獣人の王
リズの案内で森を抜け出ると、そこは既に獣人領であるらしい。
とは言え、当たり前のことだが、そこにある風景は、シャルワリエ王国のものと特に変わりはなかった。
アルベルトのアドバイスもあったので、街や街道を避けて風の竜王がいるとされる風の谷へ向かう。
しかし、街道のように大きくなく森を抜ける道を往く怪しげな馬車の一行を見かける。
護衛は冒険者より張り詰めた雰囲気でピリピリとしており、馬車の中には弱った人の気配が感じられる。
『盗賊ではないのか?』
「恐らく奴隷狩り、つまり人攫いでしょうね。」
王国ではほとんど見かけなかったが、この世界では奴隷が合法であるらしい。
奴隷には借金奴隷と犯罪奴隷があり、どちらも食事等最低限の権利が保証されていて、暴行等の不条理から保護されているらしい。
借金奴隷は、例えるなら自己破産した人のためのハロワのようなもので、貴族や富豪、職人のための下働きなどをすることで、借金の返済をすれば開放されるらしい。
返済後も、働いていたところで実力を認められれば、そのまま雇用継続されることもあり、特に抵抗なく利用されている制度のようだ。
犯罪奴隷は、懲役刑のような感じで、土木工事や鉱山での労働等、一般的に避けられやすい過酷な労働に就くことになる。
刑期が終わった後は、少ないとはいえ、その労働した期間の賃金も貰えるそうだ。
ただ、犯罪奴隷は比較的軽い犯罪に対する刑罰であり、凶悪犯は死刑だそうだ。
凶悪犯に対する更生などは、よほどの事がなけれは考慮されないらしい。
これらはあくまで合法的な奴隷の話しである。
合法があるなら当然ながら違法もある。
違法奴隷は、地下で取引されていて明るみに出ないもので、その扱いは暴行や性奉仕に留まらず、殺されることも珍しくない。
そして、獣人やエルフは、その珍しさから違法奴隷を扱う犯罪者からよく狙われると言う事だ。
いま、シルの前でこそこそと、進んでいる馬車と護衛は、その違法奴隷を捕まえるための奴隷狩りのようだ。
『さすがに捨て置けんな。リズは隠れていろ。』
「私も大丈夫ですけど・・・今回はお任せしますわ。出来るだけ殺さずに、で。」
『ああ、捕まっているものに危害が及びそうなら助けてやってくれ。』
そう言い残すとシルは飛び上がり、迂回しながら奴隷狩りの向かう正面に回り込む。
『お前ら止まれ。命が欲しければ投降しろ。』
シルは呼びかけるとともに、威嚇のために無数の石槍を浮かべる。
「なんだてめえ・・・竜だと?」
「なんで竜が?」
「構わねえ、コイツを狩れば高くうれるぞ!」
(狩れれば、な)
シルは、奴隷狩りの頭と思われる者、腕の立ちそうな者から順に石槍を撃ち込んでいく。
殺さぬよう、あと街まで連行するのに邪魔にならぬよう、主に腕に石槍を当てて、行動出来ないようにしていく。
途中から逃げようとする者も出たが、石槍は問題無く撃ち倒していく。
すぐに全員が動けなくなっていた。
『リズ、捕まっている者の無事を確認してくれ。』
「分かったわ。」
シルは奴隷狩りを集めて縛っていく。
盗賊狩りで慣れたもので、手を振る後ろ手に縛り付けた上に、首に縄を回して繋げていく。
これで縄を引けば、全員を引いていくことができるのだ。
シルの捕縛が終わる頃には、捕まっていたものも馬車から降ろされ、縄も解かれていた。
ほとんどが獣人のこどもだが、人族のこどもも混じっている。
「これで全員ね。」
『仕方ない、街まで送るしかないな。』
「そうね、その前にご飯をあげましょうか。」
リズが大きめの鍋を取り出し、肉と野菜のスープを作り出す。
シルも水を出して、みんなに分けてやる。
『ゆっくり食べるがいい。食事が終わったら街まで送ってやる。』
