15話
「……セレナ?」
破られるはずのない静寂に微かな音がする。
……えっ。
1年間、眠り続けていた彼に名前を呼ばれている。
その事実だけで、胸の奥がきしんだ。
呼ばれたのは確かに自分の名前なのに、
それが“今”の自分に向けられたものなのか、
判断がつかない。
私は息を吸い込むことを忘れたまま、
立ち尽くしていた。
喉がひくりと鳴り、唇が震える。
「……ライル、さん?」
呼び返した声は、驚くほど弱々しい。
間違っていたら、もう一度壊れてしまいそうで。
「……う、うん」
返ってきたのは、頼りない答えだった。
その瞬間、
張り詰めていたものが音を立てて崩れる。
瞳に溜めていた涙が、堪えきれずに溢れ落ちた。
慌てて袖で拭い、彼に見えないように顔を伏せる。
けれど、
次の瞬間には衝動に突き動かされるように、
一歩近づいていた。
「どこまで覚えていますか?」
「……庭園、香り?」
背筋が凍る。
「そうだ……君のお父さん」
あぁ、彼だ。
あの庭園で、最後に会った人
「ライルさんのおかげで、お別れできました」
「……そっか」
「……ここは?」
答えようとする。
そのとき、玄関の方で音が響く。
……アリスさんだ!
私はあとで話せばいい。
慌ててドアをこじ開け、
包みを抱えている彼女に向かって叫ぶ。
彼が起きたのだと。
——
セレナが勢いよく、迷うことなく飛び出していく。
僕の記憶にある彼女に比べて、
少し大人びた雰囲気だったが、気のせいみたいだ。
彼女と共に、再び庭園に向かい、
あの甘い香りに包まれてからの記憶が曖昧だ。
扉の向こうで二種類の声が聞こえる。
沈黙が訪れることがないまま、
僕のいる部屋に人影が、
勢いよく飛び込んでくる。
「……!」
燃えるような真っ赤な眼に射抜かれ、
身体が強張る。
「……ほんとに、よかった」
声を震わせながら、
こちらにゆっくりと、一歩ずつ近づいてくる。
いつの間にかベッドの間際に居る。
肩を掴まれ、僕を覗き込んでくる。
うるんだ瞳と視線が交わる。
すると、
彼女の口角は少しずつ上がり、
その角度が最大値に達した瞬間に爆発した。
「ライル!」
急に飛びついてくる。
慌てて腕を広げようとするが、
身体は思うように動かない。
投げ出された彼女の重みをそのまま受け止める。
僕の身体にもたれ掛かる彼女の身体は、
熱かった。
彼女は僕に抱きついたまま、微動だにしない。
助けを求めようと周りを見渡すが、
セレナはいない。
僕の身体を包むように、
優しく抱きついている彼女の熱に当てられてしまう。
「……ちょ、ちょっと離れて」
「……」
「……お願いします」
不服そうな顔をしながら、
名残惜しそうに僕から身体を引き離していく。
相変わらず肩には熱い手がかけられている。
「……あの……誰?」
これが僕の限界だった。
肩から熱が引いていくのを感じた。




