第16話:赤き兎の贈り物と奇跡の蕾
翌朝、腐海の霧が薄く広がる中、赤城烈兎は遠征隊の斥候として周囲の地形調査に赴いていた。
俊敏なフットワークで巨木の根を飛び越え、起伏の激しい岩場をあちこち探索していたその時、赤城は足を止めた。
切り立った崖の上の、ほんのわずかな岩の隙間。そこに、この薄暗い腐海には似合わない、息を呑むほど綺麗な一輪の花がひっそりと咲いていたのだ。
「……お、これ、めちゃくちゃ綺麗じゃねえか」
赤城の脳裏に、昨夜テントのベッドで怯えていた金髪碧眼の戦乙女――エリカの姿が浮かぶ。
(よし、あのお姉さんにプレゼントしよう。だけど、ただ摘み取っていったらすぐに枯れちまうよな……)
そう考えた赤城は、サバイバルナイフを使って崖の岩肌を慎重に削り、その花を根っこの土ごと丸ごと丁寧に掘り返して持ち帰ることに決めた。
仮拠点に戻った赤城は、真っ先に植物のエキスパート(?)である櫻子先輩のもとへと向かった。
「櫻子先輩、ちょっと頼みがあるんだけど……」
赤城が恐る恐る差し出した土塊を見て、櫻子先輩は「あら!」と目を輝かせた。
「これ、崖の上に咲いてた綺麗な花なんだ。エリカさんにプレゼントしたいんだけど、このままだと不格好だから、なんか良い感じの鉢植えにしてもらえないか?」
「まぁ、赤城くんったら本当にあきらめが悪いんだから! でも、土ごと持ってくるなんて植物の命を大事にしていて偉いわね。いいわ、ちょっと待っていなさい」
櫻子先輩は面白がりながらも、手近な腐海の木材をくり抜いて即席の綺麗な植木鉢を作り、手際よく花を植え替えてくれた。
「ほら、できたわよ。早くお姫様に届けてきなさいな」
「おう、サンキュー先輩!」
鉢植えを受け取った赤城は、緊張で顔を強張らせながらエリカのいるテントへと入っていった。古田(俺)は通訳係として背後に付き添わされている。
ベッドの上でまだ顔色の悪いエリカの前に、赤城は不器用な動作でその鉢植えを差し出した。
「あの、これ……言葉は通じねえけどよ。お前、ずっと元気なかっただろ。だから、これ」
俺がそれを異世界語に翻訳して伝えると、エリカは最初、困惑したように鉢植えを見つめた。だが、その花の形状、葉の脈の走り方、そして微かに漂う清らかな香りに気づいた瞬間、彼女の青い瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれた。
「――っ!? こ、これは……っ!!」
エリカは折れた足の痛みも忘れたかのように身を乗り出し、震える手で鉢植えを抱きかかえた。その目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。
「エ、エリカさん!? どうしたんだよ、俺なんかマズいことしたか!?」
慌てる赤城を余所に、エリカは激しく声を詰まらせながら、俺に向かって叫んだ。
「違う! 違うのだ、赤髪の戦士よ! 私は……私は、我が祖国のお姫様を蝕む、原因不明の難病を治すための伝説の薬草を探して、この危険な魔の森へ命懸けでやってきたのだ! だが魔物に襲われ、もう全てが終わったと絶望していたというのに……!」
彼女が涙ながらに語った真実。それは、赤城が「綺麗だから」という理由だけで崖の上から土ごと引っ剥がしてきたその花こそが、彼女が国を背負って探し求めていた**唯一の特効薬(薬草)**そのものだった、というあまりにも出来すぎた奇跡だった。
「これがあれば、姫様は助かる……! ああ、神よ……いや、赤髪の勇者よ! 貴公は我が国の救世主だ!」
エリカに涙目で両手を握り締められ、熱烈な感謝を捧げられた赤城は、状況が掴めないまま「え? あ、おう……喜んでくれてよかったわ……」と、顔を真っ赤にして完全にフリーズしていた。
不純(?)な下心から始まったプレゼントが、図らずも一国の危機を救う劇的な一手になってしまう。
赤城の持っている謎の強運に呆れつつも、俺は翻訳を続けながら、「これでこの戦乙女とも、少しはまともな協力関係が築けるかもしれないな」と、ほんの少しだけ先行きに光を見たのだった。