こどもたちは、ようやく助かったことを理解し、泣きながらスープを食べている。
リズにあやしてもらいながら、なんとか食事を終えると、こどもたちを再び馬車に載せ、街に向かう。
もちろん馬車は、乗る前にシルの魔術で綺麗に洗浄済みだ。
リズに馬車を御してもらい、シルは奴隷狩りを連れて街へ向かう。
縛られた奴隷狩りの速度が遅く、時間がかかったが、2時間ほどで大きな街に出る。
獣人たちの都、ウォルジーだ。
◇ ◇ ◇
ウォルジーの街の門は、大変な騒ぎになった。
竜が来た。
それだけでも一大事なのに、奴隷狩りを捉えて、捕まっていたこどもたちを保護してくれていたのである。
門番により、すぐに役所の文官が呼ばれる。
順次こどもたちの身元確認がなされ、親が呼び出されていく。
その間に、シルとリズは警備兵の隊長に、事の次第を聞かれ報告している。
とは言え、通りがかったところに出食わしただけなので、あまり話す事もないのだが。
その後は、親たちからひたすらお礼を言われた。
奴隷狩りに捕まったこどもが無事に帰ってくることなぞ、そうそう無い事だ。
親としては、感謝してもしきれないだろう。
それが落ち着くと、再び警備兵の隊長に声をかけられた。
奴隷狩りの報奨金を渡されるとともに、この街の領主である王から、お礼のためにぜひ館に来て欲しいとの誘いであった。
断る訳にもいかず、警備兵の案内で、領主の館に向かう。
館に通されると、客間に通されて待つように言われる。
まだ王は執務中のため、すまないが待ってほしいとのこと。
その代わり、今日は晩餐をともにと言うことだった。
『どうしよう、俺はマナーとか知らないぞ。』
「カトラリーが使えるから大丈夫だと思いますよ。細かいことを気にする方なら、普通は側使えがついて説明してくれますし。」
『とは言えな・・・』
「竜なんだから、そのまま齧り付けばいいじゃないですか。」
他人事だと思って、リズはクスクスと笑っている。
緊張しながら待っていると、執事らしい燕尾服に身を包んだ男性が部屋にノックをして入ってきた。
背を伸ばし綺麗な所作は見事であるが、目を引くのはその顔である。
青み掛かったグレーの髪で、顔は狼のようで凛々しい。
「お待たせ致しました。王の準備が整いましたので食堂までご案内します。」
「ありがとうございます。行きましょうか、シル様。」
「シル様?」
『ああ、すまない。不躾に見てしまったな。』
「申し訳ありません。何か、お見苦しい点がありましたか。」
『いや違う。見事な所作と凛々しい姿に、見惚れてしまってな。』
「王にお仕えする身として、まだまだ至らぬ身には過分な評価でございます。」
『謙遜なさらずとも。さぞかし立派な王なのであろうな。』
「・・・お客様自らの目でお確かめください。では、どうぞこちらへ。」
微妙な反応に疑問が残る。
が、気にしても仕方がないので、大人しく食堂まで付いていく。
「どうぞ、こちらでございます。」
誘われるがままに、開かれた扉の奥の食堂に入る。
質素ながらも、素材を活かした家具や調度品により飾られた落ち着いた部屋。
そんな素晴らしい部屋で待っていたのは、王であるはずだった。
「おう、よく来てくれたな。オレの街の者を助けてくれたそうじゃねーか。」
そんな乱暴な言葉遣いで出迎えたのは、まだこどもではないかと言う見た目の黒っぽい猫の獣人であった。
黒っぽいが、僅かに縞模様が見えるので、キジトラだろうか。
毛並みは美しいが、見た目はまだ15歳ほどのように見える。
『招待頂いたので、お邪魔する。白竜のシルヴェストルだ。』
「お招き頂きありがとうございます。リズです。」
「お堅い挨拶は要らねーよ。オレはレオニーナ。レオでいい。よろしくな。」
