越し頂き有難うございます。この地を任されております、ヴォルフ・ヘルツェルです。」
『シルヴェストルだ。お招きありがとう。』
「大したおもてなしは出来ませんが、まずはお掛けください。」
案内されて、豪華なソファにかける。
ソファに限らず、部屋の内装、調度品の悉くが豪華であるが、調和と言った考えは無いようで、とりあえず高価なものを揃えたと言う感じである。
そして、目の前に座っているヘルツェル辺境伯についても、それは同じである。
壮年といった年齢であるが、その目は覇気は無いがギラついた野望のようなものが見え隠れしている。
身なりも、豪華に見える布を使っているが、まとまりがなく、品もない。
一言で表すと、成金主義、であろうか。
そんな辺境伯の合図で、お茶とお家事が用意されて打される。
「お食事も用意させていますが、まずはお茶で寛いで頂ければ。これは帝都でも中々入手ができないものでしてな。」
高いお茶だと自慢しているようだが、それほどこだわりもないのでどうでも良い。
一通り話し終わると、辺境伯がお茶とお菓子に手を付ける。
毒味のため、招待者がまずは口を付けるのだと、お茶を用意してくれた仕えが説明してくれる。
まあ、貴族のルールなんぞ知らんでしょ、説明してやるよ、ってことだ。
残念ながら、シルもリズも、高級なお茶の違いは分からなかった。
「此度は、白竜殿はこちらへはどうして。」
『依頼で雪原に用があってな。その準備のためにたまたま寄ったのがこの街だ。』
嘘である。
だが、馬鹿正直に竜王に会うためと説明する必要もない。
「然様でしたか。雪原は危険な魔物も多く出ましてな。それ故ここも辺境等と呼ばれておりまして、武勲を立てた者がこの地の領主として派遣されるのです。」
自分は武勲によって皇帝から認められたものだ、と自慢したいのかな。
『さぞかし、立派な武勲をあげられたのだな。』
「いえいえ、大した事はおりません。如何せん、先程も言ったようにこの辺りの魔物は他と比べて少々手強くてですな。例えば、雪原の方から稀にくるホワイトベア等は、上級にある冒険者でないと危険と言われる魔物でしてな。」
ああ、確か今日リズに買った白いコートにも使われていたはずだ。
他にも色々と、この周囲に出る魔物について、連連と言っているが聞き流しておく。
「と言うことでしてな。ぜひこの地で白竜どのの力を借りれないかと。」
まあ、そうなるか、という感じだ。
しかし、ウォルジーでレオから受けた勧誘と違い、非常に嫌な感じだ。
決して、猫耳モフモフとおっさんの違いによる贔屓ではない、と思う。
『お断りさせて頂く。依頼の旅の途中でもある。』
「そこを何とかなりませんでしょうか。」
『くどい。断る。』
「では、仕方ないな。素直に言う事を効けばよいものを。」
『なに?』
ガチャンと言う音を立て、リズが茶器を落とす。
どうやらお茶に一服盛られたようだ。
麻痺だけで、特に命に別状は無さそうなので、とりあえずリズはそのままにしておく。
麻痺耐性を覚える機会かも知れないし。
『お前、何をした。』
「ただの痺れ薬だ。だが、お前はどうして平気だ。」
『麻痺なぞ意味はない。覚悟はできているだろうな。』
「ふん、準備もなくこんな、危険な真似ができるか。」
部屋に何人か重装備の兵とローブの男が入ってくる。
騎士と思われる兵が、抜刀しこちらに刃を向ける。
魔法使いと思われる男は、何かの道具を持っていて、いつでも詠唱できるように構えている。
『何のつもりか知らんが、そちらが先に手を出したのだからな。』
「強がっていられるのかな。周囲で魔法は使えなくしてある。大人しく俺に隷属されていろ。」
