居酒屋にて。
こんちわこんちわ。
二話もご覧いただきありがとうございますぇ
「お、やってるやってる~」
店の軒先からこぼれる光と、焼き鳥の煙が高架下の通りに漂っている。今野がそう言いながら、小走りで一歩先を行く。小柄なくせに歩くのだけは妙に速い。
「この辺に立ち寄ったことあります?」
「う〜ん。何回か宴会で使った店は思いつくが……」
記憶を探ってみたが、出てくるのは上司に連れられた居酒屋チェーンの看板ばかりだ。この通りに足を踏み入れたのは、実のところ今日が初めてかもしれない。
「なら、それ以外のところ行きましょ!」
「おいおい。飯の当たりはずれもわからないのに……」
「井崎さん!あそこ、串二本で150円ですよ!」
今野が足を止めて、狭い店先を指差した。
カウンター席が六つほど、奥に小上がりが一つ。こぢんまりしているが、煙の向こうに見える大将の手つきが妙に板についている。
悪くない、と思った。何よりさっきから俺の腹が鳴ってやまない。
「まぁ、終電逃す前に席に座ろう」
暖簾をくぐると、炭火と醤油の匂いが一気に押し寄せてくる。カウンターに並んで腰を落ち着けると、大将が顔も上げずに声をかけてきた。
「らっしゃい。注文は?」
「とりあえず生二つで」
「はいよ」
「あとは串のおすすめあります?」
大将が初めてこちらを見た。値踏みするような目で一瞬俺たちを見てから、メニューも差さずに二本指を立てた。
「なら、これとこれですかね」
「じゃあ、それで五本ずつで」
さっそく若いスタッフがビールを持ってきて、テーブルの真ん中にグラスが二つ置かれる。今野がそれを両手で包むように持って、少し背筋を伸ばした。
「井崎さん、テレビでも流れてますね。うちの会社のPV」
カウンターの奥、天井に据え付けられた古いテレビの画面に、見覚えのある映像が流れていた。三ヶ月前、撮影に立ち会ったときには「こんなもので人が集まるものなのか」と半信半疑だったやつだ。
テレビに広告を打つ金は、ウチの会社からしたら大きな出費だ。
「はは、いくら使ったんだか」
「何人か有名どころの配信者とも契約したらしいですからね」
今野がグラスを傾けながら、画面を眺めた。その横顔が珍しく柔らかい。
普段の、感情の読めない無表情とは少し違う顔だった。
「なんかこう、ワクワクしますね」
「ベータであれだけ人が来たんだ。大手の企業が続々とタイトルを発表する中の、小さな企業の初のブランド商品だ。すぐ吹き飛ばされないことを願うのみだよ」
口ではそう言いながら、俺もあのテレビから目が離せなかった。三年だ。企画書の一行目から数えれば、ちょうど三年になる。
自信がなかったわけではないが、自分が企画した作品がこうも大作になってくると、
本当に自分が孵した卵なのかと疑問に思う。
「井崎さんは職業、なににします?らしいのは、暗殺者とか?」
「おいおい、もう酔いが回ったのか?」
一杯目が半分も減っていない。
こいつは酒が強いのか弱いのか、いつまで経っても読めない。
それとも本気で根暗な陰キャ野郎だとからかっているのか。
「へへ、まぁでもそっち系ですよね?」
「……なんだろうな」
正直、まだ決めていなかった。自分で設計した職業バランスは頭に入っている。どのビルドが強いかも、どこに穴があるかも。だからこそ、どれを選べばいいのか逆に決まらない。
「え〜教えてくださいよ〜。パーティ組むときに役割分担は当たり前じゃないですか〜」
「おいおい。俺はお前と動く気はないぞ」
「なんで意地悪言うんですか?組みましょうよ〜」
いつの間にか回り込んだ今野が肘でこちらをつついてくる。
身長差のせいで肘がちょうど脇腹に当たって、思ったより痛い。
「お客さん。串お待たせしました」
「どけ、今野。邪魔だ……ここに置いてください」
「お客さん、新作のMMORPG、やるんですか?」
若いスタッフが串を並べながら、さりげなく聞いてきた。
「ああ」
「俺も料理人やろうかと思って。VRで姿は違うと思いますが、声は変えないのでその時はうちからバフ料理買ってくださいね!」
「こら!いつまでさぼってるんだ!早くこっちにこい!」
大将の怒鳴り声が飛んできて、若いスタッフが首をすくめながら引っ込んでいく。その背中を見送ってから、串を一本取って口に運んだ。
「……うーん、なかなかの焼き具合だ」
炭火の香りと、肉の旨みがちゃんと残っている。手を抜いていない仕事だとわかる。
「いい料理人になるかもな」
そう独りごちてから、隣に目をやった。
「井崎さ〜ん、もう飲めないです〜」
いつの間にか今野が、テーブルに突っ伏していた。グラスはまだ三分の一残っている。つまみもほとんど手をつけていない。
「こいつは……もうつぶれたか」
短い髪がカウンターに広がって、さっきまでの気の強さがどこかへ消えている。寝息が聞こえてきそうなくらい、静かだった。
「……はぁ。さっさと会計済ませるか」
グラスを置いて、財布を取り出す。まったく、誘ってきた本人がこれか。
本当はコイツに奢ってもらう気でいたんだが…。
文句を言いたい気持ちと、なぜかそうでない気持ちが半々で、俺は大将を呼んだ。