『さすが武で立った王。剛毅な方のようだな。』
「お恥ずかしい限りです。何度も王には振る舞いを正すようお願いしておりますが、なかなか。」
礼儀正しい狼人の執事の心労が察せられる。
『貴族相手ではない。気を遣わなくても構わぬぞ。』
「おう、話が分かる奴でよかったよ。それじゃメシにしようか。」
レオの合図で、食事の準備が始まる。
シルの席には、椅子の上にちゃんと台が用意されているあたり、狼人の執事は出来る男のようだ。
食事は、いい素材を使っているのか、シンプルながらも非常に美味しかった。
肉ばかりであったが。
『肉ばかりなのは、獣人だからなのか?』
「竜ならば、食べるのも肉かと思ったけど違ったか?」
「レオニーナ様が肉しか食べてくださらないからです。申し訳ありません。」
「セバス! 余計なことは言わない!」
「余計なことではありません、お嬢様。」
こちらを、置いてけぼりにして、王と執事がやりあっているが、驚きなのは執事の名前が、セバスチャンらしいと言う事だ。
いや、セバスとしか呼んでいないので、違うかも知れないが。
「シル様、何を驚いてるの?」
『向こうでは、執事と言えばセバスチャンなんだ。なぜかは知らないが。』
「そうなの? 偶然とは言えすごいわね。でも、恐らくセバスチャンではなく、セバスティアンよ。」
「はい、リズ様の仰る通り、私の名はセバスティアンです。申し訳ありません、名乗るのが遅れました。」
なぜ出来る執事はセバスチャンなのだろう。
彼はセバスティアンだそうだが、恐らく言語の違いによる読み方の差異だろう。
マイケルと読むか、ミカエルと読むか、ミヒャエルと読むか、ミハイルと読むか、そんなやつだ。
『いやいや、他家の執事に必要もないのに名を聞くのも失礼だしな。』
「お気遣い恐れ入ります。」
「うちのセバスに気遣いなんて要らねーぞ。それより、シルヴェストルに聞きたい事があるんだが。」
「お嬢様、竜であるシルヴェストル様を呼び捨てはよろしくないかと。」
『ああ、別に気にしないでくれ。あまりに失礼なら、どちらが上かは体で分かってもらう事になるが。』
「お、おい、オレみたいな小娘の体が趣味なのか・・・?」
『なぜそうなる。体で言えば俺の方が幼いのだが。そもそも俺は竜だ。』
こっちは0歳なのにロリ扱いとか勘弁して欲しい。
中身は40すぎだがな。
「あ、それもそうか。それより、シルヴェストルは強いんだろ? オレと手合わせしてくれよ。」
「お嬢様、お客様に対して失礼です。自重してください。」
『別に、命を落とすだけの覚悟があるなら構わんぞ。もちろん手加減はするが。』
「んだとっ! 手加減なんて要らねーってこと分からせてやるよ! 表に出ろ!」
『食事中だ。明日にしろ。』
「そうだな、確かに。ちゃんと食わねーと勿体無いな。」
「申し訳ありません、シルヴェストル様。恩人でもお客様でもあるのに、お嬢様がご迷惑をおかけして。」
『大丈夫だ。おいしい食事を味合わせてもらって礼もある。』
「そう言って頂けると助かります。」
「結局、兄様の心配した通りになりましたね。」
『まぁ、これくらいいいだろう。』
その夜は、結局レオの屋敷に泊めさせてもらうことになった。
もちろんリズと同じ部屋で。
◇ ◇ ◇
翌朝、朝食もご馳走になった後に、訓練場で手合わせをする事になった。
「オレはこの爪が武器だからこのままでいい。シルヴェストルはどうする?」
『俺は武器を使っても無手でも、どちらでもいいぞ。』
大太刀を取り出して見せ、レオに確認する。
「どっちの方が強いんだ?」
『なしの方だな。』
「じゃ、なしでやってくれ。」
『分かった。』
