第20話 帰路
「宝石商はどうなんだ?」
帰りの馬車で、ルークが尋ねた。
マーシャル辺境伯領を出てから、しばらく経ったころだった。
「虹彩ダイヤモンドが原因なら、鉱夫だけじゃない。原石を買いつける宝石商や、それを削って装身具に加工する職人も、長時間触れているだろう」
「私も考えていました」
マリナは答えた。
「ただ、精霊医療の記録には、特定の精霊力を身体へ取り込みやすい性質は、血縁者にも現れやすいとあります」
「体質が血縁者に受け継がれるのか」
「おそらく。ただし、親から子へ必ず受け継がれるものではないと思います」
マリナは少し考えてから続けた。
「宝石加工職人は、ギルドに属して、代々同じ家が担うことが多いでしょう?」
「ああ」
「だとすれば、鋼属性の精霊力を取り込みやすい家系は、その仕事を何代にもわたって続けることが難しかったのではないでしょうか」
ルークが眉を上げた。
「つまり――」
「鋼属性の影響を受けにくい家系が、結果として残っている可能性があります」
宝石を扱うから、病気にならないのではない。
病気になりにくい家系だからこそ、何世代にもわたって宝石を扱う仕事を続けられた。
「なるほどな」
ルークが腕を組んだ。
「でも、姉さん」
向かいに座っていたレオンが口を挟む。
「過去の患者に、宝石商の娘が一人いたはずだ」
「ええ。覚えているわ」
「なら、完全にそうだとは言い切れない」
「もちろんよ」
マリナは頷いた。
「体質には個人差があるのでしょう。同じ家族でも、同じ程度に精霊力を取り込むとは限らないのかもしれないわ」
「それなら筋は通るな」
レオンが頷く。
「宝石商の家系では発症する者が少ない。でも、まったくいないわけじゃない。鉱夫はあちこちから人が集まるから、鋼属性を取り込みやすい人間も一定数混じる」
「貴族女性も同じね」
マリナは言った。
「さまざまな家系の女性が、虹彩ダイヤモンドを身につける。だから、体質を持つ方が偶然長期間身につければ――」
「《鋼心病》になる」
レオンが続けた。
馬車の中が静かになった。
まだ分からないことは多い。
どの程度の鋼属性を取り込めば発症するのか。
どれほどの期間、虹彩ダイヤモンドに触れれば危険なのか。
――体質を事前に調べる方法はあるのか。
すでにできてしまった結晶を取り除くことはできるのか。
そして、どうすれば病気の進行を止められるのか。
――けれど、少し前まで、何も分からなかったのだ。
なぜ若い女性ばかりが病に倒れるのか。
なぜレベッカと、血のつながっていないリュシオンの母親が同じ病気になったのか。
なぜ水晶が鋼色を示すのか。
ばらばらだったものが、少しずつつながり始めている。
「宮廷にも一報を入れよう」
ルークが言った。
「鉱山で同じ病気が確認されたとなれば、これはもう一つの家の問題ではない。鉱山で働く者たちにも、虹彩ダイヤモンドを扱う者たちにも関係する」
「はい」
「これから、まだまだ調べることはあるだろう。けれど――」
ルークがマリナを見る。
「解決の糸口は、見えたのかもしれないな」
マリナは微笑んだ。
「ありがとうございます、ルーク様」
「ん?」
「ルーク様がいてくださって、大変頼もしかったです。私たちだけでは、これほど早く鉱山を調べることはできませんでした」
一瞬、ルークが意外そうに目を瞬いた。
それから、少しだけ笑った。
「俺は手続きをしただけだ。病気を見つけたのは、あなたたちだろう」
「それでも、です」
マリナはそう言って、窓の外へ目を向けた。
遠くなっていく山々が見える。
あの山の中で、誰にも病名を知られないまま死んでいった鉱夫たちがいた。
その死を、なかったことにはしたくない。
――そして、今も同じ病気で苦しんでいる人たちがいる。
レベッカも、クララも。
まだ名前すら知らない誰かも。
――助けられるかもしれない。
そう思うと、マリナの胸の奥に、久しぶりに明るいものが灯った。




