第1話:マブダチへの送辞、そして崩壊
三月吉日。俺たちの通う中学校の体育館は、厳粛な空気に包まれていた。
窓から差し込む春の日差しが、舞い上がる埃をキラキラと照らしている。
在校生、保護者、来賓。体育館を埋め尽くす全員の視線が集まる壇上には、モーニング――に見せかけた漆黒の追加装甲を厳重に纏った学校長・加藤起太郎が立っていた。俺たちの誇る「メカ校長」である。
『えー、卒業生の諸君』
マイクを通さない内蔵スピーカーの重低音が、体育館の隅々に朗々と響き渡る。
校長は、赤く発光する機械の瞳をゆっくりと巡らせ、俺たち一人一人の顔を見渡した。
『君たちは、本当によくやった。この三年の激闘を、ワシは片時も忘れん。時には厳しく指導し、時には共に悩み……裏世界で共に命を懸けて戦った』
校長の声が、かすかに回路の震えのようなノイズを帯びる。
会場の保護者たちは「熱心で情に厚い先生かしら」とハンカチを濡らしているが、裏事情を知る俺たちボランティア部のメンバーには、その言葉の重みが痛いほど分かっていた。
深夜のプール、文化祭の怪異、そして校長の死と、まさかのサイボーグとしての復活。そのすべてが、俺たちの共有した青春の「秘密」だ。
『ワシにとって、君たちは目に入れても痛くない(物理的には硬いが)孫のような存在だ』
校長が一呼吸置く。
ウィーン、と滑らかな駆動音を立てて首を回し、少し照れくさそうに、けれど力強く言葉を紡いだ。
『……いや、違うな。「孫」ではない』
校長は、演台をバン! と鉄拳で叩く。強烈な衝撃で演台に見事なヒビが入る。
『君たちは、ワシの最高に最高の――「マブダチ」だ!!』
一瞬の静寂。次の瞬間、体育館は爆発的な歓声と拍手に包まれた。
来賓席では高校生OBの溝渕先輩たちが「うおおおっ! 校長ぉぉぉ!」と男泣きを炸裂させている。
俺、古田降太も、鼻の奥がツーンと熱くなるのを止められなかった。
八十歳のサイボーグと、十五歳の俺たち。年齢も種族も超えた、最高の友情が確かにここにあった。
卒業生の歌『旅立ちの日に』が響く中、俺は隣で澄んだ声を出す櫻子先輩の横顔をそっと見つめた。
その美しい瞳は、まっすぐに未来を見据えている。
(……綺麗だ)
歌いながら、俺の脳裏に三年の記憶が走馬灯のように蘇る。
ボランティア部での奇妙な活動。
先輩がスマホの画面の中にいた頃の、日本縦断弾丸旅行。
広島の平和公園、倉敷の美観地区、六甲山の夜景、恐山の荒涼とした大地、鳴門の渦潮。
あの時、画面越しの先輩は「世界は広いわね」と無邪気に笑っていた。
そして、つい先日の霧ヶ峰高原。
ようやく生身の身体を手に入れた先輩が、高原の風に髪をなびかせていた姿。
『風が、私の輪郭を撫でていくのが分かるわ』
そう言った時の、泣き出しそうなくらい愛おしい笑顔。
先輩はもう、学校の怪異なんかじゃない。一人の人間として、今日この学び舎を巣立つんだ。
「……ありがとう」
俺は小さく呟いた。誰にともなく、この校舎に向かって。
やがて閉会の辞が終わり、司会の声が告げる。
「これより、卒業生退場」
ブラスバンドの演奏が始まり、俺たちは一斉に立ち上がる。
大きな出口の扉が開かれた。その先には、眩い光に満ちた輝かしい未来があるはずだった。
ガゴォォォォォン!!!
「!? なんだあッ!?」
一歩踏み出した瞬間、俺は目を疑った。
扉の向こうに校庭はない。商店街もない。見慣れた空もない。
そこには、禍々しい紫色にうねる「混沌の渦」の断崖絶壁があった。
「な、何が起きてるのよーッ!?」
「キャーッ!!」
悲鳴が轟く中、振り返ると、体育館の床も壁も、あめ細工のように溶け始めていた。
「くっ! 崩壊が始まったか!」
ボランティア部の後輩で陰陽師の末裔、安倍が叫ぶ。
「この学校の『役割』が終わったんです! 卒業と同時に、空間自体がアーカイブ(廃校)されようとしてます!」
「そんな! 逃げ場はどこだ!?」
「ありません! 僕らはもう、地図の外側に落ちてるんです!」
ズズズッ……!!
足場が完全に消滅する。
俺たちは、ブラックホールのような暗黒の虚無へと、数百人の生徒、教師、来賓たちもろとも、一斉に投げ出された。
ああ、俺の人生、卒業式の当日に終了かよ……。
意識が遠のく中、俺の脳内に、ファンファーレと共に気の抜けた関西弁が響いた。
『おお、死んでしまうとは情けない』




