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【完結】血のつながらない不治の病の妹を優先する旦那様。治療法は見つけましたので、私は離婚して領地で生きていきます。  作者: 夏灯みかん


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第23話 治療法が見つかりました

 王都へ到着したマリナは、その足でロレンス家の屋敷へ向かった。

 先に手紙を送っていたため、リュシオンとレベッカの母であるエルシーが玄関まで迎えに出ていた。


「マリナ!」


 馬車から降りたマリナのもとへ、リュシオンが駆け寄ってくる。


「手紙を読んだ。本当なのか? 《鋼心病》の治療法が見つかったというのは」


「まだ治療法として確立したわけではありません。ですが――」


 マリナは頷いた。


「治療を始めた四人のうち、三人に明らかな改善が見られています」


「まあ……!」


 エルシーが口元を両手で覆った。その目に、みるみる涙が浮かぶ。


「それでは、レベッカも……?」


「レベッカ様も、まだ間に合う可能性は高いと思います」


「ああ……よかった……」


 エルシーは顔を覆った。


「本当に……本当によかった……」


 リュシオンも大きく息を吐く。


「ありがとう、マリナ」


「まだです」


 マリナは首を振った。


「詳しいことをご説明します。その前に、レベッカ様の状態を診せてください」


「ああ。もちろんだ」


 三人はそのまま、レベッカの部屋へ向かった。


 扉を開くと――


「……あら、お義姉様」


 レベッカは窓辺の長椅子に腰かけ、本を読んでいた。

 顔色は相変わらず白い。

 しかし寝間着ではなく、淡い水色のドレスを身につけ、金色の巻き毛も美しく整えられている。


 そして、その胸元には――。


「……どうして」


 マリナは扉の前に立ち尽くした。


 大粒の虹彩(イリシア)ダイヤモンドが窓辺に差し込む光を浴びて、七色に輝く。

 レベッカの胸元を飾っているのはリュシオンの亡き母親が身につけ、今はレベッカが大切にしている形見のネックレスだった。

 以前、マリナが必ず外すよう手紙に書いたものだ。


「レベッカ!」


 リュシオンも気づいたらしい。


「どうしてそれをつけているんだ。外すように言っただろう」


「……お義姉様がいらっしゃると聞いたものですから」


 レベッカは何でもないことのように答えた。


「きちんとした格好で、お出迎えしたいと思って」


 そう言って微笑む。

 けれど、その青い瞳には涙が浮かんでいた。


「レベッカ?」


 エルシーが娘へ駆け寄った。


「どうしたの? 苦しいの?」


「いいえ、お母様。違うの」


 レベッカは膝の上の本を閉じた。


「本を読んでいたら、悲しくなってしまって」


 本の表紙には、美しい若い女性と、その身体を抱きしめる男性が描かれていた。

 マリナはその本を知っていた。


 《鋼心病》は、世間では俗に「美人病」とも呼ばれている。

 若く裕福な女性に多く、患者は次第に青白く痩せていく。そして若くして亡くなる。

 そのため、悲恋を扱った物語では昔から好んで使われてきた。


 美しい令嬢が不治の病に侵される。

 愛する男性は懸命に看病する。

 ――けれど病は治らない。

 最後には男の腕の中で静かに息を引き取り、その美しい姿と愛は、彼の心に永遠に残る。


「悲しいけれど、とても綺麗なお話でしょう?」


 レベッカが本の表紙を撫でる。


「最後まで、愛する方の心の中に残れるのですもの」


 マリナは何も答えられなかった。


 ――この人は。


 胸元の虹彩(イリシア)ダイヤモンドを見る。


 亡くなった女性の形見。

 その女性と同じ病にかかり、その女性の息子に、何より大切にされているレベッカ。

 そんな自分に、物語の中の令嬢を重ねている。


 その瞬間。


 別の光景が、マリナの頭をよぎった。


 息をすることさえ苦しく、積み上げた枕にもたれていたクララ。


『……少し……楽、です……』


 もう、自分で身体を起こすこともできない。


 そして、名もない共同墓地から掘り起こされた鉱夫たち。

 腐敗した身体にメスを入れ、胸を開いた先にあった、鋼のような鈍い銀色の結晶。


 愛する男の腕の中で、美しく死ぬことなどできなかった人たち。

 誰にも病名さえ知られずに死んだ人たち。


