第17話:驚きの白さと不織布の盾
「……我が祖国、オルト・リ王国へ行くというのか?」
翌朝、赤城が持ってきた薬草のおかげですっかり生気を取り戻したエリカは、ベッドの上に背筋を伸ばして座り、古田(俺)の問いかけに真剣な面持ちで答えた。
「そうだ。俺たちはこの周辺の土地や、この先にどんな国があるのかを知りたい。お前の国へ行くにはどうすればいい?」
俺が異世界語で尋ねると、エリカは少し黙り込んだ後、丁寧に説明を始めてくれた。
「ここから川を下り、腐海の森を西へ三日ほど進むと、魔物の侵入を防ぐ大防壁が見えてくる。そこが我がオルト・リ王国の東の国境だ。だが……貴公らは、一体どこからこの危険な魔の森へ入ってきたのだ? 近くに人が住めるような都市などないはずだが」
エリカの純粋な疑問に対し、俺はありのままを伝えることにした。もちろん、別の世界から学校ごと転移してきたなんて言っても混乱するだけなので、今の拠点の場所を指さす。
「この先にある『キノコの森』だよ。そこに俺たちの集落……いや、拠点があるんだ」
「なっ……なんだと!?」
その瞬間、エリカは折れた足の痛みも忘れたかのように、信じられないものを見る目で俺を凝視した。
「狂気の沙汰だ! 人類があのキノコの胞子が絶え間なく降り注ぐ死の環境で生きられるはずがない! 呼吸するだけで肺が腐り、数日で命を落とすのがあの森の常識なのだぞ!?」
彼女の驚きはもっともだった。現に俺たちも、あのキノコ村(仮称)にたどり着いた時はその環境に絶望しかけたのだから。
必死に訴えかけるエリカに対し、俺はポケットから「それ」を取り出し、彼女の前に差し出した。
「いや、これで防げるんだよ。ほら」
俺が手渡したのは、学校の備蓄から全員に配られていた、なんてことのない市販の「不織布マスク(大人用・白)」だった。
エリカは恐る恐るそれを両手で受け取ると、まるで伝説の聖遺物でも扱うかのように、指先でその表面を撫で回し始めた。そして、その表情がみるみるうちに驚愕へと染まっていく。
「な……何なのだ、この布は……!? 非常に薄く、軽い……! それに、この網目の細かさは一体どういうことだ!? まるで精霊の悪戯のようだ!」
彼女はマスクを光にかざし、ぶつぶつと呟きながらさらに裏表をひっくり返した。
「羊皮紙じゃない……! 絹でも、麻でもない……! それに、この……白い! 驚きの白さだ!! 我が国の王宮にある最高級の儀礼服でさえ、これほどまでに純白で、一点の濁りもない平滑な白は存在しないぞ!」
現代の工場で大量生産された三層構造フィルターの不織布マスクが、異世界の女騎士にとっては「驚異の超技術」であり、「神々しいほどの純白の防具」に見えているらしかった。
「これを口と鼻に覆うだけで、あの恐ろしい胞子を完全に遮断できるというのか……? 貴公らの国には、これほどの高密度な魔法の布が、兵士全員に行き渡るほど存在するのか……?」
「まあ、箱で50枚入りとかで安く売ってるしな……」
俺がそう呟くと、エリカは完全に言葉を失い、不織布マスクを胸に抱きしめたままガタガタと震え始めた。
彼女の中で、俺たち「ボランティア部」は、ただの怪力集団から「未知の超高度な魔法文明を持つ恐るべき一族」へと格上げされてしまったようだ。
「これで、お前の国に行くときも胞子は問題ないってわかっただろ。……よし、みんな。オルト・リ王国へのルートが見えたぞ」
テントの外で待機していたメンバーに俺がそう告げると、玄田先輩が「よし、西へ進路をとるぞ!」と力強く拳を突き上げた。
一国のお姫様を救う薬草と、現代のマスクを手に、俺たちの遠征隊はついに腐海を抜けて「人類の文明圏」へと進軍を開始するのだった。




