風の谷のフラガラッハとガルーダ
風の谷、それは無秩序に風が吹き荒れる峡谷で、人が立ち入ることは滅多にない。
それが、風の竜王である暴風竜フラガラッハが住む場所とされている。
そもそも、その谷は切り立っており、暴風も相まって、降りることはままならない。
と言う事で、シルとリズは谷の端を探し、そこから谷底を進むことにした。
シルだけなら、結界を張りながら飛んで降りることも出来たかも知れないが、リズもいるので安全策を取らざるを得なかった。
谷底にも魔物は当然いる。
入り口付近はオーク及びその上位種が多くいたが、奥に向かうに連れて、その生態系の様相は異なってくる。
途中から、バジリスクやラプターと呼ばれる爬虫類のような魔物が増えてくる。
バジリスクは石化攻撃が厄介だし、ラプターは口から雷球を放ってくる上に爪や尾による攻撃も脅威だ。
その上これらは群れでの行動が基本なので、戦闘となるとどうしても同時に多数を相手にする必要がある。
なお、バジリスクからは【石化無効】と【石化攻撃】のスキルを、ラプターからは【雷耐性】のスキルを得ることができた。
更に奥に行くと、飛竜の群れが住んでいる。
風が吹き荒れる谷の中を自在に飛び回り、空中から噛みつきや尾による攻撃を、集団でしてくるのだ。
見た目は竜だが、その力は竜に満たないとして、竜族からは竜族として認められていない。
飛竜の行う上空からの攻撃は、飛ぶことができないものは非常に面倒な相手だが、シルの放つ真空の刃や、リズの放つ矢はそんな風などなかったかのように飛竜に吸い込まれていく。
飛竜の皮と鱗とは、かなり高値で買い取ってもらえるため、2人にはお小遣いが自分からやってくるようなものだった。
それと、シルは【高速飛翔】のスキルを、飛竜の肉から覚える事ができた。
谷がピラート山脈とぶつかる場所、その崖の中腹にフラガラッハの住まいである洞窟の入り口はあった。
リズが登るにはきつい斜面であったので、シルが気合を入れてリズを伴って飛ぶことになった。
背中に乗れる大きさではないので、脚につかまってもらって飛んだがキツかった。
しかし、重いとはとても言えなかった。
入り口近辺は飛竜の巣になっていたので、その殲滅は骨の折れるものであったが、洞窟という状況では数の利は生かせず、順番に狩られるだけであった。
それより厄介だったのは、その奥に生息していたウインドバットと呼ばれるコウモリだった。
音波による混乱攻撃により、リズが乱発する魔法が厄介だったのだ。
警戒していても、コウモリ達は感知を避けて潜む能力があるらしい上に、音波と言う遠隔からの攻撃のため、なかなか回避が出来なかった。
混乱は、殴られたりすることで治すことができるのだか、シルの攻撃は手加減しても半端ないものだ。
最初は、シルの闇魔術で眠らせることで被害を抑えたり、光魔術で混乱を治癒したりしていたのだが、何度も混乱させられるうちにリズが【精神支配耐性】を得たのと、それにより生まれた余裕から、風魔法による防壁を張ることである程度防ぐことができるようになった。
その奥には緑竜がいたが、地竜のように攻撃されることはなく、最奥に案内してもらえた。
暴風竜フラガラッハ。
エメラルドグリーンに輝く姿が美しい竜族である。
カリバーンに比べて、少し細くスッキリしているように見える。
『よく参られたな、光の。』
『閃光竜シルヴェストルだ。先代のクラウ・ソラスは失敗したらしく、記憶が引き継がれていないので、本当にヒヨッコだ。』
『クラウ・ソラスに何が起こったのじゃろうな。そなたは生まれたばかりの割に確りとしとるようじゃな。』
『異世界からの転生なんだ。カリバーン曰く、創造神から何かの使命が与えられているはずらしいんだが、生憎と何も聞いてなくて。』
『さすれば、いづれかの神から神託なりがあろう。』
『何すればいいのか分からんのも困りもんだけどね。あ、こちらはエルフで月の氏族長の妹、エリザベト。』
「フラガラッハ様、始めまして。エリザベトです。よろしくお願いいたしますわ。」
『ふむ、なかなかの実力のようじゃ。光のを助けてやってくれ。』
「とんでもありません。いつも私がお世話になっていますわ。」
『この後はガルーダの所へ行くのじゃろう? ここを、出てすぐ上の山に行けば、微精霊が案内してくれよう。その後は水か?雷か?』
『先に水の竜王の元に行こうかと。』
『そうか、寒い所故、気を付けてな。奴は凍結湖にある島の地下におるはずじゃ。』
おお、凍結湖!
