第12話 消えない思い出
「――それにしても、綺麗ですね。虹彩ダイヤモンドは……」
クララがもう一度ネックレスを見る。
「このお花のデザイン、素敵ですよね」
その視線に、マリナは胸元の虹彩ダイヤモンドを見つめた。
リュシオンから贈られたもの。
夫が五年間領地を任せきりにした詫びとして選んだ宝石。
マリナにとっては、それ以上でもそれ以下でもなかった。
けれどクララにとって、よく似た石は、失ってしまった未来そのものなのかもしれない。
(今度から、病室につけていくのはやめましょう)
マリナはこのネックレスをつけてきたことを後悔した。
入院患者には、アクセサリーなどの装飾品は持ち込まないようにと伝えているのに、自分がつけていては、余計なことを考えさせてしまう。
(配慮が足りなかったわ)
黙ったマリナに、クララが声をかけた。
「ごめんなさい。長話をしてしまいました」
クララが刺繍を持ち直す。
「いいのよ。――ただ、疲れないようにね」
「はい」
マリナは病室を出ると、ネックレスを外し、白衣のポケットへ入れた。
ポケットに入れたとき、指先に、ひやりとした感触が伝わった。
――鋼属性。
今朝、魔女の水晶を近づけたときの色を思い出す。
だが、虹彩ダイヤモンドが鉱石である以上、鋼属性を持つこと自体は不自然ではない。
それより今は、患者たちの記録を整理しなければならない。
マリナはそのまま診察室へ戻った。
「姉さん、今日はもう帰る?」
レオンに声をかけられ、マリナは時計を見た。
「そうね。そろそろ戻らないと」
書類をまとめて立ち上がると、白衣を脱ごうとし、それからポケットに入れたネックレスを思い出した。
ポケットに手を入れて、それから首を傾げる。
「あら……?」
ポケットに入れていたはずのネックレスがなかった。
「どうしたの、姉さん」
「ちょっと……ネックレスを落としたかもしれないわ」
マリナの返答に、レオンは目を見開いた。
「義兄さんからもらった虹彩ダイヤモンドのやつだろ? え、ポケットに入れてたの?」
「……ええ。ちょっと、入院している方への配慮が足りなかったと思って、外したの」
マリナはため息をついた。
「何やってるんだよ。そんな高価なもの、失くしたら大変じゃないか」
レオンの言葉に、マリナはうな垂れた。
「……ごめんなさいね。そうね、本当につけてこなければよかったわ……」
レオンは瞬いた。
「いや、大丈夫? 義兄さんが、珍しく姉さんにくれたものだろ?」
「それはいいの」
マリナは即答した。
リュシオンが自分にくれたものを失くしてしまったということよりは、病院に迷惑をかけてしまうことが嫌だった。
「……そう」
レオンは姉を見つめて、それから背中をたたいた。
「俺たちで病棟内をよく探してみるよ。――今日、姉さんが行ったのは《鋼心病》の患者さんのところだよな」
「――ごめんなさいね。忙しいのに」
レオンはにっと笑った。
「“人に任せることくらいできる”んだろ、姉さん」
マリナは思わず笑った。
「ええ。お願いするわ」
それから付け加えた。
「――出てこなかったら、それはそれで、もういいわ」
◇◇◇
マリナが出ていった後、クララはベッドからふらふらと立ち上がった。
マリナのつけていたネックレスが頭から離れない。
『どれがいいかしら』
『この花のやつが、一番、君に似合うよ』
そう言って笑うかつての婚約者の顔が頭に浮かび、目元に涙がにじんだ。
気分転換に中庭に出ようと思った。
――そのとき、廊下で、日の光を受けて虹色に輝く煌めきが目にとまった。
クララはその光に飛びつくように手を伸ばした。
――そこには、マリナのつけていた花の縁取りの虹彩ダイヤモンドのネックレスが落ちていた。
「……ああ」
クララは嗚咽した。
「同じ……」
本当は、同じではない。
あの人からもらったものではない。
あの人はもう、別の女性と暮らしている。
分かっている。
クララはネックレスを握りしめた。
一度だけ。
ほんの少しだけ、身につけるだけなら。
誰にも分からない。
朝になったら、先生に渡せばいい。
『マリナ様が落としたのかもしれないわ』
そう言って――
クララは震える手で、ネックレスを自分の首にかけた。
冷たい石が、胸元に触れた。
なぜか、それだけで泣きそうになった。
自分の病室のベッドに戻ると、毛布を被って、暗闇でその宝石を抱きしめるように丸まった。
「……会いたいわ、ヴィンセント」
静かな病室、毛布の暗闇の中にかつての婚約者の名の呟きだけが響いた。




