第15話 もしかしたら
翌日には、クララは一人で起き上がれなくなった。
二日目には、水を飲むだけでも息を切らした。
三日目にはほとんど食事を取れなくなり、横になると呼吸が苦しいため、枕を重ねて上半身を起こした状態で眠るようになった。
風鈴草の薬を飲ませても、一時的に呼吸が楽になるだけだった。
「……こんなに急に悪くなるなんて」
薬師をしているマリナの母が呟いた。
マリナは答えられなかった。
水晶をクララの胸元へ近づける。
鋼色は、さらに濃くなっていた。
それどころか――。
「……?」
マリナは水晶を少し下へ動かした。
胸からみぞおちへ。
そして――腹部。
「姉さん、どうした?」
レオンが尋ねる。
マリナはもう一度、ゆっくり水晶を動かした。
胸元でも濃い。
けれど、腹部へ近づけると、水晶の中にさらに強い鋼色が浮かぶ。
「ここ……鋼色が濃くなるの」
マリナはクララの腹部を見つめた。
そこにあるもの――虹彩ダイヤモンド。
けれど、鉱石なのだから水晶が反応するのは当然だ。
マリナはそう自分に言い聞かせた。
問題は《鋼心病》だ。――宝石ではない。
四日目の朝。
看護人が病室へ駆け込んできた。
「先生!」
小さな布の上に、洗われた虹色の石が載っていた。
「出ました」
マリナは息を吐いた。
「よかった……」
少なくとも、腹を開かずに済んだ。
クララはもう、自分が宝石を飲み込んだことさえ理解できないほど意識が混濁していた。
呼びかければ目を開けることもある。
しかし、すぐにまた眠り込んでしまう。
マリナは排出された虹彩ダイヤモンドを受け取った。
ふと思い立ち、水晶を近づける。
瞬間。
水晶が濃い銀灰色に染まった。
「……やっぱり」
「姉さん?」
「この石、鋼属性がとても強いの」
「――鉱石なんだから、そんなものじゃないのか?」
「私も、そう思っていたのだけれど」
マリナも、そう思っていた。
虹彩ダイヤモンドから水晶を離す。
それからクララの胸元へ近づけた。
「……あれ?」
昨日までより、ほんのわずかだが――水晶の色が薄い。
「お父様」
マリナが呼ぶ。
「何だ?」
「クララさんに反応する水晶の色を見てください」
父ルシオが近づく。
レオンと母も、水晶を覗き込んだ。
「昨日より……薄い?」
レオンが呟いた。
「ええ」
マリナはもう一度測った。
――同じだった。
クララの状態そのものは、まったく改善していない。
呼吸は浅く、脈も弱い。
自分で起き上がることさえできない。
けれど――虹彩ダイヤモンドが身体から出た途端、鋼属性だけが弱くなった。
「……偶然かしら」
母が呟く。
誰も答えなかった。
マリナは布の上の虹彩ダイヤモンドを見る。
数日前まで、クララの鋼色は薄くなり続けていた。
それが急激に濃くなった。
――その間に起きたことは。
クララは、マリナのネックレスを拾った。
衣服の下に隠し、身につけていた。
そして病状が悪化した。
宝石を飲み込んでからは、さらに恐ろしい速さで悪化した。
そして、宝石が身体の外へ出ると、鋼色が薄くなった。
「……お母様。クララさんが入院したとき、装飾品は外しましたよね」
「全部、ご家族に持ち帰っていただいたわよ。入院患者は装飾品を外していただいているわ」
「ほかの《鋼心病》の患者さんもですよね?」
「もちろん」
マリナは黙り込んだ。
一年前、クララはこの病院へ入院した。
そのころにはすでに、婚約の記念にもらった虹彩ダイヤモンドを手放していた。
病院でも装飾品は身につけていない。
そして、少しずつ病状が安定していった。
マリナは手元の宝石を見つめた。
虹色に輝く、美しい石。
王都の貴族女性たちが好んで身につける、高価な宝石。
そして――。
『母上も好きだった宝石なんだ』
リュシオンの言葉が、頭をよぎった。
『レベッカも母上のものを大切にしている』
マリナは顔を上げた。
「……まさか」
リュシオンの母親とレベッカ。
二人に血のつながりはない。
けれど、二人とも《鋼心病》になった。
そして二人とも――。
「虹彩ダイヤモンドを、身につけていた……」
マリナは手のひらの宝石を見つめた。
美しい七色の光が、何も知らないようにきらめいていた。




