第16話 貴族令嬢ばかりがかかる病
虹彩ダイヤモンドが身体から排出されてから、クララの容体はわずかに落ち着いた。
呼びかければ目を開けるようになり、水も少しずつ飲めるようになった。
水晶を胸元へ近づけても、あれほど濃かった鋼色は日に日に薄くなっている。
しかし――。
「……元には戻らないわね」
マリナはクララの脈を取りながら呟いた。
脈は弱く、呼吸も浅いままだ。
虹彩ダイヤモンドを拾う前は、一人で中庭を散歩できるまで回復していた。それが今では、身体を起こすだけでも誰かの手を借りなければならない。
「鋼属性が弱くなったからといって、心臓にできた結晶まで消えるわけじゃない、ということかな」
弟のレオンが言った。
「――おそらくは」
父のルシオも眼鏡を整え、頷いた。
《鋼心病》によって一度心臓にできた結晶が消えた例は、これまで一つもない。
マリナたちは俯いた。
クララの症状は急速に悪化してしまった。
一定以上症状が進んでしまうと、もう死を待つしかない。
どうして、こんなことになってしまったのか。
こんな短期間に、なぜこんなに悪化してしまったのか。
マリナたちは同時に顔を上げた。
頭には同じことが浮かんでいた。
「虹彩ダイヤモンドと患者について、調べ直そう」
父の言葉に、マリナたちは頷いた。
◇◇◇
マリナたちは、病院に残されている《鋼心病》患者の記録を最初から洗い直すことにした。
これまでも何度となく目を通した記録だ。
年齢や症状、発症から死亡までの期間。
食事、生活習慣、家族に同じ病気の者がいたかなどが記されている。
しかし今回は、今まで調べていなかった項目を加えた。
――装飾品。
「やっぱり、若い女性が多いな」
レオンが記録をめくりながら言った。
「ええ。それも、比較的裕福な家の」
マリナは頷く。
貴族の令嬢、裕福な商人の娘、地方の地主の娘。
もちろん例外はいる。
けれど、《鋼心病》と診断される患者の大半は、若く、裕福な女性だった。
そのせいで《鋼心病》は、長い間、贅沢な暮らしをする若い女性に特有の病だと考えられてきた。
「食事かと思っていたのよね」
母のサナが、過去の記録を眺めながら言った。
「裕福な家でしか食べないものが原因なのではないかって。だから昔、お父様とずいぶん食事を調べたでしょう?」
「ええ。でも、何も見つからなかった」
高価な肉、香辛料、砂糖、酒、輸入された果物。
いずれも《鋼心病》との関係は見つけられなかった。
「食べるものではなくて……」
サナが呟く。
「身につけるものだったのかもしれないわね」
マリナは顔を上げた。
それから、机の上のトレイに置いた虹彩ダイヤモンドを見つめた。
「調べてみましょう」
すでに亡くなっている患者については、その家族を訪ねた。
現在も通院している患者には、本人から話を聞いた。
どのような装飾品を持っていたか。
いつ手に入れたのか。
どれくらいの頻度で身につけていたのか。
――すると、奇妙な共通点が見つかった。
「この方もだわ」
マリナは聞き取りを終えた記録に印をつけた。
十七歳で発症し、二十二歳で亡くなった伯爵令嬢。
十六歳の誕生日に、父親から虹彩ダイヤモンドの耳飾りを贈られていた。
「こっちの人も」
レオンが別の紙を差し出す。
「商人の娘。婚約者から腕輪をもらってる。虹彩ダイヤモンドが三つ」
「身につけていた頻度は?」
「ほとんど毎日だって」
マリナは虹彩ダイヤモンドを装飾品として日常的に身につけていた患者の記録に印をつける。
一人、二人、三人。
調べれば調べるほど、その数は増えていった。
偶然とは思えないほどに。
「やはり、虹彩ダイヤモンドが……」
マリナが呟くと、父のルシオが腕を組んだ。
「待ちなさい」
マリナは父を見る。
「まだ決めつけるのは早い」
「……ええ」
「虹彩ダイヤモンドを身につけた者が《鋼心病》になるなら、もっと患者が多くなければおかしい」
その通りだった。
虹彩ダイヤモンドは高価だが、珍品というほどではない。
王都の貴族女性なら、一つや二つ持っていても不思議ではない。
それでも、《鋼心病》になるのはごく一部だ。
そして、虹彩ダイヤモンドを日常的に身につけながら、何十年も健康に暮らしている女性もいる。
「……分からなくなってきたな」
レオンが頭をかいた。
マリナも黙って記録を見つめた。
虹彩ダイヤモンドと《鋼心病》に、何らかの関係がある。
それだけは、クララの症例を考えても間違いないように思える。
けれど、それだけでは説明できない。
なる者と、ならない者がいる。
虹彩ダイヤモンドを持っていないのに、発症する者さえいる。
「鋼属性……」
マリナは呟いた。
「何だ?」
「《鋼心病》の患者に共通しているのは、虹彩ダイヤモンドではないわ」
マリナは机の端に置かれた小さな水晶を手に取った。
「これよ」
「水晶?」
「水晶が示す、鋼属性」
《鋼心病》の患者へ近づけると、水晶は鋼色に染まる。
虹彩ダイヤモンドへ近づけても、同じ色になる。
「でも、そもそも……どうして人間の身体から、こんなに強い精霊力が現れるのかしら」
誰も答えなかった。
マリナたちは医術を学んできた。
薬草についても、人の身体についても、病についても。
しかし、精霊についてはほとんど何も知らない。
マリナは手の中の水晶を見る。
「これをくださった方に、もう一度話を聞いてみたいわ」




