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今度こそ魔法?

 冒険者ギルドに戻ってきたシルは、ギルド規約等の説明を受けていた。

 規約と言っても、難しいことはなく、法を守れといった一般常識などが多かった。

 ギルド会員同士の争いは禁止で、正当防衛のみが認められるのもありがたかった。


 戦争に動員される懸念もあったが、国からは独立しているのでそれもないそうだ。

 高位の冒険者は、動員がかかることがあるが、脅威の度合いが高い魔物が出たときくらいで、あとは依頼を受けるのも受けないのも自由。


 階級に応じて受けられない依頼もあるが、高位の場合は、低難度の依頼を受けたくても、低位の冒険者が優先されるくらいだ。

 シルは8級なので、全ての依頼を受けることができ、6級以下の依頼は他に希望者がいる場合に優先度が低くなる。


 シルは説明してくれた職員に礼を言い、受付を離れる。


 依頼内容が書かれた羊皮紙が貼ってある掲示板に向かうと、ジェイク達が声をかけてきた。


「シル様はこれからどうするんですかー?」

『行かなければならない所があるからな。落ち着いたら旅に出るよ。』

「撫でられなくなるのは寂しくなりますねー。ここに住んでもいいんですよ?」

「お前が原因でこの街が滅びそうだよ・・・」


 シルは苦笑するが、竜が苦笑しても伝わるのだろうか。


「俺たちは、王都に向かう街道にコボルドの群れが出没するそうなので、その討伐に行ってくるつもりだ。シル様には本当に世話になった。」

『何度も言うが、気にせずとも良い。フィックはあの槍は使えるようになったか?』

「まだ重くて、自在にとは行かない感じだねー。もっと鍛えないと。」

『位階が上がれば、うまく扱えるようになるだろう。精進せよ。』

「うん、せっかくもらった槍だからね。使いこなしてみせるよ。」

『だが無理はするなよ。生きていてこそだからな。』

「シル様もお気をつけて。」


 ジェイク達は、別れを告げると遠征準備のために買い出しに向かっていった。



 ◇ ◇ ◇



 シルが依頼を探そうかと動き出す前に、シルのもとを訪れたものがいた。

 魔法使いのリズである。

 ローブをすっぽりとかぶっており、その表情は伺いにくいが、楽しそうな雰囲気は伝わってくる。


「シルヴェストル様、今日はもうお時間大丈夫ですか?」

『ああ、用件は一通り片付いたので大丈夫だぞ。それと呼び方はシルで良いぞ。』

「分かりました。シル様とお呼びしますわ。」

『様は要らないんだが、まあ良いか。で、魔術についてか?』

「はい、魔術について教えてくださいませ!」


 今日は大人しいかと思っていたら、もう既に気が高ぶってきたのか、掴み掛からんばかりの勢いである。


『分かった分かった。では、街の外まで行くか。』

「はい、お願いします。」


 連れ立って街の外に赴く。

 今日は隊長であるカークは見当たらないので、非番か夜番なのだろう。


『さて、何から説明したものか。』

「まず、昨日何をしたのか教えてくださいませ。」


 興奮しているのか、竜だから気にしていないのか、矢鱈と距離が近くドキドキしてしまうが、それを悟られぬよう、平然を装って魔術でイメージしていたことを説明する。


「イメージしたことをそのまま実現するとか、色々とおかしくありません?」

『そう言われてもな。魔法は違うのか?』

「シル様は魔法は使えないんでしたね。簡単に説明して差し上げますわ。」


 お嬢様風な放し方を装っているが、いまいち成り切れていないのが気になるが、それを指摘するのも野暮なので、それを無視しながら説明を聞く。


 魔法は魔術と異なり、決まったことしかできない、という事のようだ。

 詠唱、起句と呼ばれる魔法名、魔法陣、この3つを覚えた上で、詠唱した後に起句を続ければ、決まった効果を表す。

 魔法陣は実際には覚える必要がない、と言うかその魔法を習得した時点で記憶に刻み込まれるのだそうだ。

 ただ、その魔法陣を知らないと詠唱しても発動しないので、初めて使う際には何らかの形で知っていないといけないのだそうだ。