オブシダンソードは手に入るのかな。
「それはまた寒そうですわね。帝国領には行ったことがありますが、フォルク雪原には行ったことがありませんわ。」
『竜族ならなんともないが、そなたはきちんと防寒するようにな。近くの街であれば用意することもできよう。』
滞りなく挨拶を済ませて、フラガラッハの元を去る。
魔物を蹴散らしながらも洞窟の外に出ると、再びリズを連れて飛翔する。
ヒイヒイ言いながら山の上に到着すると、リズが申し訳無さそうにしていた。
『リズが重い訳じゃなくて、体が小さいせいだからね・・・?』
「慰めの言葉は必要ありません・・・。」
元気が出ないようなので、抱き着かせてやると、途端にニコニコしだした。
機嫌がよくなっただけなのか、嵌められたのか、それはリズのみが知ることである。
魔力感知をすると、今回はすぐに微精霊が見つかった。
付いていくと、崖に囲まれた広場のような場所に出た。
そこで待っていたのは、小さな人型で背に蝶のような羽根を持つ妖精のような精霊と、羽毛に包まれ、手の代わりに鳥のような翼を持つ半ば人型の精霊だ。
『よく来たな、光の竜王。ワタシがガルーダ、これがシルフだ。』
シルフと呼ばれた精霊が、ペコリと頭を下げる。
名前も見た目の通り、妖精のものになっているようだ。
『閃光竜シルヴェストルだ。』
いつものように、自己紹介とリズの紹介を済ます。
ガルーダは、リズが気に入ったようだ。
『アンタいいねえ。かなり濃いんじゃないかい?』
「氏族長の一族なので、濃い方なんでしょうか?」
『いや、もっとだねえ。長老どもより濃いよ。先祖返りしてるのかい? 少し視せてもらうよ。』
ガルーダが、リズの中の魔力を視ているようだ。
『なるほどね、アンタはハイエルフになれるよ。もっと位階を上げな。』
「ハイエルフですか?」
人の中でも精霊に近いと言われる存在のエルフだが、その中でもより神に近い存在、それがハイエルフらしい。
現在のエルフの里にはおらず、もう数百年も現れていないそうだ。
『とは言え、アンタは飛べないよね。試練どうしようかな。』
「飛べないと駄目なんです?」
『ああ、だからアンタは簡単なのにしておこうか。』
言うと、ガルーダは上の山から、風の刃で大きな岩を切り出して、近くに落とす。
『これを風の力で粉砕すればいいよ。簡単なもんだろ?』
岩とは言え、見た目からは金属を含んでいるのか、かなり硬質なように見える。
そんなものをあっさりと切り出してきたのは、さすがは風の大精霊だろう。
「分かりましたわ。それじゃちょっと様子見で・・・」
風で真空波を作り出して、それを叩き付けるが、少し傷をつけるくらいで掻き消されてしまう。
「この程度じゃ当然だめよね。次は本気で。」
リズは、時間を掛けて練り上げると、小さいが風の回転の早さが凄まじい竜巻を作り出す。
さらに、その中に無数の小さな真空の刃を作り出すと、竜巻を一気に上空に打ち上げる。
それを、上空で折り返させて岩に思い切り叩き付ける。
巻き上げられた砂塵がおさまると、そこに大岩は跡形もなかった。
『綺麗な顔して、やる事はなかなかエゲツないじゃないの。さすが竜王のお供をするだけのことはあるじゃない』
「あら、シル様の綺麗なお嫁さんだなんて、照れちゃいます。」
『言ってもない事が混じってるぞ。』
また、さり気なく事実でないことが混ぜられている。
『アンタには、あとでいいものあげるわね。試練自体はシルヴェストルが受かったら合格にしてあげる。』
「ありがとうございます。シル様頑張ってくださいね!」
『それじゃ、シルヴェストルはちゃんとした試練をやるからな。ついて来な。』
ガルーダは、フワリと上空まで浮かび上がるので付いていく。