「……お義姉様?」


 気づいたときには、マリナはレベッカの手から本を取り上げていた。

 マリナの手は、そのままそれを床へ投げた。

 鈍い音を立てて、本が落ちた。


「マリナ!?」


 リュシオンの声が聞こえた気がした。

 ――けれど。


「どうして!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。


「どうして虹彩(イリシア)ダイヤモンドをつけているの!」


 声が震える。

 目の奥が熱かった。

 レベッカがびくりと肩を震わせた。


「お、お兄様……!」


 助けを求めるようにリュシオンの手を取る。


「マリナ、どうしたんだ。落ち着いて――」


 リュシオンは初めて見るものを見るかのように、妻を見つめた。


「リュシオン様もです!」


「え?」


「どうして外させなかったのですか!」


「いや、僕も今つけていることに気づいて――レベッカ!」


 リュシオンは妹へ向き直った。


「どうして宝石をつけているんだ。危険かもしれないと説明しただろう」


「だから……お義姉様がいらっしゃるから、きちんとした格好でお出迎えしたいと思っただけですわ」


「しかし、それは病気を――」


「病気が悪化すると言っているでしょう!」


 マリナはリュシオンの言葉を遮って、声を荒らげた。

 部屋が静まり返る。

 こんな大きな声を出したことなど、これまで一度もなかった。

 それでも止まらなかった。


「何が『きちんとした格好でお出迎えしたい』ですか!」


「お義姉様……?」


「あなたは――」


 言葉が喉につかえた。

 ――この先を言ってはいけない。

 そんなことは分かっている。

 この先は、自分の個人的な感情だ。

 けれど、五年間、何度も見てきた。


 美しく着飾ったレベッカ。

 その横で世話を焼くリュシオン。

 リュシオンの亡き母親の形見を、これ見よがしに身につけた義妹。


 言葉は喉元で止まらず、外に出た。


「――ただ、その宝石を私に見せつけたいだけではありませんか!」


 レベッカの顔から血の気が引いた。


「そんな……」


「マリナ!」


 リュシオンが咎めるように名を呼ぶ。


「では、なぜですか!」


 マリナは振り返った。


「命に関わるから外してほしいと書きました! それなのに、私が来るからわざわざ身につける? これのどこが『出迎えるため』なのですか!」


「それは……」


 レベッカの目から涙がこぼれた。


「お兄様……」


 まただ。


 そう思った瞬間、胸の奥に別の苛立ちが湧いた。


 レベッカが泣く。リュシオンが守る。

 自分は我慢する。

 ――五年間、ずっとそうだった。


 けれど今感じている苛立ちは、そこからくる感情ではなかった。

 

「クララさんは!」


 マリナの声が掠れた。瞳から涙が溢れてくる。


「同じ病気で、もう自分で起き上がることもできないのです!」


 レベッカが目を見開いた。


「鉱山では、誰にも病名すら知られないまま死んだ方たちがいました! 私たちは、その方たちの遺体を掘り起こし、ようやくここまで辿り着いたのです。それなのに――」


 マリナは床に落ちた本を見て、笑った。


「綺麗に死んで、愛する人の心に残る?」


 唇を噛み、拳を握る。


「そんなものを読んで、病気を悪化させる宝石を自分から身につけて――」


 マリナは頭の中で言葉が絡まり、喉に詰まって、嗚咽した。


「マリナ夫人?」


 突然、扉の方から声がした。

 振り返ると、そこにルークが立っていた。


「……ルーク様」


「あなたが王都へ来ると聞いたから、私も来たんだが」


 ルークは室内を見回した。


 床に落ちた本、泣いているレベッカ。

 狼狽するエルシー、困り果てた顔のリュシオン。

 そして、目を赤くしながら肩で息をしているマリナ。


「鉱山での次の調査について話をしたかったんだが……」


 一度、息を吐く。


「取り込み中のようだな」


「叔父上……」


「ただ」


 ルークは静かに言った。


「このまま話しても、誰も相手の話を聞けないだろう。座った方がいい」


 マリナは大きく息を吐くと、目元を拭った。

 リュシオンはレベッカの肩に手を回していた。

 

 ――もういい、と思った。


(私は、やるべきことを、やるだけだわ)


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