 魔力を操る事で様々な事象を実現する魔術に対し、決まったプロセスを経ることで、決まった効果を実現し、代価として決まった魔力を消費する魔法。


 魔術は、新たなクラスを新しく定義するのと同じで、どんな結果をもたらすかも決められるが、どう処理をするのかをきちんと設計できる必要がある。

 その中で、物理や化学といった異世界である程度修得してきた知識が、基本ライブラリのような形で使えることで、シルは魔術を使う上でアドバンテージがある。


 対して、魔法は誰かが定義した追加ライブラリをそのまま呼び出して使う事で、期待された結果を得ることができるが、それをカスタマイズする事はできない。


 シルは元いた世界でしていた仕事の内容の一部になぞらえ、そう理解する。

 厳密には、シルはプログラマではなくプロジェクトマネージャだったので、あまり細かいことまで把握はしていないが、メンバーの成果物や業績を判断するために、原理を理解した上でソースコードを読むことくらいはできたのだ。


 かと言って、このシルの理解は異世界での知識をもとにしている、いわば異世界チートであり、そのままリズに説明することはできない。


 当然、説明だけでは理解してもらえないので、魔力操作を試してもらうことにした。

 聞いたところ、魔力操作スキルを持っていないらしいのだ。


 シルはストレージから1つ魔石を取り出す。

 1番大きなものを指定したので、恐らくレッサーバジリスクのものだろう。

 リズに意識を集中させた上で、魔石を手にしてもらう。

 最初は分からなかったが、徐々に魔力の流れを感じることができるようになってきたようだ。


 しかし、魔石なしで体内の魔力の動きを感知することは、やはり出来ないようだ。


『できるかどうか分からんし、出来ても不快かも知れんが試すつもりはあるか?』

「今のままでは難しそうなので、お願いしたいわ。」

『では、目を閉じて意識を魔力に集中し、両手を前に出してくれ。』

「目を閉じてるからといって、いやらしい事しちゃダメよ?」


 真面目にやっているかと思ったら、余裕があるのか、からかってくる。


巫山戯(ふざけ)るのならやめるぞ。だいたい竜の俺がなぜ人間にそのような・・・』

「冗談ですわ。これでよろしい?」

『まったく・・・』


 ちゃんと目を閉じて、手を出してくるリズに合わせて、シルも高さを合わせて前脚をリズの指に触れる。


『これから魔力を流す。無理だと思ったら手をすぐに離せ。』


 右前脚から魔力を流し込み、左前脚から同じだけ魔力を吸い出す。

 更に、リズの体内の中を魔力を巡らせることをイメージし、魔力が貯まっている場所を探る。


「ん・・・」


 慣れない感覚にリズが悩ましい声をあげるが、ここで動揺してはまたからかわれるので、心を鎮めて集中する。


 リズの体内の魔力を意識して探っていると、どうやら心臓のあたりと臍のあたり、つまり丹田と呼ばれるところに魔力が貯まっているようだ。


『魔力の流れを感じるか?』

「はい、手から入った魔力が体内を巡ってまた手から出ていってる感じがするわ。変な感じね」

『それで良い。自分の中で魔力が多くある場所は分かるか?』

「心臓と・・・お腹かしら。」

『ああ、それで合っている。そこに意識を集中しろ。手を離すぞ。』


 リズの体内の魔力に意識を集中しながら、そっと手を離す。

 一度ゆっくりと止まりかけたが、再び体内を巡りだす。


『うまくできたようだな。』

「ええ、自分の中にある魔力を感じることができているわ。」

『その感覚を忘れぬよう、しばらくそのままで。だが無理はするな。』


 暫く目を閉じていたリズが、ゆっくり目を開き、疲れた息を吐く。


「すごく疲れるわね、これは。」

『慣れてくれば意識することなく出来るようになる。焦らずともよい。』


 一発でうまくいくとは、シルも想像していなかった。

 リズの魔法の才は、確かなものなのだろう。


『リズ、お前実力を隠しているのか? 本気を出せばまだ上の階級になれるのだろう?』

「さて、どうかしらね?」


 ふふ、と意味ありげに微笑むリズは、色々と秘密を隠しているようだ。


「シル様こそ、本当は幾つなのかしら?」

『なんのことだ?』


 動揺は隠したつもりだが、隠して通せただろうか?


