揺り籠の森
迷宮前広場の空気は、依頼を受けた直後とは打って変わって少し気まずいものになっていた。グランが小さく息を吐きながら、こちらを見る。
「鉄級、鉄級か。こっちも一応安全策をとってやってるからな。いや、何も確認せず組もうとしたこちらが悪かった」
墓荒らしは命がけの仕事だ。
死亡すればプレイヤーであれば痛いペナルティが発生するし、NPCであれば文字通り永遠に死亡する。初心者を連れて歩けばお荷物となる。
助け合って生きていく、なんてのは強者の特権だ。
つまり、俺らのことを初心者と知らず依頼を受けて向こうからしたら詐欺にあったみたいな感覚なのだろう。
「等級を見せずに応じた俺らが悪い。すまなかった」
グランは何とも言えない言葉を喉に出そうと唸る。
「——別に怒ってるわけじゃないんだ。受けた依頼はやる。それがこっちの流儀だからな」
グランはそう言って肩をすくめると、さっさと荷物を担ぎ直して歩き出した。フィルもそれに続くが、ちらちらとこちらを窺うような視線を時々向けてくる。
「奈緒、空気重くないか?ちょっとまずったみたいだな」
「重いですね、いやな気分です。これなら別の依頼を二人で受けた方がましだったかもしれないですね」
迷宮の入り口をくぐると、外の喧騒が一瞬で遮断され、代わりに葉の擦れる音と、湿った土の匂いが押し寄せてきた。視界が開けると、どこまでも続く広い森が広がっている。木々は高く太い大木と、そこそこの高さの木が混在して、頭上の枝が複雑に絡み合って、日差しがまばらにしか届かない。コンセプトアートを見せてもらった時は「初心者でも安心して歩ける、明るい森」の通りだったはずだったが、実際に足を踏み入れると、思った以上に陰影が深く、歩きにくい。
「ヴィーゲ……名前の響きはいいが、結構薄暗いな」
「そうですね。もっと開けてる印象でしたけど」
四人で並んで歩くが、会話はほとんどない。グランが時々指示を出し、フィルがそれに頷くだけの、業務的なやり取りが続く。さっきまでの軽い調子はどこかへ消えてしまっていた。
「この辺、スライムの痕跡があるな。一匹ずつ各自で対処してくれ」
「了解だ」
森の奥に進むにつれ、小型のモンスターがぽつぽつと現れる。スライムや、小さな野ネズミ型の下級の魔物達だ。フィルが詠唱して魔法を放ち、グランが剣で薙ぎ払い時間を稼ぐ。手慣れた連携だった。
俺と奈緒も、我流で剣を振り、杖から放った魔法弾を当てる。動きはぎこちないが、それでも数を減らしていくことはできた。
「お、悪くないな。新人にしては…」
グランがぽつりと呟いたが、すぐに口を閉じる。何か言いたいことがあるが、まだ完全に警戒を解いていないのが分かる空気だった。
それか、嫌味になってしまうため口を噤んだか。
定期探索の対象範囲を一通り巡り、異常がないことを確認していく。淡々とした作業のような時間が続いた。
「……このあたりで折り返すか。依頼の範囲はここまでだ」
グランが地図を確認しながら見回した瞬間、業務的な顔が驚愕に変わる。
「まずいな」
足元の土が震え、木々がざわめく。フィルが一瞬で身を硬くした。
グランの目線の先には大木の高い位置にある小さなかすり傷があるだけだ。
「これは、もう少し奥にいるはずの個体の痕跡だ」
「どういうことだ?グラン、説明してくれ」
「この層には本来、深部にしか出ない巨大な木の魔物がいる。定期探索じゃ絶対に遭遇しない範囲のはずなんだが……」
グランの声に動揺が混じる。木々の隙間から、ゆっくりと巨大な影が姿を現した。樹皮のような肌を持つ、見上げるほどの大きさの人型の何か。
――トレントだ。本来であれば、この層の奥深く、二層に続く限られたエリアにしか配置していないはずの個体。
「なんでこんな場所に……」
頭の中で、設計時のデータが一気に巡る。出現テーブル、密度設定、レベル帯。どれも記憶にある想定基準の通りなら、こんな場所に現れるはずがない。バグったか?
