第8話:ブレッド・チートと瓦礫の石窯
山口先生と土屋さんの手によって、見事な精肉ブロックへと姿を変えた巨猪の肉。その圧倒的なボリュームの山を前にして、俺たちは嬉しい悲鳴を上げていた。
「肉は山ほどある。ポットスチルのおかげで綺麗な水もある。……だが、これをどうやって調理する? 直火の串焼きじゃ、中まで火が通る前に表面が炭になっちまうぞ」
ボランティア部OBの玄田先輩が腕を組んで唸る。いくら極上の肉でも、未知の異世界の野生動物だ。寄生虫や雑菌のリスクを考えれば、しっかりと熱を通したい。さらに言えば、主食となる炭水化物も圧倒的に不足していた。
「――だったら、俺の出番ですね」
肉の山の前に、一人の男子生徒が進み出た。実家が老舗のパン屋で、将来は料理人を目指している木村くんだ。彼は邪神から授かった己の能力について、不敵な笑みを浮かべながら語り出した。
「俺のチート能力は、名前に『パン』と付くものなら何でも無限に取り出せるっていう、文字通りのブレッド・チートです。……肉を焼くなら、まずはこれが必要でしょう!」
木村くんが虚空に手を突っ込むと、金属の擦れる小気味いい音が響いた。彼の手からジャラジャラと溢れ出してきたのは――大量の、ピカピカに磨かれたプロ仕様の鉄製フライパンだった。
「なるほど、フライパンか! こじつけ気味だが、めちゃくちゃ助かる!」
玄田先輩が手を叩いて喜ぶ。土屋さんと山口先生がすぐさまフライパンを受け取り、メカ校長のフルバーストでへし折れた乾燥キノコを薪代わりにして、肉を焼く準備を始める。
「さらに、主食も用意します。……これが、邪神からのおまけに入っていた『パンの木』の種です。実家でもこんな植物は扱ったことがないですが、異世界なら話は別だ!」
木村くんが地面の土を軽く掘り、奇妙な丸い種を植えた。育つと「焼成前のパン」が実になるという、にわかには信じがたいチート植物の種だ。
「あら、面白そうな木ね。じゃあ、お日様の代わりに私の魔力で育ててあげるわ」
種の上にかがみ込んだ櫻子先輩が、優雅に指先を震わせる。次の瞬間、地面を割って凄まじい勢いで若芽が飛び出した。大蛇のようにうねりながら成長する幹は、みるみるうちに太くなり、数十秒で立派な大樹へと変貌を遂げる。枝葉の先には――ふっくらと膨らんだ、真っ白な生のパン生地の形をした実が、鈴なりに実ったのだ。
「す、すげえ……本当に焼く前のパンが実ってる。……でも木村、これをどうやって焼くんだ? フライパンじゃ、ふっくらしたパンは焼けないぞ」
俺が疑問を口にすると、背後から頼もしい声が響いた。
「フッ、そこら中に転がっている資源を忘れてもらっちゃ困るな」
ヘルメットを小粋に被り直して現れたのは、造成部の金剛くんだ。彼は周囲に散らばる崩壊した旧校舎のレンガやコンクリートの瓦礫を鋭い目で見定めていた。
「造成部の腕の見せ所だ。そこらの瓦礫がありゃ、一瞬で特製のパン釜(石窯)を組んでみせるぜ! ――角田先生、ちょっとその金剛不壊のパワーで、このレンガを均一に四角く叩き割ってください!」
「おお、任せろ金剛クン! 職人コラボ第2弾だな!」
角田先生の剛腕が瓦礫を瞬時に綺麗なレンガブロックへと変え、それを金剛くんが恐るべきスピードで積み上げていく。空気の対流、熱効率、排煙のルートまで完璧に計算された、二重構造の本格的なアーチ型石窯が、わずか数分で完成した。
「よし、窯の温度はバッチリだ! 木村、パンの実を入れな!」
「おう! 最高の味に焼き上げてやる!」
木村くんが手際よく収穫し、石窯へと滑り込ませる。同時に、隣では土屋さんと山口先生が、フライパンで分厚く切った猪肉のソテーをジューッと豪快に焼き上げていた。
やがて石窯から、言葉を失うほど香ばしい、焼き立てパンの甘い香りが漂ってきた。
「……よし、焼き上がったぞ!」
窯から取り出したのは、外側は黄金色にパリッと焼け、内側はモチモチに膨らんだ完璧なフランスパンだった。
ちぎったパンに、肉汁溢れる猪肉のソテーをたっぷりと乗せ、一気に口へ放り込む。肉の旨味とパンの甘みが口いっぱいに広がり、脳が溶けるほどの幸福感が全身を駆け巡った。
「う、うますぎる……! サバイバル生活っていうか、これ、ただの最高級グランピングじゃないか?」
俺は肉汁を口元から滴らせながら、焼き立てのパンを頬張った。
櫻子先輩の植物魔法、金剛くんの造成技術、そして木村くんのブレッド・チート。みんなの力が噛み合うたびに、この地獄のような腐海が、少しずつ俺たちの「新しい家」へと作り替えられていく。
右手の人差し指の爪は、まだ剥がさずに済んでいる。この頼もしすぎる仲間たちとなら、本当にこの世界を開拓していけるかもしれない。贅沢な夕食の香りとみんなの笑顔に包まれながら、俺は初めて、この異世界で心からの安堵を感じていた。




