第2話:邪神のプロデュースと十本の付箋
「……う、うう」
強烈な浮遊感の後、俺はゆっくりと目を覚ました。
床も壁もない、どこまでも真っ白な無限の空間。
そこには、俺や櫻子先輩、メカ校長、角田先生と綾華先生、安倍、それにOBの溝渕先輩やキティ先輩といったいつもの面々が、まるで無重力空間のようにふわふわと浮いていた。
「全員無事か!?」
真っ先に声を張り上げたのは、現役時代からサバイバル生活を指揮していた高校生OBの玄田先輩だった。
「ああ、なんとか生きてるみたいだ。……おい、見ろよ頭上を」
同じくOBの宇多川先輩が、苦り切った顔で天を指差す。
そこには、どこからともなく差し込むスポットライトを浴びて、
豪奢な玉座にふんぞり返る男がいた。
派手なスーツを翻し、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
死神代行、ニャルラトホテプ。俺たちを何度も怪異に巻き込んできた、あの悪辣な邪神だ。
「……やっぱり、お前の仕業か。このクソ邪神」
俺が睨みつけると、奴はケラケラと軽薄に笑って肩をすくめた。
「人聞きの悪いなぁ、古田少年。ワテはただの優秀な演出家や。
あの中学校はな、君らみたいな『面白すぎる魂』を育てるための揺り籠やったんや」
奴はステッキを指揮者のようにひと振りする。
「卒業おめでとう。せやけど、君らみたいなカオスな連中が、今更ふつーの高校生活や社会に馴染めるわけないやろ? ……せやからワテが、最高のセカンドステージを用意したった!
『異世界』や! 剣と魔法と魔王の世界で、新番組の『視聴率』ガッポリ稼いでもらうでぇ!」
異世界、という突飛な単語に全員がざわめく。
だが、この空間にいる面々は数々の怪異を潜り抜けてきた猛者たちだ。
パニックを起こすどころか、奴の次の言葉に一瞬で目の色を変えた。
「ほな、向こうで暴れるための『チート能力』、大サービスや! 欲しいもんあったら言うてみ!」
その言葉を合図に、仲間たちが遠慮なく規格外のチートを叫び始める。
『全弾発射のクールタイムをゼロにせよ! 弾薬も無限じゃ!』
壇上から浮いてきたメカ校長が、真っ先に吼えた。
『はいよ! 弾切れなしのフルバースト仕様や!』
『俺には、綾華と生徒を守るための圧倒的な筋肉の加護を!』
ファイティングポーズをとる角田先生の願いに、邪神はパチンと指を鳴らす。
『オッケー、金剛不壊の肉体プレゼント!』
『あの、王国の国家予算を私のタブレットの口座へ直結してください』
アイドル部の塩原さんが、フリル付きの制服のまま真顔でとんでもないことを要求する。
『えげつな! 採用! 君のタブレットは国家を揺るがす魔導書や!』
誰も彼もが、この状況を逆手にとってチートを毟り取っていく。
そして最後に、邪神の濁った瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。
「ほな最後に、古田少年。君は主人公やろ? 『チート能力はいらん』なんて、そんな手ぶらで行く気はナシや。
ワテのプロデュースを舐めてもらっちゃ困るわぁ」
「待て、俺は本当にいらな――」
俺が抗議の声を上げると、奴は玉座の上で仰け反って腹を抱えた。
「拷問やなんて人聞き悪いなぁ! これぞ『痛み』という名のスパイスやんか! 視聴者はな、苦しむ主人公の顔が大好きなんやで? 君が指先から血を流して必死に頑張る姿、カメラ映えすること間違いなしや!」
奴はペロリと真っ赤なキャンディを舐め、俺の足元の影に冷たく光るナイフを一振り投げつけた。
「これが君の武器、**『編集付箋』**や。やり方は簡単。自分の爪を一枚剥がして、そこに君の血で『定義』を書き込んで対象に貼る。例えば『無敵』と書いて君の心臓に貼れば、物理法則すらねじ曲げられる。逆に敵の剣に『脆い』と書いて貼れば、一撃でへし折れる」
奴はニヤリと口角を吊り上げる。
「爪を剥がす痛みと、文字を刻む生命力(HP)。二重の代償が、君の力の源泉や。死なない程度に、死ぬほど頑張りやー!」
「貴様ァッ!!」
俺が掴みかかろうとした瞬間、奴は楽しげに床の巨大なスイッチを蹴り飛ばした。