大太刀を収納し、浮遊をやめて地面に降りる。
『いつでもいいぞ。』
シルのその一言を合図に、レオが一気に攻撃に出る。
かなりの速度で近付いたと思ったら、シルの横に回り込み、爪を素早く振るう。
シルは軽く躱すが、躱したはずの爪による衝撃を前脚に受け、後ろに飛び退る。
『ふむ、言うだけの事はあるようだ。』
「なんであれを受けて平気なんだよ。」
『硬いから?』
「無茶苦茶だな。」
軽口を叩いているが、その間もレオの爪の襲撃は続いている。
レオは素早い身のこなしで、左右から自在に攻撃を繰り出すが、シルもそれを見極めた上で確実に躱していく。
「くそっ、当たらねぇ。」
『そりゃ一度不覚にも当てられたからな。』
「仕方ねえ、もう一段あげるぞ。」
その一言でレオの雰囲気が変わる。
『最初から本気出せばいいだろうに。』
「うるせえ!いくぞ!」
更に早くなったレオから、凄まじい連撃が繰り出され続ける。
シルもさすがに回避しきれなくてなってきたので、避け切れなないものを爪で受ける。
『これが限界かな? それではこちらも行くぞ。』
言うと、シルはレオの動きに合わせて、レオの背後に周り、しっぽを叩き付ける。
吹き飛ばされたレオは、空中で身を立て直し、着地とともに真正面から爪をつきだす。
シルはそれをかわして、体当たりで再度レオを飛ばす。
今度は受け身を取れず、地面に叩きつけられる。
レオは再度立ち上がろうとするが、そのまま崩れ、伏してしまう。
『無理をするな。ほれ、治してやる。』
シルがレオの側まで行き、魔術で回復してやる。
動けるようになったレオは、仰向けになり大の字になる。
「オレの負けだ、つえーな。」
『こんな形でも竜だからな。』
「じゃ、今からシルヴェストルがここの王な。」
『断る。人の世の統治には関与しないのが理だ。』
「だめか、それなら今からオレがシルヴェストルの妻だ。」
『それも断る。番は要らぬ。』
「じゃあオレは何をやればいい?」
『何も要らぬ。強いて言うならここをよく統治して善政を行なえ。あと、良かったら少しモフらせろ。』
「は? もふ?」
通じなかったようだが、シルは構わず頭の上の猫毛や耳をモフる。
「あ、いや、やめ・・・」
レオは抵抗する隙きも与えられず、一方的にモフられ、顔を真っ赤にする。
「シル様、獣人の耳を触る意味分かってませんよね?」
リズがジト目で見ながら責めてくる。
『あれ、もしかしてまずかったか?』
「とてもまずいです。耳と尾は家族にしか触らせないものです。その意味は分かりますよね?」
バッと飛び退り、慌てて誤解を解こうとする。
『すまん、知らなかったんだ。つい、以前飼っていた猫と同じようにだな。俺は竜だしなかったことに・・・。』
「うう・・・無かった事にしといてくれ。何も、無かった!」
涙目になっているレオに、何とかなかったことにしてもらえた。
リズとセバスの視線が痛いが。
結局その後も平謝りしたが、何もなかったのだから謝るなと叱られてしまう。
レオの視線がやや熱くなっている感じがして、身の危険を感じたのでレオの屋敷を辞することにする。
「私がちゃんと説明しておかなかったのも悪いですけど、明らかにシル様が悪かったですからね。嫁にしないと言いつつ、一方的に辱められて、途中からレオちゃん、完全に恋する乙女の顔でしたよ?」
『すまない・・・そんな気は欠片もなかったんだが・・・猫を見ると撫でたくなって・・・。』
「自重してください!」
『はい・・・。』
竜王の尊厳もなく、リズに叱られながら買い出しをして、街を出ていくのであった。
リズに普段抱き着かれているので、本来なら叱られるのも理不尽なのだが、シルがそれに気付くことはなかった。