「見た目は幼い竜だけど、魂が経た年数はもっとありそうなのよね。」

『それは俺の知識や話し方からではないのか?』

「それじゃ、私も1つ秘密を教えてあげるわ。」


 リズはローブのフードを動かし、さらに頭部に巻いていた布地を取る。

 少しグレーがかった綺麗な銀髪から飛び出していたのは、長く尖った耳だった。


『なんだ、綺麗な顔を自慢したかったのか?』

「あら、ありがとう。でも意地悪ね。」

『動じないのだな。エルフである事は隠しておきたいことなのか?』

「王国では別に平気なんだけどね。帝国では面倒で隠してたからそのまま隠し続けているの。」


 カリバーンから、帝国では人族以外は、奴隷など迫害を受けていると聞いていたことを思い出す。


『向こうで知っている者と会うと面倒、といったところか。』

「お察しの通りよ。で、エルフは比較的魔法が得意な種族って訳。」

『それで魔力操作もうまくできたのだな。』

「さらに、エルフって長命なのよ。だからって歳を聞かないでよ?」

『で、幾つなのだ?』

「シル様も意地悪ね。まだ80くらいの若造だけど、相手の年齢くらいある程度分かるわよ。そして転生する竜の事も知っているのよ、竜王様。」

『そこまで分かっていたか。バレていたら隠す必要もないな。確かに俺は竜王で転生したばかりだ。ただ途中で失敗していたらしく、魂の年齢はリズ婆さんの歳の半分ほどだよ。』