ローブの男が持っている道具の一つが、魔法を使えなくなる結界を作っているらしい。
『お前ごときに従う謂れはない。』
本当に使えないのかな、と魔術を使おうと魔力を寝るが、放出した途端にそれが掻き消されてしまう。
ならば、と今度は桁違いの魔力を一度放ってみる。
「うわっ。」
叫び声とともに、爆ぜるようにして壊れてしまった魔道具を、男が投げ捨てる。
『脆いな。この程度の魔力で壊れるとか。魔術を使うまでもなかったぞ。しかし、その魔力を打ち消す、と言うのは参考になった。こうかな?』
壊れた魔道具を、投げ捨てた男が火球を作っていたので、先程の感覚をもとに魔力を掻き消すイメージで、魔力を放つ。
詠唱が終わりそうで、ほぼ完成に近い状態だった火球がフッと消失する。
「なに!?」
男が焦って再度詠唱しようとするが、待ってやる義理も必要もないので、さっと後ろに周り、手刀で意識を刈り取る。
手ではなく、前脚なので手刀と言ってよいのか悩ましいが。
そのまま、騎士風の男が構えている剣を全て叩き折った上で気絶させ、ローブの男からは道具を奪ってから気絶させる。
ゆっくりと辺境伯の元に赴き、抜いていた剣を奪った上で、地に伏せさせる。
リズが麻痺から回復する気配がないので、光魔術で治しておく。
リズに全員縛り上げてもらうためだ。
『さて、どうしてこんな事を、と聞いておくべきのかな。』
「お前の強さを手に入れれば、俺の地位は更に盤石なものになる。」
『言う事を聞くと思ったのか?』
「魔法さえ使えなくすれば、後は押さえつけて隷属の首輪を付ければ、お前は俺の言うことを聞くしかなかった。そのはずだったのだ。」
『へえ、これはそんな魔道具なんだ。もし、これをお前に付けたらどうなるのかな?』
シルは、隷属の首輪を手で弄びながら、ヘルツェル辺境伯に問い掛ける。
人間のままだったら、さぞかし嫌らしい笑みを浮かべていたのだろうが、残念ながら幼竜ではそれはサマにならない。
「おいバカやめろ!」
『どうも辺境伯様は、お貴族様なのに口の利き方を知らないらしいな。』
「・・・! 申し訳ありません。それは何卒ご容赦を。」
先程までの偉そうな態度は消え、大貴族としての矜持すら捨て去り、冷や汗をかきながらもひたすら平身低頭だ。
『じゃあ、これは勘弁してあげよう。こんなの付けていたら、周りからバレバレだしね。あと、これにかけられてる魔術はだいたい理解できたから、それを参考に少し魔術をかけさせてもらう。』
「そ、それは・・・。」
『大丈夫。隷属なんて大層なものじゃない。ただ、決して逆らえない、害意を抱くことすらできないだけ。』
「それは隷属と変わらないのでは・・・。」
『俺がお前なんか従える訳ないだろう? そんな面倒なことしないよ。』
言うと、シルは闇魔術を使い、隷属の首輪と同じような効果を持つ精神支配述を、ヘルツェルに、向かってかける。
念の為、そこにいる騎士や魔法使い達にもだ。
『どう? 特におかしな所はないか?』
「はい、ありません。」
『よし、それじゃ帝国内に俺に二度と手を出さないように、帝都から各所に指示を出すよう手配を。』
「確かに、承りました。」
ビシィッ!と敬礼を皆が返す。
『あとおまけ。これからは、民にも臣下にも優しい、そんな領地経営をするようにね。ただし、帝都から目を付けられない程度に。あと、獣人領地に無闇に手を出さないようにね。』
「心得ました。」
『じゃ、よろしく。リズ、宿に戻ろうか。』
「あ、はい。」
リズもあまりの出来事に放心気味だ。
かくして、ヘルツェル辺境伯による、白竜捕獲作戦は何事も無く終わった。
おまけとして、この辺境の地が住みやすい街として繁栄していく事になったのだった。




