第6話:薬莢の雨と蒸留水
「キュイィィン……ギチ、ギチチチッ!」
腐海のように淀んだキノコの森の奥から、そいつは姿を現した。
紫色の胞子を切り裂いて現れたのは、ダンプカーほどもある巨大な緑色の体躯。鋼鉄のような光沢を放つ外殻に、無数の複眼。そして左右に構えられた巨大なカマキリの鎌からは、地面の草を溶かすほどの強酸性の消化液がポタポタと垂れ落ちていた。
「デカすぎる……! まるで特撮怪獣じゃないか!」
安倍が悲鳴を上げ、生徒たちが後ずさりする。異世界の洗礼、ビッグマンティス。その圧倒的な暴力の化身が、極上の餌である人間を見つけて歓喜に顎を鳴らし、巨大な鎌を振り上げて跳躍した。
「下がっておれ、若人たちよ!」
絶望的な質量の暴力が降り注ぐ直前、集団の前に立ち塞がったのは、我らがモーニング姿の教育者だった。メカ校長は葉巻を噛むような渋い顔つきで葉っぱを咥え直すと、両腕を正面に突き出した。
「ガシャン! ギュイイイイイン……!!」
校長の両腕の装甲がスライドし、内部から鈍い光を放つ六銃身の大型ガトリング砲が展開される。
「教育的指導の時間じゃ。ワシのフルバーストの錆にしてくれるわ!!」
校長がトリガーを限界まで引き絞る。
「ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!! 」
毎分六千発の連射速度で吐き出される鉛玉の豪雨。暗い森を一瞬で昼間のように照らし出すマズルフラッシュ。ビッグマンティスは自慢の鋼鉄の外殻で弾き返そうとしたが、秒間数百発の物理的質量を浴びせられれば話は別だった。
「ギチィィィィィイイイイ!? 」
圧倒的な暴力が、異世界の怪物を物理的に粉砕し、さらに背後の巨大キノコの群れごと地形をえぐり取っていく。硝煙が晴れた後には、緑色のミンチと化したビッグマンティスの残骸と、見渡す限り更地になった森の跡だけが残されていた。
足元から凄まじい金属音が響いた。
「ジャラジャラジャラジャラジャラガシャアアアアアン!!!!! 」
校長の背中の排莢口から吐き出され続けた、小山のような真鍮製の薬莢がうず高く積み上がっていた。その量はトラック一台分に匹敵する。
「……はぁ。だから派手に撃つなと言ったんだ。無駄撃ちの極みだぞ」
耳鳴りに顔をしかめながら、玄田先輩は深く頭を抱えた。だが、その山積みの薬莢を見て、ふと現場の目が光った。
「……待てよ。これ、使えるな。おい、溝渕! 出番だ!」
「フッ……ようやく俺の技能が必要とされる時が来たか」
ボランティア部OBの溝渕先輩が現れる。水には毒素が混ざっている可能性が高く、安全な蒸留水を作る装置が必要だった。
「溝渕、この薬莢の山を平らに伸ばして、さらに立体成形したい。クラス全員分の水を一気に沸かせる大型の蒸留釜を作れるか?」
「玄田、俺を誰だと思っている。金属をどう変形させれば、どんな立体になるかの設計図が頭に入っている。……角田先生、俺の指示通りにその腕力を叩き込んでください」
「おお、任せろ溝渕クン!」
溝渕先輩の神がかったディレクションに、角田先生の怪力が合わさる。熱を持った真鍮板が、歪み一つない見事なドーム状の巨大な釜へと姿を変えていく。
「次は上部だ! 天高く伸びるスワンネックを形成します! 黄金比で曲げてください!」
「おう! 職人魂が燃えてきたぞ! どりゃああああッ!!」
あっという間に、腐海の森の中に、黄金色に輝く芸術的な巨大手作りポットスチルが聳え立った。
カマドに火が灯され、川から汲んできた汚水が釜の中で沸騰を始める。やがてパイプの先から、透き通った綺麗な水が溢れ出し始めた。
「……よし、いける。混じり気なしの、完全な真水だ」
クラス全員から大歓声が上がる。
俺はホッと胸をなでおろし、櫻子先輩がハンカチで包んでくれた右手の親指をそっと見つめた。
指先はまだズキズキと熱を持っている。爪は再生しておらず、指先の肉が剥き出しのままだ。俺の能力は、爪を剥がして対象に直接貼り付けなければ発動しない。この指の状態では、次に爪を剥がす時、俺は正気を保っていられるだろうか。
「古田、お前の出番はまだ先だ。爪は大事にとっておけよ」
玄田先輩に笑いかけられ、俺は苦笑いで頷いた。みんなのチートと職人技があれば、俺が血を流す必要なんてないのかもしれない。
そんな希望が見えたのも束の間だった。
蒸留器から立ち上る白い湯気が、腐海のさらに奥深くに潜む「何か」を呼び寄せてしまった。




