第19話:絶望の騎士と、魔女の培養瓶
「くそっ! あの髭公爵、やっぱり一発お見舞いしておくべきだったぜ!」
王宮を追い出され、城下町の薄暗い路地裏に身を潜めた俺たちの中で、赤城烈兎が石畳を思い切り蹴り飛ばして吠えた。
壁際では、手製の松葉杖をついたエリカ・アーケンハイムが、全てを失ったかのように項垂れている。
俺の邪神翻訳チートを通じて彼女から聞き出した情報によれば、病に伏せるお姫様――ルリカ・オルト・リ殿下は今、公爵の思惑によって王宮の外れにある『隔離の尖塔』に幽閉されているという。
「姫様を助ける唯一の希望が……私の無力さゆえに、失われてしまった……。公爵はあの花を確実に枯らし、私が偽物を持ち帰ったと吹聴するだろう」
エリカは両手で顔を覆い、騎士の誇りも捨てて泣き崩れた。
無理もない。命懸けで腐海を越え、ようやく見つけた希望を、政治力という最も理不尽な暴力で奪われたのだ。彼女の絶望は計り知れない。
だが、ボランティア部の面々は誰一人として絶望などしていなかった。
「ふふっ、エリカさんも赤城くんも、本当に諦めが早いのね」
暗がりの中、櫻子先輩がどこからともなく取り出した小さなガラスの小瓶を揺らしながら、妖しく微笑んだ。
その瓶の中には、緑色の怪しげな液体と共に、見覚えのある清らかな葉っぱが、青々とした生命力を放って浮かんでいる。
「……櫻子先輩、それって」
「ええ。赤城くんが鉢植えを持ってきてくれた時、可愛らしい花が枯れてしまうのがどうしても耐えられなくて。私の植物学と、死霊術の活性化メソッドを応用して、完全なクローンを培養しておいたの。……ええ、私だけのコレクションとしてね」
「「「……マジかよ」」」
俺と赤城、そして通訳されたエリカの驚愕の声が路地裏で見事にハモった。
この先輩、万が一の保険と言いつつ、自分の手元から「最高傑作」が失われることを許せなかっただけなのだろう。美少女の皮を被ったマッドサイエンティストの執着心には、正直背筋が寒くなる。
「で、でも先輩! 薬があっても姫様に飲ませなきゃ意味がねえ! あの尖塔には見張りがいるんだろ?」
赤城が身を乗り出すと、エリカがハッとして顔を上げた。
「ああ……尖塔の入り口には、公爵の息がかかった重武装の兵士が四六時中立っている。だが、この薬草の葉をすり潰し、水に溶かして一滴でも口に含ませれば、姫様の病は劇的に回復するはずだ!」
その言葉を聞いた瞬間、赤城の目に漢の光が宿った。
「よし、降太。エリカさんに伝えてくれ」
赤城は自分の拳を掌に打ち付け、ニヤリと不敵に笑った。
「俺が今夜、その尖塔に忍び込んで姫様を治してくる。ついでに、あの髭オヤジの手の届かないところまで、姫様を丸ごと拉致してきてやるってな!」
「お前、一国の王女を拉致って……いや、見張りがいる入り口を通らずに窓から出入りするなら、お前のフィジカルなら可能か」
俺がため息混じりに通訳すると、エリカは信じられないものを見る目で赤城を見つめた。
「正気か!? あの尖塔は垂直に切り立っているのだぞ! 熟練の暗殺者でも登るのは不可能だ!」
エリカの忠告ももっともだったが、赤城は全く動じない。
「へっ、舐めんなよ。真夏の炎天下で血反吐を吐きながらやった、野球部の地獄の千本ノックとベースランニングに比べりゃ、壁登りなんてただのウォーミングアップだぜ」
赤城は力強く胸を叩き、夜の闇に浮かび上がる尖塔を見据えた。
絶望のどん底から一転、一発逆転の奇策。
ボランティア部の常識外れな力技による、王女奪還作戦の幕が切って落とされた。




