第19話 鉱山へ
翌朝、マリナたちはマーシャル辺境伯領へ向けて出発した。
馬車にはマリナとルーク、それに病院から呼び寄せたレオンが乗っている。
ロレンス領を北へ抜けるにつれて、平坦だった景色は次第に起伏を増していった。麦畑が減り、代わって岩肌の露出した山々が近づいてくる。
「虹彩ダイヤモンドの鉱山は、この山のさらに奥だ」
ルークが窓の外を見ながら言った。
「鉱山そのものはマーシャル辺境伯家の所有だ。採掘は辺境伯家から許可を受けた鉱山主が行っている」
「そこで働いている方たちについても、記録は残っているのでしょうか」
「名前と雇い入れた時期くらいはな。だが、どこまで正確かは分からない」
ルークは膝の上の書類をめくった。
「借金を返すために働いている者や、刑罰として労役に就いている者も多い。あとは周辺の村から働きに来る男たちだな」
「……危険な仕事ですものね」
「ああ。だからこそ、死亡者が出ても珍しいことではない」
落盤、坑道での事故、怪我からの感染症。
長年、粉塵を吸い込むことで起こる肺の病。
ルークが王都で確認した記録にも、さまざまな死因が並んでいた。
けれど、その中に。
――《鋼心病》で亡くなった者が紛れているかもしれない。
マリナは鞄の中に入れた水晶にそっと手を触れた。
◇◇◇
マーシャル辺境伯家の屋敷へ到着すると、一行はすぐに応接室へ通された。
「ルーク殿からの書簡は読ませてもらった」
マーシャル辺境伯は五十代ほどの、日に焼けた大柄な男だった。
「王都でも調査を始めているそうだな」
「まだ調査と呼べるほどの段階ではありません」
ルークが答える。
「ただ、虹彩ダイヤモンドと《鋼心病》との間に関連がある可能性が出てきました。もし事実ならば、鉱山で働く者たちにも影響があるかもしれません」
「ふむ……」
辺境伯が腕を組む。
「正直に言えば、鉱山で死ぬ者は珍しくない」
やはりそうなのだ、とマリナは俯いた。
死者が出るという話を聞くのは、胸が痛む。
「働いているのも、借金を背負った男や罪人が多い。事故で死ぬ者もいれば、身体を悪くして死ぬ者もいる。鉱山で死ねば、家族が引き取りに来ない限り、近くの共同墓地へ埋葬する」
「……死因を詳しく調べることは?」
マリナが尋ねると、辺境伯は首を振った。
「明らかな事故や事件でもなければ、そこまではしない。医師も常駐していないからな」
「では、最近亡くなった方の記録を拝見できますか」
「ああ。鉱山主にはすでに話をしてある」
辺境伯はルークを見る。
「埋葬された者を調べたいという話も聞いている。必要な手配はこちらでしておこう」
「助かります」
ルークは頭を下げた。
――それからの手続きは、驚くほど早かった。
ルークが辺境伯家の役人や鉱山主と話し、死亡者の記録を集める。
マリナとレオンはその中から、落盤や大怪我など、死因が明らかな者を除いていった。
「レオン、この人……」
マリナは一枚の記録を指差した。
「二十七歳。死亡する半年ほど前から息苦しさを訴えているわ」
「姉さん、こっちは三十一歳……」
レオンが別の紙を取った。
「仕事中に何度か倒れてる。最後は胸が痛いと言って、そのまま動けなくなったらしい」
「この方も……」
マリナの指が止まる。
二十四歳、胸痛の訴えの後、呼吸困難に至り死亡。
……どれも、何度も見てきた症状だった。
「姉さん」
「ええ、心臓を調べましょう」
マリナとレオンは目を合わせて頷いた。
◇◇◇
共同墓地は、鉱山から少し離れた山裾にあった。
墓標すらない土の盛り上がりが、いくつも並んでいる。
鉱山側の記録と照合しながら、最近亡くなった者の墓を確認する。
遺体を掘り起こす作業そのものは、鉱山から人を出してもらった。
土が掘り起こされる間、マリナは手を胸の前で組み、祈りの言葉を呟き続けた。
人の死を暴くのだ――必要なことだと分かっていても、軽い気持ちでできることではない。
最初に調べたのは、先月亡くなったという三十代の男だった。
数か月前から咳が続き、最後は高熱を出して亡くなったという。
マリナは水晶を遺体へ近づける。
「……違うわ」
水晶には、ほとんど鋼色が現れなかった。
レオンも遺体を確認する。
簡単な木製の棺に入れられ埋められていた遺体は、黒く腐敗していた。
「記録通りなら、感染症だった可能性が高そうだな」
「ええ」
二人目。
同じく先月、坑道の中で倒れ、そのまま意識を取り戻さなかった男。
水晶を近づけた――その瞬間。
「……レオン」
透明だった水晶の奥に、色が浮かんだ。
――冷たい鋼のような――銀灰色。
クララやレベッカを診たときと同じ色だった。
マリナは水晶をゆっくりと動かした。
胸へ近づけると、鋼色が濃くなった。
「――胸ね」
「開くよ」
レオンが腕を捲って、メスを握った。
マリナは弟と父の解剖を見学したことはあるが、自ら遺体にメスを入れたことはない。
だから解剖は弟に任せることにした。
(私は、私にできることを――)
マリナは水晶の変化を記録しながら、弟の手元を見守った。
やがて胸腔が開かれると――レオンの手が止まった。
「……姉さん」
声の調子が変わった。
マリナは弟の横から覗き込み、息を呑んだ。
心臓の表面に、異物があった。
鈍い銀色に光る結晶。
それは心臓の一部を覆い、筋肉の中へ食い込むように広がっていた。
黒く腐った身体の中で、無機質に光っている。
「……《鋼心病》」
マリナの口から、言葉がこぼれた。
「そうだ」
レオンも心臓から目を離さなかった。
「間違いない」
これまで《鋼心病》で亡くなった患者の身体で、何度も確認されてきたものと同じだった。
マリナは震えそうになる手で、水晶を心臓へ近づけた。
鋼色が、さらに濃くなる。
「死後も、結晶に宿った鋼属性は消えないのね。……記録をつけるわ」
マリナは結晶の位置と大きさ、水晶の反応を書き留め、それからレオンを見つめた。
「次、いきましょう――」
一人だけでは駄目だ。――確かめなければならない。
二人目、三人目、四人目。
鋼色を示さない遺体もあった。
だが、強く反応する遺体もあった。
そのうちもう一人の胸腔を開く。
――そして、心臓には、鋼のような結晶があった。
「この人は……二十九歳ね」
マリナが記録を確認する。
「半年前から胸の痛み。三か月前から息苦しさが強くなって、仕事中に二度失神、最後は宿舎で死んでいる」
レオンが続ける。
「外傷なし。熱もなかった」
胸痛、呼吸困難、失神。
そして、心臓に形成された鋼のような結晶。
すべてが《鋼心病》の特徴に一致する。
マリナは共同墓地を見渡した。
名も刻まれていない墓が、山裾にいくつも並んでいる。
この中に、あと何人いるのだろう。
――《鋼心病》は、若い貴族女性の病などではなかったのだ。
虹彩ダイヤモンドを身につけた令嬢だけが、病に侵されていたのではない。
鉱山の奥で原石を掘り続けた男たちもまた、同じ病で死んでいた。
ただ――。
(誰も、それを同じ病気だとは思わなかった)
マリナは検死用に借りた作業場の一区画に並んだ遺体を見回し、手を組んで目を閉じた。




