ログイン開始。
まばゆい日差しと暖かな光とは打って違い、
けたたましい音楽が部屋の中に響く。
これで起きれない奴はほとんどいないだろう。音量のうるささとは違う、奇怪なテンポや楽器の音程が耳障りに感じる。
「少し前に流行ったネタ音楽を採用したのは間違いだったか…?」
ともかく、今日は待ちに待った自社のVRMMORPG、Babelの正式公開の日だ。
サーバートラブルが起きたりしないように何回もテストを重ね、いまごろ配信でプロデューサーとディレクターは猫の手も借りたい思いだろうが、一介のリードプランナーは関係ないことだ。
「ふふ、11時まで会社でこき使ってくれた奴らの慌てようでも見てるか」
放送の練習をしたとは言え、配信経験のない社員。何回噛んだか数えて後で酒のつまみにしてやろう。
【経験値はいらない!積み重ねた生き様が、お前の強さになる。】
【ジッグラトを制覇し、Babelに名を刻め。】
【称号・熟練・評判・装備、選択する行動のすべてが成長の糧になる。】
台本にあるこれらの文言は、今までに打った広告やフレーズは企画書の文章から抜き取った一文だ。
まぁ、大量にある業務の中でわざわざライターを雇うほど金がなかったのもある。
スキルツリーを基にしたRPGで無限に思えるようなやりこみ要素や、自社開発AIによるNPCの人格、またゲーム内での一般配信ツールのコネクト化など、他の作品と比べて劣ってないという自覚がありつつも、競合タイトルと比べるとやはり少し不安が残る。
「さて、そろそろ時間だな」
ログイン画面に光が広がり、視界が暗転する。
一瞬の浮遊感と、耳の奥で響くような電子音。
【ようこそ、Babelへ】
文字が浮かび上がると同時に、視界が一気に開けた。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
画面越しに見ていたコンセプトアートとは比べ物にならない。
見上げるほど高い石造りの塔――ジッグラトを中心に、放射状に広がる開始の街。
空には複数の月が浮かび、地面には光る文字のような紋章が刻まれている。
そして、何より目を引いたのは人の数だった。
ベータの時とは桁が違う。
広場を埋め尽くすプレイヤーたちが、それぞれ思い思いのアバターでひしめき合っている。鎧を着込んだ者、フードを被った者、まだ初期装備のままぼうっと立っている者。あちこちで「うおー!」とか「すごいすごい」という歓声が飛び交い、早速誰かが詠唱の真似事をして爆発エフェクトを出し、近くの人間が驚いて転んでいる。
「……いるわいるわ。三万人どころじゃないな、これ」
主要都市ごとに分けて参加させてるから負荷は分散されると思うけど、始まりの町が一つだったら間違いなく落ちてるな。
設計上の同時接続上限を頭の中で計算しながら、思わず苦笑いがこぼれる。
サーバー、もってくれよ?頼むから。
シャットダウンからの再起動をしよう物なら上から雷が降ってくる。そうなったら会社に出向しなきゃならなくなる。
雑念を振り払おうと視線を上げると、広場の端に設置された巨大なスクリーンに、見覚えのある顔がいくつか映っていた。
ぽつぽつと配信者たちが、それぞれのカメラに向かって実況をしている。
「はいどうも~!本日からスタートしましたVRMMO『Babel』、さっそく入ってきましたけどもう人がすごい数いますね!」
「…ぼくのアバター、見てくださいよこれ。顔めっちゃ作り込めるじゃないですか、もうこれ三十分溶かしました」
「こんこ~ん。今日から始めるBabel生活!みんなとたのしむぞ~」
配信者には詳しくないが、落ち着いたトーンやばなれた感じからそれなりの配信者だということがわかる。画面の向こう側にいる視聴者の数を考えると、また胃のあたりが妙な感覚になった。
これが、自分が三年かけて企画書に書き連ねた一行から生まれたものだと考えると、未だに実感が薄い。
「さすがにすごい人集りですね。井崎さん」
不意に横から声がかかった。今野だ。
いつの間に近くにいたのか、こちらに気づいて軽く手を振っている。アバターの見た目は普段の彼女とは打って変わって背と胸が強化されている上、髪が赤い。やけに几帳面に作り込んだんだろうな、というのが一目でわかる出来栄えだった。
「お前、絶対こだわって作ったろ」
「失礼な。三十分しかかけてません」
「同業者と同じ時間使ってるじゃねぇか」
「へへ。井崎さんは?」
そう聞かれて、自分のアバターを見下ろす。
脳の深層心理にある自分の外見が反映されたままのアバター。ようは適当に初期設定のまま、髪色だけ茶色に少し変えた程度のものだ。仕事中はずっとこの画面と向き合ってきたから、今さら自分のキャラクターに凝る気力なんてなかった。
「俺は中身で勝負するタイプだ」
「それ、外見にこだわらない人の言い訳ですよね。この際ハゲマッチョにしたらどうです?」
「うるさい」
軽口を叩き合っている間にも、周囲のざわめきは収まらない。
あちこちで「ジョブどうする?」「とりあえずタンクいないとパーティ組めないでしょ」という声が飛び交い、初心者向けのチュートリアルNPCの周りには長い行列ができていた。
「さて」
広場の中央、町を象徴するジッグラトの麓に設置された大きな台座。
職業選択の儀式場が、淡く光を放っているのが見える。
プレイヤーたちが次々とその光の中に足を踏み入れ、選んだ職業に応じたエフェクトを纏って歓声を上げていた。
「うーん何回も転職できるとは言え、初期職業の報酬ポイントは二度ともらえないんだよな。どの職業にしたものか」
「私は司祭系にしようかと思います」
「そうだな、レア職とかユニークとかは権限乱用になるから触れないし」
頭の中ではすべてのビルドの相関図が浮かんでいるくせに、
いざ自分の番になると選べない。
これだから、企画屋は現場の人間に向いてないんだろうな、と内心ぼやく。
「ほら、行きましょ井崎さん。決めるの手伝いますよ」
今野がそう言って、台座のほうへ駆け出していく。
三話までお読みいただきありがとうございます!
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