「さすがにその言い方は怒るわよ? 怒ったところで竜王様相手に何ができる訳でもないけど。」

『すまん、言い過ぎたな。』


 軽口を叩いているが、竜王だとこんなすぐにバレているとは想定外で、驚きを禁じ得ない。


『竜王のことは、エルフなら誰でも知っているのか?』


 もしそうなら、今後エルフには気を付けねばならない。

 リズには悪意等を感じないが、全員がそうとは限らないのだ。


「極一部だけよ。」

『まだ秘密があるようだな。』

「まあね。気になるかしら?」

『話す気がないなら、これ以上は問わないよ。』

「ふふ、話すべき時が来たら話すわよ。」


 大方、エルフの中でも上位層にいる、という辺りだろうし、リズも分かってて言っているようだ。


『色々バレちゃっているし、話し方も普通でいいよな。』

「それが素なのね。どっちも好きよ?」


 食えない奴だ。

 だが、気にせずに話せる相手がいるのも楽である。


『という事で、竜王と言っても世の中の事もよく知らないんだよ。色々と教えてくれ。』

「魔術を教えてもらったしね。協力するわよ、イ・ロ・イ・ロ・と」

『竜王に性別がない事も知ってるんだろ? 誘惑してどうするんだよ。』

「いいじゃない。性格は男のようだし。それとも全く性欲もないのかしら?」

『さあな。』


 どうも口では分が悪いようだ。

 向こうの人生経験は倍あるようなので、これはどうやっても勝てないかも知れない。

 気恥ずかしくなり誤魔化すが、やはりバレバレのようだ。


『ところで、俺にも魔法を教えて欲しいんだが、いいか?』


 完全に話を切り替えて誤魔化しきる作戦に出る。

 だが、これはシルも知りたいことなのだ。


「後で抱き締めさせてくれたらいいわよ?」

『なに? 魔術と魔力操作を教えただろ?』

「その時に()わなかったのはシル様よ?」

『ぐぬぬ・・・まあそれくらいいいだろう。』

「あら、冗談だったのに。じゃ約束ね!」

『ぐっ・・・』


 完全に弄ばれている。

 しかし、リズは美人だ。

 嬉しくない、と言えば嘘になる。

 竜になって、性欲のようなものはなくなっているが、美人に抱きしめられるというのには惹かれる。


『分かったから早く教えろ。』

「はいはい、拗ねちゃって可愛い。じゃ、まずは火の基本魔法ね。」


 とりあえず、ちゃんと教えてくれるようだ。


「まずは一度見せるわね。」


「燃え盛る炎よ 我が意に従い 敵を燃やせ ファイアボール」


 詠唱に従いリズの前に魔力で魔法陣が描かれ、火球が生じ、起句を唱えると火球が飛んで行き、20m程進んで消滅する。

 シルはストレージから槍を取り出して、穂先で地面に魔法陣を写す。


『やっぱり魔術とは魔力の流れが違うんだな。』

「槍を使って描くのはどうかと思うけど、一度見ただけで描けるのはさすがね。」

『これで合ってるか?』

「うん、問題なし。」


『それじゃ、使ってみるか。』


「キュキューキュ キューキュ キュキュ キューキュー」


 どう聞いても詠唱できてなさそうだが、きちんと魔法陣が描かれ、火球が飛んで行く。

 ログに【火魔法】スキルを覚えた事が表示される。


「1回見ただけで出来ちゃうかー、自信なくすわね。それより! その鳴き声初めて聞いたんだけど! 可愛すぎる!」


 隣でリズが騒いでいるが、シルは気にせずに思考に(ふけ)る。

 詠唱中に、魔法陣が光るタイミングが気になったのだ。

 気になった単語だけで詠唱してみる。


「キュー(炎) キュキュ(従い) キュ(燃やせ) キューキュー」


 問題なく、魔法が発動する。


「あら、詠唱が短くなってない? 何したのかしら?」

『魔法陣に反応がある単語だけで詠唱したんだけど、問題ないみたい。』

「そんなの聞いたことないわよ。シル様教えて!」

『炎 従い 燃やせ この3つだけだ。起句はそのままで。』


 言われた単語でリズが試すと、同じように発動する。


「すごいわよ、これ。詠唱時間が短縮されれば、それだけ扱いやすくなるし。失敗も減るわ。」


 何度も試して、リズははしゃいでいる。

 それほど凄いことなのだろう。


 それを横目に、シルはもう1つ気になることを試してみる。


 詠唱することなく、魔法陣を直接イメージすると、そのまま空中に描かれ、起句もなく発動する。


 騒いでいたリズが、唖然としている。


「シル様、今度は何したんですか?」

『詠唱しないで魔法陣を直接イメージして描いて、起句もイメージでやっただけ。』

「だけ、じゃないわ! 無詠唱じゃない! 理論では可能だと言われて過去に出来た魔導士もいるけど、今できる人は多分誰もいないわよ?」

『もしかして、非常識な大発見だったりとかする?』

「するわよ! あーーもう、シル様といると驚くことばかりだわ・・・」


 なぜか疲れた様子のリズ。

 早速、試してみるが何回か失敗した後、出来るようになったが、その後も失敗することがあるようだ。


『練習が必要そうだな。魔術を使ってるかどうかで、感覚が違うのかも?』

「それはありそうね。魔術も魔法も、またまだ鍛錬が必要だわ。」


 ふんす! と聞こえてきそうなほど、やる気に満ちている。


『今日はこれくらいにしようか。日も傾いてきた。』

「そうね、新しいことだらけで、少し疲れたし。シル様はどこに泊まるの?」

『睡眠も食事も、別に取らなくても平気だから、考えてなかったな。』

「それなら、うちに泊まりましょ。貸家に一人暮らしだから気を使わなくて平気だし、お金もかからないわよ。」


 答える前に、リズが後ろから抱きついてきて、シルを抱えたまま街に向かい出す。

 離せと言っても聞かないので、やがて諦めた。

 無理に引き剥がすこともできるが、ステータスが違いすぎて怪我をさせるのが怖かったからだ。

 決して、柔らかい感触を楽しんでいた訳ではない。


 竜を抱えたリズに唖然とする門番に、ギルド証を見せて街中に戻るのだった。


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