だが、目の前にいる以上、考えるのは後だ。
グランは完全に立ち尽くしてしまっているので活を入れる。
「グラン、フィル、距離を取れ! 奈緒は後ろから支援だ!」
グランが一瞬固まった、半拍の間。
「お、おう!」
その返事が、なぜか嬉しかった。
驚いた顔から、すぐに指示に従って動き出した。トレントが太い枝のような腕を振り下ろし、地面が割れる。土埃が舞い上がり、視界が一瞬白くなった。
「フィル、でかいので足元を凍らせろ! 一時的に俺が動きを止める!」
「は、はい!」
フィルが二重陣魔法を起動させる。2つの魔法陣が重なり、青い光をだどって回り出す。二つ目の魔法陣が一周回り切ると、氷が地面を這うように広がり、トレントの根元が薄い氷に覆われる。完全に止まったわけではないが、動きが鈍くなったのは確かだった。
「奈緒、足を狙え!俺が削った根の部分なら通る!」
「了解です!」
奈緒の魔法弾が脛のあたりに直撃し、樹皮が弾けるように剥がれる。その隙にグランが剣を構えて踏み込み、俺もそれに合わせて斬りかかった。剣はまだ手に馴染んでいないが、振るうごとに少しずつ感覚を掴んでいく。
何度か攻撃を重ねるうち、トレントの動きが徐々に鈍くなり、最後は大きく傾いて、ゆっくりと地に倒れた。木の幹が崩れるような音を立てて、その巨体が動かなくなる。
「……や、やったか?」
グランが呆然としている。
フィルが、膝に手をついてへたり込んだ。しばらく肩を上下させていたが、ふと顔を上げて、こちらを見て笑っていた。
「……あの氷魔法、半分しか凍らなかったです」
「十分だった」
「次はもっとうまくできます」
グランが、その肩をぽんと叩いた。
「けが人は、いないみたいですね」
奈緒が膝に手をついて、大きく息を吐いて、しばらくフィルの方を見ていた。
「どうした」
「……正直、最初は足手まといかと思ってました」
「結構言うな?」
「でもフィルさん、手が震えてますね。怖かったんだと思うのに、逃げなかった。きっと彼女は強くなりますよ」
しばらく静寂が続いたあと、グランがゆっくりとこちらに向き直った。
「……悪かった。さっきの態度」
「いや、別に。気にしてないって」
「いやいや、本当に悪かった。寄生屋かもしれないって、ずっと疑ってたんだ。でも今の動き見て分かったよ。お前らは、ちゃんと考えて動いてる。新人だが判断が早いし、的確だった。実際、俺も助けられたしな」
「……そりゃどうも」
「それに、あの化け物がこんな場所に出るなんて誰も予想できないことだ。お前が真っ先に指示を出してくれたから、被害が抑えられた」
グランがそう言って、頭を軽く下げた。さっきまでの硬い空気が、少しだけ緩んだ気がする。
「まぁ……結果的に何とかなったから、チャラでいいよ」
場を和ませるように、すかさずフィルが会話を挟む
「……あの、聞いてもいいですか。井崎さんは、怖くないんですか。初めてのダンジョン」
「むろん、怖いぞ」
「そうですか」
「私、ずっと怖くて。でもグランさんが最初に声をかけてくれた時、初めて誰かの後ろについていけると思ったんです。悪い人じゃないんですよ」
「そうか」
そう答えながらも、頭の中では別のことが渦巻いていた。
なぜ、深部限定の個体が、こんな浅い層に出現したのか。
確かに、初心者たちが複数人いれば対処できるが、本来トレントは一人で何体も対処するモンスターだ。
一体でポップしたのも意味が解らないし…これはバグ報告しないとな。
ふと、視界の端に表示された現在のログイン人数を見る。
想定の数字を、もうとんでもなく振り切っていた。
――これは、ただのバグ、で済む話なのか?
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