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【完結】血のつながらない不治の病の妹を優先する旦那様。治療法は見つけましたので、私は離婚して領地で生きていきます。  作者: 夏灯みかん


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第22話 “まだ間に合う”

「今日は外まで歩けました」


 そう言って笑ったのは、三十代の商家の女性だった。


「昨日より少し長く歩けたんです。途中で休みましたけれど」


「息苦しさは?」


「前よりずっと楽です」


 マリナは水晶を女性の胸元へ近づけた。

 鋼色は残っている。

 けれど、療養所へ移った直後よりも明らかに薄い。


「無理はしないでくださいね。少しずつでいいんです」


「はい」


 隣の部屋では、別の患者が自分で食事を取れるようになっていた。

 もう一人も、以前は部屋の中を歩くだけで息を切らしていたのが、今では窓辺まで一人で移動できる。


 四人のうち、三人。


 程度に差はあったが、全員に改善が見られた。


「姉さん、やっぱり、効いてるよ」


 レオンが興奮を抑えきれない声で言った。


「まだ一か月だし、これだけで治療法が確立したなんて言えないけどさ」


「ええ」


 マリナも頷いた。

 胸の奥が明るくなる。

 ――治せるかもしれない。


 これまで、発症すれば進行を遅らせることしかできず、いずれ死を待つしかないと思われていた病気を。


 けれど――。


「姉さん……次はクララさんのところへ行こうか」


 レオンの低い声に、マリナは表情を引き締めた。


 ◇◇◇


 クララは、療養所の一番奥の部屋にいた。

 窓は開けられ、白い薄布のカーテンが風に揺れている。

 小川を流れる水の音も聞こえていた。

 けれどクララは、その景色を見ることすらできなかった。


 寝台に横たわったまま、浅い呼吸を繰り返している。

 以前のように完全に意識を失っているわけではない。

 声をかければ、目を開けることもある。

 水も少しなら飲める。

 けれど、もう自力で身体を起こすことはできなかった。


「クララさん」


 レオンが呼びかける。

 しばらくして、クララの瞼が動いた。


「……先生……マリナ様も……」


「ここにいるわ」


 マリナは寝台の横に腰を下ろした。

 レオンがクララに聞く。


「今日は気分はどうかな?」


「……少し……楽、です……」


 弱々しい声だった。

 マリナは水晶を胸元へ近づけた。

 以前より、鋼色は薄くなっている。

 他の患者と同じだ。

 身体に流れ込む鋼属性の精霊力は、確かに減っている。


 ――それなのに。

 クララの心臓は、もう十分に働くことができない。

 病室を出て、医務室へ戻る。

 父ルシオと、マリナ、レオンは向かい合った。

 ルシオが静かに口を開いた。


「一度できた結晶そのものは、消えていないんだろう」


「……そうね」


「他の三人は、まだ結晶が小さかったのかもしれない。新たな鋼属性を取り込まなくなったことで、残った心臓が以前より働けるようになったのだろう」


「クララさんは……」


「――進みすぎたんだと思う」


 ルシオはそこで言葉を切った。


「虹彩(イリシア)ダイヤモンドを飲み込んだときに、一気に進行した。結晶が心臓の広い範囲にできてしまったのなら、鋼属性を遠ざけても――壊れてしまったものまでは戻せないのかもしれない」


 マリナは唇を噛んだ。


 治療法が見つかった――そう思った。

 三人の患者は、確かに良くなっている。

 けれど――治療法があることと、すべての患者を治せることは、同じではなかった。

 

 クララは二十五歳――自分と同じ年。

 婚約者と一緒に生きるはずだった未来があった。

 父親の商売を手伝いたかった。

 結婚したかった。

 子どもだって、欲しかったかもしれない。


 それらを諦めて――


「夜、苦しまずに眠れること」――それを、


『……それだけでも十分だと、思わないといけませんね……』


 そう言っていた。


 十分なはずなど、なかったのではないか。

 ――もっと欲しかったはずだ。


「……姉さん?」


 レオンの声に、マリナは顔を上げた。

 ――その瞬間。


 別の顔が浮かんだ。


 金色の巻き毛に白い肌。

 大きな虹彩(イリシア)ダイヤモンドを胸元に飾り、車椅子に座っていた若い女性。


 ――レベッカ。


「お父様」


 マリナはルシオを振り返った。


「レベッカ様は、クララさんほど進行していません」


「ああ」


「水晶の反応は強かったです。でも、まだ自分で起き上がれます。食事もできます」


「そうだな」


「それなら――」


 マリナは拳を握った。


「まだ、間に合うはずです」


 虹彩(イリシア)ダイヤモンドは外すよう、すでに伝えてある。

 けれど、王都には鋼属性の精霊力を持つものが多い。

 あの屋敷に留まっているだけでは足りない。


 ――ここへ来てもらわなければ。


「王都へ行きます」


 マリナは言った。


「レベッカ様を、ここへ連れてきます」


 ルシオが娘を見つめる。


「これまでも何度か入院を勧めたが、本人が嫌がっていただろう」


 マリナは口を閉じた。

 以前、病院への入院を勧めたとき、レベッカは拒んだ。


『死ぬなら、お兄様やお母様やお父様と過ごした思い出がたくさんあるこの屋敷で死にたいの……』


 そしてリュシオンも、その願いを尊重した。


 けれど――今は、あのときとは違う。

 治る可能性がある。


「……話します」


 マリナは答えた。


「きちんと説明します――」


 そこで一度、言葉を切った。

 風が窓から入り、白いカーテンを揺らした。

 その向こうの部屋では、クララが横たわっている。


 マリナは窓の外へ目を向けた。

 小川の水が、陽の光を反射している。

 ……三人は良くなった。

 けれど、一人は、間に合わなかった。


 だからこそ――まだ間に合う人は、間に合わせたい。

  

 マリナは取り急ぎ、王都にいるリュシオンに手紙を書いた。


『《鋼心病》の治療について、効果が期待できる方法が見つかりました。現在、三名の患者に明らかな症状の改善が見られています。

 レベッカ様にも、こちらで療養していただきたいと考えております。

 詳しくご説明するため、私も一度王都へ参ります』


 手紙を出すと、馬車に乗り王都へ向かった。


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