第14話:異界の言葉と邪神の翻訳機
「……ッ、オルト・リ教導騎士団、エリカ・アーケンハイムである! 貴公ら、不浄なる魔の眷属か!?」
簡易野営テントの中に、凛とした、しかしどこか悲痛な叫びが響き渡った。
三度目の目覚めを迎えた戦乙女は、黒田先生にガチガチに固定された左足の痛みに耐えながら、ベッドの上で上半身を跳ね上げ、周囲を鋭い視線で睨みつけていた。
だが、彼女を囲むボランティア部の面々は、一様にぽかんとした表情で顔を見合わせる。
「……ねえ、あなた。今の、何て言ったのかしら? さっぱり聞き取れないのだけれど」
山口先生が豊かな胸元に手を当てて首を傾げた。
「英語でもなさそうですね。ロシア語か、あるいはラテン語に近い響きですが……完全に未知の言語です」
安倍くんが顎に手を当てて冷静に分析するが、言葉が通じないことにはどうしようもない。
「うーん、これじゃコミュニケーションが取れないね。死霊の囁きなら聞き取れるんだけどなぁ」
なのはさんが困ったように薬草の包帯をいじっている。
そんな中、俺――古田降太だけは、冷や汗が止まらなくなっていた。
なぜなら、彼女が発した「未知の言語」が、俺の頭の中では完璧な日本語に翻訳されてダイレクトに響いていたからだ。
(……クソ、あの野郎……!)
俺は脳裏に浮かぶ、あの千の貌を持つ邪神、ニャルラトホテプのヘラヘラとした笑い声を思い出していた。
あいつに付箋で要求した『異世界適応能力』のせいで、俺の脳内には勝手に自動翻訳機能がインストールされているらしい。
戦乙女――エリカと名乗った彼女は、俺たちの沈黙を「敵意」とみなしたのか、さらに声を荒らげた。
「答えよ! 聖なる大国を脅かす鉄の巨神と、肉体の怪異どもめ! 私は屈せぬ! 殺すなら一思いに殺すがいい!」
必死に気高さを保とうとしているが、その青い瞳は恐怖で小刻みに震えている。
無理もない、彼女から見れば、角田先生もメカ校長も「一級品のバケモノ」なのだから。
みんなが「何を言っているんだ?」と戸惑う中、俺は小さく溜息をつき、一歩前に出た。
これ以上彼女を怯えさせて、折れた足で暴れられては黒田先生の処置が台無しになる。
「……あの、落ち着いてください。俺たちは魔の眷属でも何でもないです。ただの、通りすがりの高校生……いや、ボランティア部です。あなたを助けたんですよ」
俺が彼女と同じ言語――流暢な異界の公用語で語りかけた瞬間、テント内の空気が凍りついた。
「えっ、古田くん!? あなた何喋ってるの!?」
なのはさんが目を丸くして驚き、櫻子先輩も「あら、降太、いつの間にそんな怪しい魔術を覚えたの!?」と目を輝かせる。
そして何より、一番衝撃を受けていたのはベッドの上の彼女だった。
「……貴公、私の言葉がわかるのか? その、妙な衣服を纏っていながら……」
「ええ、まあ、ちょっとした知り合いのツテでね。とにかく、俺たちに敵意はありません。信じてもらえませんか、エリカさん」
俺が彼女の言葉から読み取った名前を呼ぶと、彼女はハッと息を呑み、ようやく少しだけ肩の力を抜いたのだった。
邪神からもらったチート能力が、図らずもこの異世界の戦乙女との架け橋になる。
俺の苦労人ライフに、また新しい役割が追加された瞬間だった。




