第3話:前歯に宿る狂気
「――うわっ!?」
背中を強打する衝撃に、俺はガバッと跳ね起きた。
頭上を見上げると、そこには夜空に不気味に輝く二つの月。
周囲を囲むのは、見たこともないほど巨大で、怪しく発光するキノコが乱立する、湿った暗い森だった。
「……っ、そうだ。俺たちは……!」
周囲を見渡すと、いつもの面々も次々と意識を取り戻し始めていた。彼らはすぐに自分が手に入れた「チート」の存在に気づいたらしい。
「うおおっ! マジで出た! 俺の拳、鉄塊より硬えぞ!」
角田先生が試しに傍らにあった巨大なキノコを殴りつけると、メキメキと音を立ててキノコが粉砕される。
「凄い! 私のタブレット、画面をスワイプするだけで空から金貨が降ってきたわ!」
塩原さんが声を弾ませてスマホを操作し、きらきらと輝く金貨の雨を浴びている。
「いいなー! 僕も何かあるはず……あ、魔力感知! 周囲の魔素が見える!」
安倍が興奮気味に空中に手をかざしている。
誰もがその力を面白がり、異世界への不安を忘れ、まるで遠足に来たかのように浮かれていた。
そんな中、俺は自分の両手を見つめた。十本の指の先で、半透明の爪が月の光を反射して妖しく光っている。
試しに『大爆発』と書いてみたはいいが、どう見てもこれは「自分で自分を傷つける」ための装置でしかない。
「……っ痛たたたたた!!! 無理無理無理! ガチで生爪剥がれる痛さじゃんこれ!!」
一人だけ絶望的なチートを掴まされた現実に涙目で転げ回っていると、その様子を誰かが見下ろしていた。
「あら、ふるふる君。目覚めて早々、何をみっともなく転がっているの?」
鈴の音を転がしたような声。見上げると、キノコの上からドレスの裾を翻して舞い降りてくる完璧な美少女、櫻子先輩の姿があった。
その直後だった。
『ギチチチチチ……ギチチチチッ!!』
不快な音が森の奥から響いた。
姿を現したのは、人間の形をした巨大な動くキノコ――『マイコニド』の群れ。数十匹という大群だ。
「な、なんだあのバケモノは!?」
「いやあああッ! こっちに来る!」
パニックを起こす生徒たちの最前線へ、先ほどまで筋肉を試していた角田先生が、雄叫びを上げながら素手で突撃していった。
しかし、マイコニドが撒き散らした紫色の胞子を吸い込み、角田先生はガクンと膝をつく。
その時、俺の視界には、先生の頭上に浮かぶ禍々しい赤いアイコンがハッキリと見えていた。
【状態異常:菌糸洗脳】
「なんだ、あれ……? 角田先生の頭に、そんなものが……?」
周囲の生徒たちは何のことか分かっていない。「先生! 大丈夫ですか!?」と駆け寄ろうとした直後、角田先生はバネ仕掛けのように跳ね上がった。
「ウオオオ! 皆殺しダンスだぁぁ!!」
その瞳からは理性が消え、凶悪な笑みだけが浮かんでいる。
あの剛腕が、生徒たちを守ろうと駆け寄った妻の綾華先生に向けて、容赦なく振り下ろされようとしている。
他の生徒たちは「先生が、奥さんを……!?」と凍りついたように立ち尽くすだけだ。だが、俺だけは分かっていた。あれは先生の意志じゃない。あのアイコンを消さない限り、先生は止まらない。
(やるしかない……! ここで死なせるわけにはいかないッ!)
俺は右手の親指を強く見つめた。
手で剥がそうとしても、本能的な恐怖が邪魔をしてどうしても指先に力が入らない。
「――だったら、これならどうだッ!!」
俺は覚悟を決め、右手の親指を自らの口内へ突っ込んだ。
前歯で半透明の爪付箋の端を、ガチガチと強く噛み締める。
「えっ? ふるふる君、急に何を汚いことを――」
櫻子先輩が驚きに目を丸くした、次の瞬間だった。
俺は思い切り、首を後ろへと跳ね上げた。
前歯で咥えた爪の端を、首の遠心力と引き抜く力だけで、強引に「引きちぎる」ようにブチ抜いたのだ。
ベキィッッ!!!!!