『正面と左右に高い山があるのが見えるかい。あの山の頂上を順に回って、ここに先に戻って来た方の勝ち。勝たなくてもいい勝負できたら、試練は合格にしてやるよ。』
『ああ、いいよ。飛ぶ速さが試練ってことだな。』
『速さだけじゃなくて、綺麗に曲がれるかも大事だよ。左、右、正面の順に回るんだよ。山頂の上にシルフを置いておくから、その外側を回るんだよ。』
『わかった、それじゃやろうか。』
開始の合図は、シルフがやってくれる。
姿を消したらスタートのようだ。
シルもガルーダも、消えた瞬間に弾丸のように飛び出す。
どちらも最初からトップスピードのようだが、僅かにガルーダの方が速いようで、徐々に差が出てくる。
少し引き離された状態でターンをするが、空中での制御もガルーダの方がうまいようで、更に差が広がる。
何とか速度を上げたいが、これ以上は上げることがでなきない。
そこで、目の前に円錐形の真空を作り出して空気抵抗を最低限に減らしてみる。
これで速度はほぼ同じになったのか引き離されなくはなったが、追い付く事もできない。
次の右の山のターンで、曲がらずに曲がりたい方向に向けて空気弾を自分に向けて勢いよくぶつける事で、ロスを最低限にして強引に曲がり切る。
これで少し差を詰め、次の正面のターンでも同様に強引に曲がり更に差を詰める。
あと少しの差だが、もうターンはない為に差を詰めることができない。
最後に、シルは更に後ろから自分に空気弾を何度もぶつけてさらに速度を上げ、徐々に追い付き、追い越す。
僅差で追い越されたガルーダは、焦るがこちらも速度は、上げられない。
最後のゴール直前で、ガルーダは何らかの能力で瞬間的に速度を上げて追い越し、先にゴールする。
『すごいね、瞬足まで使わせるとは思わなかったよ。』
『勝ったと思ったんだが、最後にまだ隠し玉があったか。』
『しかしまあ、ボロボロじゃないのさ。』
何度も自分に風の攻撃を当てているので、シルはかなりのダメージを受けている。
下に降りると、その姿にリズに驚かれ、心配された。
シルは自分に回復をかけて癒やすとともに、その際に剥がれて落ちた鱗を回収しておく。
「鱗をどうしますの?」
『売ってもいいんだけど、リズの防具を作れ無いかなと思って。』
その一言を聞いたリズは、満面の笑みを浮かべて、シルに抱き着いている。
『あー、仲良いのはいいんだが、いいかな?』
『ああ、悪い。リズ、離れてくれ。』
「はい、すみません。」
人?前ではしゃいでしまった気恥ずかしさで、顔を真っ赤にしている。
『ほれ、いくよ。』
シルとリズの手に触れると、風精霊召喚と風魔法の知識を2人に流し込む。
『それと、さっき約束したご褒美だ。』
さらに、リズに向けてガルーダからイメージが流れ込む。
『これが【飛翔】スキルだよ。翼がないから飛べないが、浮くくらいはできるはずだから、シルヴェストルにつかまっても楽に飛べるようになるはずだよ。』
「ありがとうございます。これでシル様と飛べるんですね。」
『ああ、おも』
途中まで言いかけて、リズの視線で失言しそうになったことに気付き、口を噤む。
もちろん、視線を向けられた時点でバレており、手遅れな訳だが。
『ありがとう、ガルーダ。』
さも、何事もなかったかのように取り繕うが、効果はイマイチだ。
『それじゃ、気を付けてな。アンタも色々と頑張ってな。』
意味ありげにリズにウインクしているが、なんだろう。
ガルーダの元を辞し、風の谷に戻っていく。
今度は、リズが【飛翔】で浮けるので楽に降りて行ける。
一度、ウォルジーの街に戻り、迷惑をかけた礼に、瑕が少なく綺麗な状態の飛竜の死体をいくつかレオニーナにあげたが、瞳を熱く潤ませる結果になってしまったようなので、またすぐに街を出ていくことになった。




